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第三章   扉の影の女

 離れの掃除もするからと政良らに追い出された四人は、美恵の提案に乗り町へ食料買い出しに
行くことを決めた。
 コナンが先ほど博士に送ったFAXの結果待ちをしたいと言い出し、肉体労働は自分のポリシーに
合わないとばかりに明智も付き添いを決めてしまった。
 というわけで――。
「なぁにが『働かざる者食うべからず』だっちゅーの! てめェも働けってンだ!」
 日頃の恨みも相俟って、田川家を出てからずっと怒りの収まらない一である。
「せやけどまー、あない何もないとこにおるより、狭い町でもなんぼかマシやで?」
 服部が一応型通りに慰めの言葉をかけてくる。目を見れば気持ちが伴っていないのは明らかだ。
「都会暮らしだと、確かにここらは退屈でしょうね」
 運転席の誠が笑った。
「でも私はここの暮らしが好きよ。この前カリフォルニアへ旅行に行ったんだけどね、うんざりして
十日間の予定を早々に切り上げて帰ってきちゃった」
「旅行をプレゼントして下さっただんな様には申し訳なかったけどね」
 一は黙り込んだ。二人の仲を察するには十分な会話だ。
「さて、あとは……やだ、いけない!  休憩の時に出すアイスクリーム買い忘れた! 誠さん、
Uターンして!」
「……赤信号で無茶言うなよ」
 横で服部が笑い転げた。


「やっぱり無理か……」
 彼のよき理解者であり、発明家でもある阿笠博士からのFAXを眺めてコナンはつぶやいた。
続きを促すような明智の視線に気づいて、
「前にあったんだけど、誰かがキッドの名を騙ったのかと思ったが、文面だけじゃ判断できないそうだ」
「確かに、何の為にキッドが関わってくるのか不明ですね」
「殺人を冒すようなヤツじゃない。だからひょっとしたらと思ったんだが……」
「不確定因子が多い中で推理をすると、先入観にとらわれます。今はひとまずおいておきましょう」
 コナンはうなずくと時計に目をやって、
「まだ十時かよー。これからどうやって時間をつぶそう」
屋敷の客室へ案内されたものの、政良らは掃除にかかりきりで、さてはてテレビを眺めて時間を潰す
習慣も自分達にはない。
 肉体労働派ではないと自他共に認める明智も肩をすくめて、
「……仕方ない、手がかりを求めて掃除の手伝いでもしますか」
 別にそれに対して異論のつもりではなかったのだろうが、ソファから彼が腰を浮かせた時それは
聞こえてきた。
「悲鳴だ!」
 コナンは素早くテーブルを飛び越えて走り出した。他人の家を勝手にうろつきまわる、というマナー違反は
この際二の次である。
「誰か、救急車呼んで!  政江が!」
 長い廊下の奥にへたりこんだ良江が手を振りまわしている。ポケットから携帯を取り出すとコナンは走り
ながら器用に電話をかけた。
「どうしました!」
 彼より一足先に駆け寄った明智にすがり付くと良江は、そこから角を曲がった所にあるドアを指差し、
「政江が……倒れて……!」
 明智が顔色を変えて強引に良江を引き剥がし、中へと飛び込んだ。
「ちょっと、何の騒ぎよ。私ならここにいるわよ」
 コナンが電話をかけていた後ろのドアから、ぞうきんを片手に政江が顔を覗かせた。眉を寄せて、
不審げにこちらを見ている。
「どうしたんだ?」
 政良が数人の職人達と一緒にやってきた。
「え……じゃああれは政世……?」
「誰か手伝って下さい!」
 明智の声に、開け放たれたドアへ政良達が駆け寄った。コナンも後に続く。ツンと鼻を突く刺激臭が
漂ってきた。
 すぐに政世が運び出されてくる。ぐったりとして血の気はなく、コナンは偶然触れた腕の温度から
手後れであることを知った。そうと気づかない政良が必死に彼女を揺り動かしていた。
「中に入った人はすぐに水で肌の露出している部分を洗って下さい!  良江さん!」
 最後にハンカチで鼻と口を覆った明智が飛び出してきた。
「バケツで水を汲んできて下さい! ああ、政江さんでも構いません!  早く!」
 飛沫を撒き散らしながら政江がバケツを持ってきた。へたりこんだままだった良江があわててわきへ寄る。
「失礼!」
 叫んで明智がそれを頭から政世と政良に浴びせた。たちまち廊下に水の膜が広がる。
「おばさん、タオル持ってきて!」
 自らも彼らにバケツで水を浴びせながらコナンは怒鳴った。ふんばった足が水で滑りそうになる。
「明智さん!  あんたも早くした方がいい!」
「ええ、分かってます」
 刑事らしく自分を後回しにした明智も、職人達の後を追って走っていった。
 この場合、生きている人間は(、、、、、、、、)応急処置の迅速さが明暗を分ける。
「な、何がどうなってんのよ……ねぇ、ちょっと、政世は……?」
二人とコナンを交互に見ながら、政江が言った。
「残念ながら」
 コナンは水溜まりの中座り込んで、ぼんやりと政世を見つめている政良に目をやった。
いくら揺り動かしても目を開かない妹の運命をやっと悟ったのか、すべての表情が消え失せていた。
「明智さんに話を聞いてみないと分かりませんが、清掃中におそらく有毒ガスが発生したのではないかと
思います。多分、この刺激臭からして塩素ガスの類です。空気より比重が重くて下に溜り易いですから、
気づいた時には体が麻痺して動かなくなっていたでしょう。応急処置の方法もありません」
「……んなことはどうでもいい……」
 政江が差し出したタオルに目もくれず、死人のような目をして政良が立ちあがった。
「そんなことはどうでもいいんだ……。何で……何でこんなことに!」
 悲痛な叫びに誰も、答えられる者はいなかった。


 汝、麻呂が教えに従って外つ国へ退くか、さもなくば、この芽の輪に
十束の宝剣をもって汝が一命討ち取ること只今なり。



「すると、空になった洗剤を詰め替える時に、種類を間違えた可能性もあるんやな」
「政良さんは、政世さんがそんな間違いをするはずがない、誰かが故意にやったんだって言って
ますけどね」
 もう太陽は随分高い位置に上っていた。あれから政世の遺体は一応病院へ送られ、救助にあたった
明智らも精密検査の結果、ガス――コナンの推測通り、塩素系洗剤と酸性洗剤の併用により発生した
塩素ガスと判明した――の影響はないと診断された。そして、田川家では再び鑑識が忙しく動き回って
いた。連絡を受けて父、政和も帰宅したものの、回らねばならない得意先がいくつも残っており、くれぐれも
よろしくと頭を下げて出かけていった。取り乱しもせず、ただうつろな目が衝撃の深さを物語っていた。
「良江さんが、変なことを言っていた」
 コナンは手にしたペンでメモしていた紙をコツコツとたたくと、
「彼女は倒れているのが政江さんだと思っていたらしいんだ。政江さんが俺の後ろのドアから顔を
出した時、ひどく驚いてた」
「つまり、政江さんを狙ったはずが、政世さんになってた、と」
「彼女犯人説を採るならな」
 一がコナンからペンを取り上げて、"良江、政江と間違えた?"と書かれた後ろに"容疑者その一"と書き
込んだ。
「これを洗剤の種類すり替えによる他殺と仮定した場合、状況から容疑者の条件が幾つか挙げられます」
 明智が開いている警察手帳をちらりと覗くと、彼らしい几帳面な文字できちんと書き込んである。
「一つ目。洗剤の置き場所を知っていた人間。二つ目。塩素ガスに殺傷力があることを知っている人間。
そして……」
「俺にも言わせろよ。三つ目。殺傷能力といってもその刺激臭から気づいて換気することも有りうる。つまり、
死ぬか否かはさて置いて彼らに対し『殺意』を示したかった者」
 三本目の指をコナンは示した。明智がうなずく。
「……あかん、どーしても先入観入ってまうわ」
 先に服部が投げ出した。これ以上推理が決め付けになるのは危険と判断したのだろう。コナンも同じ考えだ。
「容疑者が一人しか浮かばないっつーのはまずいよなー」
「そうでもないですよ」
 ゴロンと寝転がった一が机にのせた足を思い切りはたいてから、わざわざハンカチを取り出してその手を
入念に拭くあたり、この優雅な青年の脳は複雑な悩み方をしているらしい。
「私達には知らされていない、何か確執があるのかもしれません。となれば出入りしている者は誰も容疑者
足り得ます」
「ま、他殺説を取るならな。事故とするなら矛盾なく収まるぜ。いつも使っている二つのうち、一つの中身が
無くなったので詰め替える時、慣れていることだから大して確認もせずに入れてしまう。掃除中だから早く
済ませたいしな。で、同じ系列の洗剤だと思って撒いたところたちまち塩素ガスが発生。気づいた時には
運悪く手後れだった、と……」
「良江さんのあの言葉も、単なる勘違いと取れますしね」
 と、明智。普通ならば不注意による事故、と第一に考えるところを一番後回しにするのである。
 それが、今まで生きてきた経験から学んだ事。
「ともかく、現段階では事故とも他殺とも断定できる決め手に欠けます。これ以上の考察は無用でしょう」
 流石にこういった時の切り替えは早い。
「せやな……。なーんかひっかかンねんけどな」
 服部が肩をすくめた。
 引っかかるのはおそらく、後の二人とて同じ事。
 コナンはそう思った。無論、自分も。
 何かが、不自然なのだった。


 後戻りは出来ない。私は最後まで嘘をつきとおさねばならないのだから。
大丈夫。きっとうまくやれる。




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