多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一少年の事件簿 小説「ミス・ホワイト」後編


「あの右後ろの、白い車、ずーっとついてくるね」
 高速道路に乗ってから十分後。後部座席に寝転んでいたミキが、上体を起こしてそう言った。
 ミラーには、二車線の右側をやや離れて走る車が写っている。内部の様子は黒いスモークガラスに阻まれて伺うことは出来ない。
「公園を出た時からですね」
 こともなげにそういうと、高遠はギアを入れ替え、ブレーキを踏まずにスピードを落とした。そうしておいて隣の車線の追尾車が追い越す形になったのを確認し、すばやく車線を変えてその後ろにつく。
 あわてて追尾車が車線を変えようとするのへ、半ば強引に割り込むようにして高遠は元の車線に戻り、そのままインターチェンジへと降りた。
「あはははは! やった!」
 こちらの動きについてこれず、追尾車はそのまま先へ進んでいった。
 高遠は無言で料金所を通過すると、何を思ったかその先の交差点で車をUターンさせ、また高速へと入った。
「え、何してんの?」
「心理の逆をついただけですよ」
 相手はこちらが高速道路を降りたと思っている。尾行をまかれた時のために別車両を用意していたと仮定しても、その車は仲間からの連絡を受けて高遠の車が一般道へ下りてくるのを今か今かと待っていることだろう。
 その後は尾行もつかずミキは上機嫌で後部座席に寝転がっていた。
 道すがら、話しかけてくるミキに対する高遠の答えは、決して饒舌とはいえなかったが、それでも目的地について車を降りる頃には、ミキは何となく高遠に対してシンパシーのようなものを抱くようになっていた。
「こんなところに知り合いがいるの?」
「こんなところですみませんね」
 二人が降り立ったのは国道沿いにあるラーメン屋。小さな店ながらも繁盛しているのか、平日の午後だというのに、そこそこの行列が店の前にあった。
「あ、別にバカにしたわけじゃないんだけど、高遠さんのイメージに合わないなと思って……」
「私のイメージなんてどうでもいいですけどね」
 店の裏口に回ると、大きなポリバケツを運んでいる男がこちらを見て、「よお」と声をかけてきた。
「それが問題のお嬢ちゃんか。えらい災難だったな」
「では、頼みますよ」
「任せておいてくれ」
 あまりにもあっさりとした高遠の言葉に、ミキはあわてて高遠のジャケットをつかんだ。
「何ですか?」
「私、これからどうすればいいの?」
「……逃げたいと言ったのは君でしょう?」
「そ、そうだけど……」
 ミキは言葉を捜すかのように視線をさまよわせた。
 ふいに男が「危ない!」と叫んだ。
 それと同時に、ハッとしたようにミキが高遠にしがみついてきた。受け止めそこねて高遠は、ミキを受け止める形で地面に倒れこんだ。
 目の前で男の額に穴が開き、そこから血しぶきを撒き散らしてその体がドオッと横に倒れた。
 反射的に弾丸が放たれたと思われる方向を見るが、乱立するビルの前に、容易に特定出来そうにはなかった。
 すばやく高遠は体を起こし、ミキの手を引くようにして物陰へと身を潜めた。
「何? どうなったの?」
「シッ!」
 続けて狙撃されるかと思ったが、敵は仕留めそこなったのを悟ってか、逃げたようであった。
「先に、車に乗っていなさい」
「でも――」
 無言でにらみつけるとミキは一瞬不安そうな顔をしたが、キーを受け取り走っていった。
 高遠はサッと男の体を改めた。
 額の銃創は、そう離れたところではない場所からの狙撃を物語っていた。
 仕事上の付き合いはあまり長くはないが、それなりに高遠の犯罪計画に役立っていた男であった。
 短く高遠は決別の言葉を述べると、振り返りもせず走り出した。

 ホテルに部屋を取り、ミキをそこへ強引に押し込むようにして、高遠は埠頭へと車を走らせていた。
 今夜そこで依頼人と落ち合う手はずになっている。
 ミキの逃亡を助けることになったせいで遅れていた犯罪計画を、もう一度まとめなおす必要が生じたためだった。
 この計画が始まれば今一度あの少年と顔を合わせることになるだろう。
 何度となく自分の計画を失敗に終わらせてきた、もっとも忌むべき存在でありながらも、心のどこかではライバルとして認めている少年。
 車を倉庫の影に停止させ、時間を確かめた。
 まだ少し時間には早いようだ。
 助手席に放り出していた携帯電話が無機質な呼び出し音を立てる。
 開いた画面には「番号表示不可」と出ていた。
「――」
 ボタンを押して無言で耳にあてる。
「女を預かっている」
 時刻と場所を指示して、通話は一方的に切られた。
 何のつもりか高遠は、静かに、笑みを漏らした。

 まばゆいばかりのライトが自分を照らした時でさえ、人を食ったような高遠の笑顔は崩れることがなかった。
 彼が立っている向こうには、大きな倉庫の前に、何人かの男たちが立っていた。倉庫には煌々とライトがともされ、それが高遠を照らしだしているのであった。
 その前に男たちに取り押さえられて猿ぐつわをかまされているミキがいる。
「で、要求は何ですか? こう見えてもいろいろと忙しい身でね」
 拳銃が自分の胸を狙っていることに彼はとっくに気づいていた。
「なるほどね。計画が私の口から漏れるのを恐れてですか。……実にくだらない理由だ」
 高遠は右手を持ち上げると、パチンと指を鳴らした。
 同時に、彼を照らしていたライトが消えた。
 右往左往する気配の中、ミキの近くにそっと近づいた者があった。
 彼女を取り押さえていたはずの男たちは声もなく倒れこみ、代わりに「静かに」という、ここ数日聞きなれた声がした。
「今手錠をはずしますから、はずしたら走りますよ」
 その言葉通り、ミキは両手が自由になるのを感じた。そのまま高遠に続いて走り出す。
「もう少し走れば車が止めてありますから」
 暗闇の中、カシャリと何かの音がした。
 次の瞬間ほぼ同時に二つの銃声が鳴り響いた。
 エンジンの音がし、車のライトがその場所を照らした。
 車のキーを左手に、右手に煙の立ち上る銃を構えた高遠。
 その頬には一筋の血が伝っていた。
 弾丸は彼の頬を掠めたらしかった。
 その向かいには足元に銃を取り落とし、肩を押さえてうずくまるミキ。
「――二つ、君には忠告しておきましょう」
 彼は拳銃を背後の海へ放り投げると、運転席のドアを開けた。
「ひとつ。本当に死ぬつもりで車に飛び込む人間は頭から飛び込んでくるものです。君は演技したつもりが本能には勝てなかった。少しでもダメージを減らそうと無意識に足を車へ向けて倒れこむ形になった」
 乗り込み、ドアを閉めるとギアを入れた。
 アクセルを踏み込めばさしたる抵抗もなく車は走り始める。
「二つ目。危ない、という言葉と同時に動けるのは、あらかじめ狙撃を知っていた人間以外にありえない。私を騙すつもりならもっとうまくやるんですね」
 ミキは答えなかった。
 やっと高遠の車を見つけた男達が駆けつけてきたが、彼の逃亡を止めることは出来なかった。
「私は、私の計画を邪魔する者を許しはしない。君がどの組織に雇われた人間だろうと興味はありませんが、二度までも邪魔するというのなら、その命を賭けることです」
 声が響いてきた。
 その夜港で起きた大爆発事故は、数ヶ月の捜査を経て「倉庫においてあった可燃物に何らかの理由で引火した」ということで片付けられた。

 目の前におかれたフィッシュ&チップスに、高遠は店員へ軽く礼を言い、グラスから水を一口飲むとフォークを持ち上げた。
 テーブルがフッとかげり、彼の向かい側にサングラスをかけた女が座った。深く帽子をかぶり、顔にはスカーフが巻かれていたが、それでもやけどの跡は隠しきれていなかった。
「お互い、まだ生きてるみたいね」
「そのようですね」
 高遠は興味を示した風でもなく、黙々とフォークを口に運んでいる。
「その食事に毒を入れた、と言ったらどうする?」
 高遠は一瞬顔を上げて女の方を見た。が、すぐにまた皿に視線を戻した。
「前にも言いましたが、君は人を騙すのに向いていない。私にそれを信じさせようとするのならば、せめてキッチンから出てくるべきだ」
 その言葉に女は静かに笑い、席を立って通りへ歩き出した。
 お互いに、二度と相手の姿を見ようとしなかった。
                                                  <了>


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