多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→冬きたりなば春遠からじ(「高遠遙一の回顧録」より)2-3




「覚えてます。短かったから」
 すらすらと書いていった。几帳面な正確なのだろう、文面はきちんと整理されている。
"一通目。
 絵里君へ。明日のお昼一緒にどうですか。

 二通目。
 良かったら明日映画を観にいきましょう。

 三通目。
 単位は欲しくないですか?

 四通目。
 E君。単位がないと困りませんか。今日の夜十一時半に待ってます。

 差出人はすべて伊原の名前"

「うわー、気持ち悪い!」
 覗きこんだ佳代が顔をしかめた。
「こういう文章がワープロで書いてあったんです。授業の終わりに手渡されて。最初は冗談かと
思ってました」
「きったねぇな! 肩書き利用してやりたい放題かよ。俺が吉田の立場でも絶対殴るくらいは
したな」
 弘明が言った。
「とするとだ。動機を持つ人間は他にもいたんだね」
「ええ。私の他に呼び出された人、何人かいるみたいです」
「じゃあその中の誰かが、伊原先生を?」
 佳代が目を輝かせて身を乗り出す。それが本当であるならば吉田の容疑は晴れるのだ。
「これが本当に吉田君にとって濡れ衣ならね。だけど状況的証拠としてそれは不可能だ。
留め金を外からかける方法が無い限りね」
 うーむ、と弘明がうなった。
「確かに僕としてもあの状況はおかしいと思う。鍵がかかっていなくて留め金式のカギがかかって
いた。留め金を外からかける方法があると仮定すれば、真犯人が存在する可能性はより具体
的になってくる」
「どうしてですか?」
 明智は肩をすくめて、
「まず教授がカギをかけたとする可能性はない。だって普通に施錠すればいいんだからね。
吉田君がやったというのもおかしい。教授が不審に思って止めるだろうからね。となると残るのは
犯人だ。犯行の発覚を出来るだけ遅らせたいと考えるのが犯人の心理だからね。とすれば、仮に
吉田君を気絶させ教授を刺して逃げる時鍵をかけたいだろう。でも鍵を探すにはまだ室内に留まら
なければならない。それよりも早く逃げたい。そして教授以外に鍵をもっているのは警備の人間
だけだ。借りに行けば怪しまれる。だから仕方なく留め金をかけて逃走した。ところで、吉田君は
誰に気絶されられたんだい?」
「それが……教授と口論になってその後の事は覚えていないんだそうです」
「覚えてない!?」
 弘明がすっとんきょうな声をあげた。
「ということは、教授と口論になって気がついたら教授が刺されてて、思わずナイフを抜いたって
いうの? ちょっとそれは確かに無理があるわね」
 身を乗り出していた佳代ががっかりして紅茶を口に運んだ。
「……」
 明智は腕時計に目をやった。十二時を回っている。まだ人だかりは減っていないだろうか。
「ちょっと大学に戻ってみるけど、君達はどうする?」
「え? ああ行くよ。入れんのかな」
「ちょっと待ってね」
 佳代は皿に乗せていたショートケーキとミルフィーユを慌てて片付けて立ち上がった。というより
明智の記憶が正しければ、既に三十個近く片付けているはずなのだが。
 会計を済ませて外へ出ると、遠く離れた正面玄関に未だ減らない人だかりが見えた。ニュースで
報道されて、興味本位でやってくる人間達だろう。
「裏門から入ろうぜ」
 いくつもある別の入り口から一行は構内へ足を踏み入れた。
 学部等へは特に立ち入り制限は行われておらず、教育学部棟はむしろひっそりとしているようだ。
 流石に教授の部屋は黄色いテープが張り巡らされ、しきりに警官が出入りしている。
「すいません、こちらの部屋を見学させてもらえませんか」
 弘明が手近の警官に声をかけたが、メモ帳片手に話をしていた彼らはジロリと睨んだだけだった。
当然のごとく要求は却下である。
「ん? あんたは関係者の人だね。何か証言し忘れたことでも思い出したのか」
 裾がほつれかけたヨレヨレの背広を着た男が、絵里に目を留めた。見た目四十代ほどの、いか
にもくたびれていそうな男だ。
「あ、いえあの……そういうわけでは……」
「失礼ですが、後学の為に情報を提供していただけませんか。僕は将来警官を志しているのですが、
現場の取調べがどんな風に進むのか、興味があるのですが」
 明智は一歩前に進み出てそう言った。
 いかめしい顔をしていた男は、ちょっとビックリしたように明智を見、後ろの警官たちを見た後、
「いや、そこまで言われると何だが……。おい、三代! ちょっと付いて見せてやってくれ」
「え? 剣持さん、いいんですか」
「後輩が見たいっつーんだ。少しならいいだろ。あらかた調べはついたんだし、本店の奴らも事情
聴取にかかりっきりだしな」
「分かりました」
 少し緩めにネクタイを締めた男がやってきた。髪は少し乱れがちだが、刑事に特有のつかれきった
様子がない点はまだまだ新米といったところか。
「おい明智。お前やっぱ警官になんのか?」
「誰がそんなことを言ったんだい?」
 しれっと言って明智は、にわかに出来た後輩(予定は未定)に威厳ある態度を出そうと務める三代の
後について中へ入った。


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