多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一少年の事件簿 小説「ミス・ホワイト」前編



  深夜の国道。雨がしとしとと降る中、一台の高級車が静かなエンジン音を響かせながら走っていた。まるで映画の撮影のように、他には車の姿はない。
「あと一キロといったところか……」
 通り過ぎた信号機の地名を確認し、運転手はつぶやいた。
 ゆったりとしたシートに身を沈め、的確なハンドル捌きをみせるこの男を、警察関係者であったならば直ちに名をあげてみせたであろう。
 地獄の傀儡師、高遠遙一と。
 新たな殺人を求めて刑務所からたやすく脱走した彼は今、次の計画のための準備に奔走しているのであった。
 予定は滞ることなく進行し、あとは最終的な確認をすれば良い。今夜は計画を授けた相手と落ち合う約束があった。左ハンドルであるこの車を、時折通行人が羨望のまなざしで見送るが、そんなことは高遠の関心を引きもしなかった。
 煌々と照らされる街灯の中、前方で何かが動いたような気がして高遠は心持ちスピードを落とした。
 それが幸いした。
 フラリと車道へ傾いた体が華奢な女性のそれであると認識するより先に、反射的にブレーキを踏んでいた。
 ややスリップしつつ、それでも横滑りすることなしに車は少女の手前数十センチで停止した。
 大きくかしいだ車体がショックとともに元の位置へ戻る。かしゃん、とトランクに入っていたマジックの道具が音を立てた。
 高遠は小さく舌打ちをした後シートベルトをはずすと、運転席のドアを開けて道路へ降り立った。後ろから軽くクラクションを鳴らし、国産車が追い抜いていく。
 ドアにもたれるようにして、少女へ手を差し伸べることもせず彼は、「こんな夜中に女性の一人歩きは感心しませんね。自殺なら別の車でやってください」と声をかけた。
 足をこちら側へ向けて道路に倒れこんでいる少女は身じろぎひとつしない。
「……」
 つと、高遠は姿勢を直して運転席のドアを閉めると、少女の傍らへしゃがみこんだ。
「聞こえているのなら謝罪のひとつくらいしたらどうなんですか」
 気を失っているのかと高遠が思い始めた頃、少女は突然身を起こし、高遠に抱きついてきた。
「あたしを助けてください!」
 これが、ミキと高遠の出会いであった。

 その数日後、二人はとある田舎町にいた。
 結局高遠は計画のための依頼人と会うことをキャンセルし、気の向くまま車を走らせたのだった。
 高遠の興味をひいたのは、ミキが殺人現場を目撃してしまい、その犯人らしき連中に追われているという状況であった。あれこれ聞き出してみれば、別件で高遠が知恵を貸した殺人だとわかったためだ。
 自分が手配した殺人の現場に居合わせて追われている少女。
 なんと奇妙で滑稽な引き合わせだろうか。
 彼女は知らないのだ。
 逃げようとしている自分を助けてくれた、親切な足長おじさんが、そのコートの下にナイフを忍ばせていることを。そのナイフをいつ振り下ろそうか、虎視眈々と狙っていることを。
 この際、目撃されるなどという無様なまねを犯した依頼人の失態には、目をつぶってやってもいい。
「それにしても、一文無しで逃亡しようという君の大胆さには恐れ入りましたよ」
「だって、あわててたから財布もケータイも落としちゃったんだもん。でもこうして、高遠さんみたいな親切な人が助けてくれたじゃない」
「またあの場所で同じことを繰り返すかと考えたら、いつか君を轢くであろうドライバーに同情しただけです」
「あれはー、追いかけられてフラフラになってて、もう死んでもいいかなって思っちゃって、ついやっただけ! もうしないから。自殺したって殺人犯が喜ぶだけだし?」
 芝生に座り込んでサンドイッチにかぶりついていたミキは、ベンチに腰掛けた高遠に笑って見せた。数日前の、何かにおびえたような表情などウソのようであった。
「それで、これからのめどはついているんですか?」
「んー……警察に行った方がいいのかなあとは思ってる」
「警察、ね……」
 特に意識して言ったつもりはないのだが、数秒の沈黙ののちミキは、「警察、やばい?」と言った。
「どうして、そう思うんです?」
「何となく。ほら、ドラマだとよくあるでしょ。犯人と警察がグルになってるっていうのが!」
 ミキは高遠が自分の心配をしてくれていると思ったらしい。
 事実は正反対なのだが。
 しかし、ミキの言うとおりである部分もあった。
 殺人の計画依頼者は警察関係の人間。
 この殺人にそういう存在が絡んでいる以上、警察へ目撃者として向かえば、ミキは間違いなく殺されるだろう。
 そんなことを高遠が気にする理由はない。
 けれど、余計な殺人もまた高遠の美学に反するのであった。
「君、家族は?」
「知らない。一年前に家出して、こないだふらっと戻ってみたら引越ししちゃってて、電話もつながらなくなってた。だからつい最近まで住み込みのバイトしてたの。クビになっちゃったけど」
「……」
 あまりにもあっけらかんと話すので、高遠の方が絶句してしまった。
「とりあえず、頼れそうな人はいないんですか」
「あんまし」
 高遠は少し考えて、「信用できる人間を紹介しますから、その後どうするかは君が決めなさい」と言った。
「わかった」
 携帯電話を取り出し、高遠が記憶している番号をダイヤルする。
 相手とつながり話し始めるとミキは「ゴミ捨ててくる!」と公園の外に走って行った。

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