多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→冬きたりなば春遠からじ(「高遠遙一の回顧録」より)3-3




 人々の記憶の底に埋もれかけていた事件が、再び日の目を見ることになったのは、それから
一年少し経ったある日のことだった。
 三年越しの逆転無罪。
 警察によってかけられた嫌疑を、警察が晴らす。
 この、恐らくは歴史に名を残すであろう逆転劇をマスコミは、『勇気ある決断』として大々的に
報道した。
 ニュースが飛び込んだその日は号外がどの新聞社でも刷られ、夕刊は経済新聞に至るまで売り
切れた。
 負けることなく無罪を主張し続けた青年と、それをずっと信じ続けた女性の美談。そしてこれは、
一部のマスコミがおまけ程度に報道したものだが――ただし、これが元で後々大きく取り上げ
られることになる――、彼らを救う為に尽力した若きエリートキャリアの存在。

<とある夕刊より>
 平成×年六月×日、東京大学教育学部の伊原明教授が殺害された事件に於いて警視庁は
二十三日、折原恵美容疑者を逮捕した。
 当初警視庁は教授を発見した時に居合わせたY氏を容疑者と見ていたが、同氏は起訴されて
からも無罪を訴え裁判は長期に渡っていた。本庁は同日氏を釈放、冤罪があったとして謝罪した。

 警視庁の発表によると、当時伊原氏から性的嫌がらせを受けていたとされるAさん宛の手紙は、
コピーして複数の女性に渡されていたものだと言う。折原容疑者もその一人であり、何らかの脅迫を
受けていたと見ている。
 容疑者は当夜被害者から呼び出されており、脅迫の証拠を入手するために留守中を狙って合鍵で
入った所へ、Y氏からの呼び出しを受けた伊原氏が戻ってきたためいずれかへ隠れ、機会を伺って
いたと話している。その内やってきたY氏と口論になり、伊原氏がY氏を殴って気絶させた折に、
隠れていた容疑者は発見され、物色時に見つけたナイフで腹部を刺したらしい。
 口論の際に自分以外の人間にも手紙が出されていることを知った容疑者は、「これなら自分もその
中にまぎれて判らないと思った。事件からずっとビクビクして暮らしていた。肩の荷が下りた」と話して
いるという。
 カギについても、強く閉めた場合かなり高い確率で留め金がかかってしまうことが調査で確認されて
いる。
 また容疑者を逮捕した糸口について捜査に当たった明智健悟警部補は、「被害者は一旦家に帰宅
していた。Y氏に呼び出されてやってきたにしても、コーヒーメーカーにコーヒ―が沸かしてあったのを
不審に思った。男女で接し方が異なることは有名であったので、ひょっとしてAさんの他にもあの日
呼び出しを受けていた人間がいたか、別の人間に渡すべき手紙を間違えてAさんにも渡したのでは
ないかと判断した」と述べている。
 警視庁では「あってはならない冤罪。しかし、何とか汚名返上はしたつもり。Yさんの空白の時間を
取り戻させてあげたい」と、全面的に謝罪する方向。
 尚、事件解決の功績を挙げ、犯罪撲滅に務めたとして明智健悟警部補(二十二)には警視総監賞が
授与される。最年少授与の記録を塗り替えることとなった。


「だからさー、なぁんで俺があんたの自慢話聞かされなきゃならないワケ?」
 両耳に蛸をくっつけて、一はミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを下品な音と共に飲み干した。
「別に君には話していませんよ。私は七瀬さんにお話ししているんです」
「じゃあ警視はまたも友達を助けたんですね! 良かったです、冤罪が晴れて」
 紅茶のカップを持ち上げていた警視は、優しく微笑んだ。
「……そうですね。時間はかかりましたが、本当に良かった」
 その途端、ドアに取り付けられた鐘が涼やかな音を立てた。
「いらっしゃいませー!」
「あ、すいません。すぐ出ますから」
「あーいたいた! 明智君!」
 楽しそうな雰囲気のカップルが、入り口から真っ直ぐにやってきた。
「元気ー? あれ、この子達は? こんなところで取り調べ、なワケはないわよね!」
 明智は苦笑して、
「……紹介します。先ほどの話に出てきた、原田弘明君に、原田佳代さん。旧姓田中さんです。
こちらは七瀬美雪君におまけの金田一一君」
「おまけって何だよ!」 
 無視して明智はカップを口に運んだ。佳代が笑って、
「今日は! 明智君の同級生の佳代でぇーっす!」
「は、初めまして。金田一でっす!」
「一ちゃん!」 
 ニヤケる一の後頭部を殴り飛ばして美雪は丁寧に挨拶を返した。
「やだ、この子達って私達にそっくり。ね、弘明」
「あはは、そうだね」
 弘明は時計を見ると、
「じゃそろそろ行こうぜ、明智。吉田達のことだ、絶対十分以上前に来て待ってるだろうからな」
「そうだね」
 大学時代のような口ぶりに戻って明智は微笑んだ。
 やっと笑って思い出せる過去。
「そう言えば今日は吉田さんと山本さんの結婚祝パーティなんだそうですね。部外者で恐縮です
けど、私達からも宜しくとお伝えください」
「分かった。どうもありがとう」
 佳代が手を差し出した。その手をはにかみながら握り返して、美雪は明智を見た。
「明智さんも、お疲れ様でした」
 一瞬意味を理解しかねて明智は動きを止めたが、すぐに悟って「ありがとう」と言った。
「しっかし、五年も経ってから結婚だなんて随分のんびりですね」
「ははっ、それも伝言?」
 明智の手から伝票を抜き取った弘明が言った。
「いいって、俺がおごってやるよ。……金田一君だっけ? ま、君も好きな人にプロポーズする
時になったら分かるよ。隣りの子にね」
「あ、ち、違います! そんなんじゃありません!」
 真っ赤になって美雪は一を突き飛ばした。
「痛ってぇ! 美雪、あにすんだよっ!」
「ごめん一ちゃん、大丈夫?」
 自分で突き飛ばしておきながら慌てて駆け寄り、抱き起こしている。
「ああいう関係だからね」
「あら明智君。貴方だってどうなのよ」
「それは秘密です」
 椅子から立ち上がり、「失礼します」と言う明智に美雪は急いで声をかけた。
「あの、明智さん。それで吉田さんは明智さんの出した問題を解けたんですか? 答えは……?」
「『松尾芭蕉だろ』」
「え?」
 明智は肩をすくめて、
「釈放されて開口一番、彼が私に向かって言った言葉です。ずっとそればかりを考えていたと。
呆れましたね」
「負けず嫌いの吉田君らしいって、あの時警視庁の前で大爆笑したのよね。流石にそれは
映像としてカットされてたけど」
「でも、それを支えにして来たんだろ。その吉田って人は」
 椅子に座りなおしながら一が言った。
「君結構鋭いね! そう、無罪を勝ち取って釈放されたら絶対それを真っ先に言ってやるって
思ってたんだって。明智に助けられたくせにな」
 な、と弘明は同意を求めるように明智へ笑いかけた。明智も肩をすくめてみせる。
「さぁーて、じゃ行きますか。君達も結婚は慎重にね!」
「どういう意味よ!」
「まあまあ」
 美雪に「じゃ」と手を挙げてみせて、明智は二人の後について出て行った。
 とても穏やかに笑いながら。
 彼が今まで話してくれたどの過去よりも、きっと大切で幸せなものなのだろうと。
 後姿を見送りながら美雪はそう思った。
「でも、松尾芭蕉ってどういうことなのかしら」
「有名な俳句があンだろ」
 何時の間にかセルフサービスの、コーヒーのお代わりを注いで戻ってきた一がそう言った。
「俳句? ええと、古池や……っていうの?」
「古池や 蛙飛び込む 水の音。単語の意味なんて関係ないんだよ。ようは、音読」
 そうしてうっかり何もいれずにがぶりと一口飲んで、
「にっげぇー」
と言った。


 誰かの為に将来を選択したのではありません。それを押し付けられた側はどうなるんですか?
私は自分の中の真実を見過ごしたくなかっただけです。犯罪に泣く人間は被害者やその家族
だけではありません。加害者の家族は勿論、冤罪に苦しむ人達もその範疇なのですから……。
 犯罪の真実を暴くことは、私の天職と考えます。
<警視総監賞授与時、明智健悟氏のコメント>


                                                <了>

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作者から
ども、中村っす。前作の透明な殺意同様に、目を通して下さった皆様に厚く御礼申し上げます。
すんません、かなりペースは遅いんで次回作は思い出した頃に来てやってください。
高遠遙一の回顧録は来年あたりネットに載るみたいですが。企画ならちょこちょこネタ出しさせてもらってます。
それから一つだけこの作品に関して。
警視総監賞というものは民間人にも授与されます。「小学生だってもらってんだからどう見ても最年少じゃねーだろ」と
思われた方、ここでは警察の中でと限定させてもらいました。そんなわけで警察の中での最年少授与ということで一つ
たのんます。




多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→冬きたりなば春遠からじ(「高遠遙一の回顧録」より)3-3