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第二章   踊る人形

「キャーッッ!!」
 やっと時が正常に動き出した。政江、政世と良江が真っ青になって、倒れた政史に
走り寄ろうとする。
「下がって!」
 厳しく明智が叫んだ。パニックを起こして政史に触ろうとする政良を、服部が羽交い
締めにして止める。
 コナンは素早く政史の体を観察すると、
「警察を先に呼んで下さい! 110番です!」
 誰も、彼が外見らしからぬ発言をするのに気をとめていない。
「早く!」
 イライラして一がどなった。
 よほど動転しているのか、良江は部屋の窓を開けると、
「美恵さん!  誠さん!  電話を持ってきてちょうだい!」
 と叫んだ。隣りの部屋から騒ぎを聞きつけたらしい男達がドヤドヤとやって来、目の前の
光景に立ちすくむ。
「こっちへきたらあかん!  部屋に戻っとき!」
 政良を無理矢理部屋へ押し上げて、土間への降り口に服部が立ちふさがる。
「奥様、電話持ってきましたけど」
 何が何やらわからなかったらしく、先ほど対応に出た男がコードレスホンを手にやってきた。
「そこから先に入らないで下さい!」
 素早く男を押し留め、電話を受け取ると明智が110番をプッシュした。冷静に、状況を
伝える声が土間に伝わってくる。
「シェーンバインだ!」
 コナンは叫んだ。明智がこちらを見てうなずくと、
「シェーンバイン反応を確認したいので、予備試験の用意もお願いします」
 と言って通話を切った。電話を男――おそらく誠と言うのだろう――に返すと何かささやき、
コナン達の所へ戻ってきた。
「鑑識と機捜が到着するまで40分かかるそうです。最寄りの交番の警官もすぐには
来れないとのことで、一応許可は取りつけてありますから、私が仮検視を行います。君達も
立ち会って下さい」
「あの……さっき言われたカメラ、持ってきましたけど……」
 慌てて走ったのだろう、息を切らしながら恐る恐る誠がカメラを差し出す。
「ああ済みません。皆さんはここを通らずに壁へ沿って外へ出てもらえますか。申し訳ありま
せんが、警察が到着するまでは勝手に行動しないようにして下さい。誠さんはこちらへ」
 明智がテキパキと指示を下す。パニックを防ぐためである。誰か一人でも慌てふためくと
連鎖反応でパニックは広がってしまうからだ。
 政世と政江が職人達に抱えられるようにして出て行く。誠は入り口でガタガタ震えながら
突っ立っている。
 コナンはポケットから携帯を取り出した。続けて服部、明智も自らの携帯を手に持つ。
「それ、どうするんだ?」
 一が尋ねる。
「録音するんですよ、検分状況をね。君はコナン君と服部君のを受け取って録音して下さい。
服部君」
「おう」
「君はメモを取って下さい。到着に40分もかかるとなると、大分死体の状況が変わって
きますから」
「わかった」
 明智とコナンが検視を始める。
「誠さんは、私達を見ていて下さい。例えば何かを隠すふりをしたり、状況を変えてしまわ
ないかどうか」
「はあ……」
 返答は心もとない。無理も無い。日常の中で出会うことの無い、死体と云うものが目の
前にある。知った者の姿で、そして無残な姿で。
「仮検分日時、平成×年9月21日、午前11時38分、場所、島根県那賀郡湊町
田川政和宅、立会官氏名、警視庁捜査一課刑事、明智健悟……」
 淡々と明智が言葉をつなぐ。すっかり刑事の顔になっている、と一は思った。自分はまだ、
さっきまでの政史の顔が脳裏を離れない。
 服部やコナンもそれが政史であるかなど忘れたかのように黙々と作業をこなす。
 これが彼らと自分の差なのかもしれない。明智によると、服部、コナンは探偵を自称する
だけあって自ら事件に乗り込んでいく。時に目の前での犯行を目撃することもあり、常に
事件解決の為の知識吸収を怠らない。
 自分は。一とて殺人現場に出くわした経験が少ないとは言わないが、どうしても被害者や
加害者に感情移入すること無しに捜査は出来ない。どちらが良いのかなどと優劣がつけ
られるはずも無いが、経験に大きな差があることは否めない。
「……口唇粘膜は赤褐色にして、強度のびらん状態を呈す。状況から死因と思われる
青酸物に対するシェーンバイン反応は未検査である。転倒時における擦過傷の他は、
何らかの死亡原因につながるような外傷はなし。死亡の原因、毒物による急性呼吸停止と
推察される、死亡の種類、不明。行政解剖もしくは司法解剖の必要性あり」
 そこまで言って明智は録音スイッチを押して録音を止めた。一もあわててスイッチを押す。
「肉眼診断からして、青酸化合物つまりシアン化合物による死亡に間違いありません。
となると、混入されたものの特定ですが……」
「多分、麦茶だな」
 白いハンカチでやかんのふたを持ち上げていたコナンが言った。顔をしかめている。
「わずかだが、このやかんから異臭がする。青酸はあまり嗅いだことねーからわかんねーけど、
間違いないだろう」
「……さっき、政良さんらも飲んどったよな? ――あ、金田一、お前も」
 自分が書き上げたメモを片手に、服部が入り口に目をやり、そして一を見た。
「私達も一応病院で検査する必要がありますね」
 明智が時計を見て時間を確認した。
 足元には、血を吐き壮絶な苦悶の表情を残して少年が倒れている。
 自分とそう変わらない年齢の子が。
 検分を終え、警察の到着を待つだけの状態になって初めて少年達は我に返る。
 何事も無いかに思えたこんな田舎で。
 杞憂かと胸をなで下ろしかけた矢先。
 事件は起きてしまった。
 まだ15年しか人生を謳歌していないこの少年が何故、しかも突然に生を閉じなければ
ならなかったのか。
 やりきれない思いで彼らは政史の遺体を見下ろしていた。
「……」
 明智も黙って3人を見守った。胸中を理解しているつもりであった。
 彼にも、そんな過去があったのだから。
 親友とも言える人間の、犯罪を暴かねばならなかった空しさ。
 だからこそ、真実は明らかにされなければならない。
 遠くからけたたましいサイレンがやっと聞こえてきた。


 病院で無事検査を終えた明智らは、その足ですぐに捜査本部が設置された桜井署に
向かった。
「やはり青酸ですか」
 鑑識の報告書類を見ながら、シェーンバイン反応結果が陽性であったことを確認する。
「本試験も行いましたが間違いありません。ただ、種類が判別できませんので、大至急
島根医科大学の方へ分析を依頼しました」
「賢明な判断ですね。私の方から話をしておきますから、一応科学警察研究所の、法化学
第三部化学第二研究室宛にも送っておいて下さい。近日中に結果が出るはずです」
「はっ!」
 答える鑑識課員はやや緊張気味である。無理も無い。警視庁のそれも捜査一課キャリア
となれば彼らにとっては雲の上の人間に等しい。
「なーなー、聞こうと思ってたんだけどさ、シェーンなんとかって何だ?  新製品の髭剃り
クリームとか?」
 振り返ると、来客用のソファにふんぞりかえった一が隣りのコナンに尋ねている。コナンが
冷ややかな目をして、
「正式名はシェーンバイン・パーゲンステッヘル反応。死因が青酸化合物であると予想
される場合に行う予備試験。淡黄褐色をしたろ紙を口元などにあてて青色に変色したなら
陽性つまり、青酸の疑いあり。ちなみに一番早い確認方法は、十円玉を被害者の血や
胃内容物につけてみること。ぴかぴかになれば青酸」
 流石高校生探偵工藤君。素晴らしい記憶力だ。
「もっとも、シェーンバインの方は塩素とかにも反応してまうから、ちゃんと確認試験が必要や。
……金田一、基本やぞ?」
 窓際に寄りかかっていた服部も呆れ顔である。ただ、どう説明したところであの少年は
十分の一も理解できていないだろう。
「俺はお前らみてーに知識でどうのってのは得意じゃねーの!」
「金田一君、静かにして下さい」
 思わず声を荒げた一を、冷静に明智はたしなめた。ずば抜けた洞察力はあっても、学力の
低さをへ理屈でごまかそうとするのは彼の悪い癖だ。
 明智は視線を戻すと、
「司法解剖の手続きはもう済みましたか? 青酸化合物による死亡の場合、時間が経過
すると代謝作用によってスルホシアン化合物に変化します。これは通常の体内にも存在する
ため、後日解剖したのでは青酸化合物の摂取を認めるのが難しくなります。所見から
明らかではありますが確認の為です。大切なことですから、急いで下さい」
「聞いてきます!」
 あわてて1名の鑑識課員が部屋を飛び出していく。残った2名が、
「さすが警視庁は違いますね、よく御存知です」
「私達だけだったらまだモタモタしてますよ」
としきりに感心している。



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