多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)2-3




「車じゃないとすると、かなり面倒なことになりますね……」
 やり取りを書き留めて、ふと豊田はそう漏らした。先ほどまで白紙だったノートの
見開きはぎっしりと文字で埋まっている。
「大島の背景は分かったんですか、警視」
「いえ、まだです。住所にあった家は既に売却されており、実家にも当たってみましたが
立ち寄った形跡はない。この短時間ではまだ調べきれていないところが多々ある
でしょうね」
「会社関係はどうですか?」
 ペンを手でくるくると回しながら豊田は聞いてみた。
「ある貿易会社の社長ということが判明してすぐに調べましたが、こちらも人手に
渡っています。倒産したようですね」
 部屋の温度の変化に気づいたのか、一が背をそらせて窓を眺めた。ガラスに水滴が
つき始めている。
「レインコートを持ってたってことは、少なくとも雨が降ってる所から来たってこと
だよな……」
「でも何で傘は持ってこなかったんだろうなぁ」
 一の言葉を受けて剣持が考え込む。そうしている間に、静まり返った部屋の中へ
シャワーのような雨音が忍び込んできた。
「なあ明智さん。さっきのテープ聞かせてもらっていいかな」
「構いませんよ」
 本物は鑑識に回したので音質は落ちますが、と言いながらテーブルに置いていた
カセットデッキのスイッチを入れる。
 数十分前に流れた会話が再生された。
『大至急家族の方にお越し頂きたいのですが』
 明智のすました声が流れる。
『いや、それは……えーと、また連絡します……』
『ああ、それではそちらの電話番号をお教えいただけませんか?』
『え? あ』
 途端、ブツリという音と共に通話が途絶えた。聞き返す明智の声と回線の切断を
示す音がするだけだ。
「逆探知に気づいて切ったんだろうなぁ。直前だったんだがなぁ。こりゃ犯人が一番
最初に電話をかけてきた場所と同じだからなぁ」
 ううむ残念、と剣持がうなる。
「いや、そうだろうか」
 一が首をひねった。
「では何だと?」
 明智がフレームをゆっくりと押し上げる。彼の癖なのだろうか。
「さっきは聞き取れなかったけど、今こうして聞いてみると明らかに話途中で切れ
てると思わないか?」
 そう言いながら一は手を伸ばしてスイッチを入れた。最後の部分が静まり返った
部屋に流れる。
「失礼」
 もう一度、今度は明智が繰り返した。
「何か、雑音以外の音が聞こえませんかね」
 そう豊田が言った時、一と明智は同時に「そうか」とつぶやいた。
 一が口を開くのを明智は手で制して携帯を取り出した。
「分析結果は? ああいや、今から尋ねることに答えてくれればいい。背景の音は
雨音でしたか? 逆探知に成功していた距離と、一時間前から溯って降雨があった
地域とが比例する確率は? ――分かった。では至急ヘリの手配をしよう」
 剣持はぽかんとその様子を眺めている。無論置き去りにされているのは豊田とて
同じことである。
「後は、場所の特定だけか……」
 一が立ち上がって窓から外を覗いた。何かわかるかと豊田も眺めてみたが、下は
玄関があるらしく、雨にもめげずマスコミ関係者が動き回っているのが見て取れた
だけだ。三田に張り付いている方なのか、マスコミに洩れたという『誘拐犯』の情報を
求めている方なのか、それとも両方かもしれない。
 逆探知でおおよその距離は出たけれども、方角までは流石に分からない。ここの
地点を中心として放射線状に捜査を広げても、被害者を見つけ出せるのは
いつのことか。
 降雨のあった地域が狭ければ、発見の確率は上がるはずなのだが……。
 忙しく隣接へ消えた明智がノートパソコンを手に戻ってきた。ネットに接続すると、
気象関連のページへジャンプする。
「あちゃー」
 明智の後ろから遠慮がちに覗き込んだ豊田は、これも遠慮がちにため息をついた。
 一時間前の天気図。東京を除く、関東一円降雨。
「捜査範囲を絞り込める手がかりが必要ですね」
 さしもの明智もここまでとは思っていなかったのだろう。困ったようにキーボードを
トントンと叩いた。
 一が画面から目を離すと、証拠品の数々に目をやった。どれもこれも、場所の
特定には役に立たなさそうだ。
 丁度リボンを持ち上げたらまだ眺めていたらしい彼と目が合って、気まずそうに
肩をすくめた。豊田もひょいと頭を下げて、窓に透かすようにしてリボンを見つめた。
「ん?」
 思わずとぼけた声が出た。
「何か?」
 明智が聞きとがめて豊田の方を向いた。
「あのー、すいませんけど犯人の大島は重体でしたっけ」
「ええ。面会謝絶ですよ」
「んじゃ、看護婦さんにちょっと聞くことは出来ますかねぇ?」
「何をだ?」
 剣持が聞き返すのを無視して明智は部屋の隅の内線電話を指し示した。
 一も、興味津々といったふうにこちらを見守る。
 豊田は頭を掻きながら足早に近寄ると、それを取り上げて「ナースステーションはー」
と言いながら番号を押した。
「失礼します。明智警視、天候悪化の為ヘリの出動について本庁から連絡が入って
おります」
「ああ、分かった。すぐ行く」
 あわただしく入ってきた警官に手を挙げて、明智は部屋を出ていった。


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