多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)1-4




 忘れもしない、地獄の傀儡師こと高遠遙一との、三度目の邂逅。その事件が解決した
後々までしばらく尾を引いた後味の悪さを忘れない。
 死者が起こした犯罪を。
 山之内の遺作掲載がマスコミに取り上げられるや否や、その雑誌は店頭からすべて
消え失せ、この夏単行本化が予定されているが既に予約が山のように入っているという。
未確認情報では、前作とともに映画化の話も有るらしい。
 実際の事件報道とも相俟って、金田一らは苦々しく唇を噛んだものだ。


「豊田さん。三田さんのことについて何とか――」
「電話が入りました!」
 目の前のドアが勢いよく開き、転がり出る様にして男が飛び出してきた。私服刑事らしい。
 明智が剣持に目配せして中へ入る。豊田は慌てて金田一の後に滑り込んだ。
あまりにも当然風にしていたものだから、誰も気がつかない。
 ニュースソースは待っていてもやってこない。自ら飛び込んでこそ、である。
 さほど広くない部屋の中央にテーブルが置かれ、そこの電話から伸びた受話器を
一人の男が押さえて待っている。周囲にはヘッドホンを耳に当てているやや人相の
悪い男達が待機していた。
 明智はうなずいて受話器を受け取った。剣持が鑑識員からヘッドホンを受け取って
耳に当てる。
 豊田の目の前で金田一が所在無さげにキョロキョロしていたが剣持に耳を寄せる
ようにかがんだ。
「……お待たせしました。大島育郎さんの身内の方ですか?」
「……あ、えっと……兄が……入院したとテレビで見たもんで……」
 スピーカーから音が室内に響く。おかげで壁に寄りかかっていた豊田も苦労せずに
聞き取ることが出来た。
 明らかに作り声のようにしているが、犯人の片割れであることは間違いないだろう。
多分二十代か、いって三十代。若そうだ。
 明智が腕時計に目をやった。逆探知は最低、一分三十秒つながっていないと成功
しない。こういった時の九十秒は非常に長く感じられるものである。遠距離であれば
その時間は更に長くなる。
「申し訳有りません、ちょっとお声が遠いようですが」
 しれっと言って明智は捜査員に目配せをした。あわてて彼は手元を見、もう少しだと
いうようなジェスチャーをする。
「あの……兄は無事ですか……」
 豊田はこっそりため息をついた。おおよそ誘拐をするに向かない人種だ。逆探知
されているどころか、これが警察の罠だということすら気がついていないらしい。
 世の中、こんな誘拐犯ばかりならさぞかし早期解決が期待できるだろうに。
 剣持、金田一は聞こえようはずもないのに息を押し殺して聞き入っている。
 急に豊田は興味を失って、少し開いたドアから音を立てないように外へ滑り出た。
大した障害もなく犯人は捕まるだろう。だとすれば、急いで特ダネをものにしたところで、
次号の〆切は二週間後だから情報性として価値がない。せいぜい新聞部の同僚へ
一回の食事と引き換えに伝えてやるだけだ。
 目の前をすらりとした長身の男が横切った。コツコツと秒針のような規則正しさで
廊下を歩いて行く。三田の秘書、大木だ。にこりともせず、冷ややかな光をたたえた目は
周囲の人間に「尋常でない生き方をしてきたはずだ」と恐れられている。彼の働きに
よって裏とのつながりを持ちながら証拠を掴ませず、三田は逮捕されないでいると
もっぱらの噂だ。
 豊田はあまり大木のことを知らない。しかし、三田は彼を非常に信用しているらしい。
今回たまたま相手が洩らしたことによって発覚した賄賂疑惑について、記者達の
追求を避ける為に入院したここのことも、大木にだけは教えている。家族にさえ
知らせていないのに、である。
 おっと、自分もか。
「高遠遙一の情報を買わないか?  おたくなら大丈夫だと踏んだんだがね」
 そう電話がかかってきた時のことを思い出し、豊田は肩をすくめた。三田とは彼が
現役の頃からの知り合いである。そう言った意味では自分も信用されていると思って
いいのかも知れない。
 ギャンブルに手を出して億単位の借金を背負ったらしい。
 彼の資産と立場を考えれば、必要ないはずの金を求めようとした理由も見当が
ついた。大木も最近は頻繁にアンダーグラウンドの方へ出入りを余儀なくさせられて
いるようだ。
 午前中の受付が終了したからか、ロビーで待つ人の姿はまばらで、豊田はテレビが
良く見えるソファに座った。約束の時間まではあと一時間以上ある。流石に余裕を
持って出すぎたらしい。
 テレビ画面は天気予報を映し出していた。各地の天気図を背景に、よどみなく読み
上げる声が流れる。もう少しして全国一斉に流れる時報に合わせて街には人が溢れる
だろう。
 廊下をドタドタと走りぬけていく音がした。背もたれに腕を乗せたまま振り返れば、
よれよれになった背広の男達が血相を変えて走っていく。職業など一目瞭然だ。
 反射的に豊田は立ち上がった。迷うことなく来た道を戻る。
 ちょうどドアを開けて飛び出してきた警官がいたので、するりと中へ入った。


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