多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」第五章1→第五章2




「まず、確実性の無さだな。どういう風に時間を計算していたか知らないが、政良さんと政江さんは、
中で神楽を見ていた可能性もありうる」
 コナンが言った。
「それに、誰かがちょっと林の中へ入ったら分かるようなところに仕掛けてあったのもおかしいと思う」
と、一。
「でも、祭りの最中にあんなところへいく人が犯人以外いるとは思いませんけどね。あのあたりには
駐車場もありませんし」
 すかさず明智が反論。ムッとした顔で一が言い返そうとするのをあわてて止めて、
「俺もひとつ、おかしい思うで。あんな仕掛けしといて逃げる、ゆーのんはアリバイ作りが目的やろ?
せやったらなんでわざわざサイレンサーがつけてあるんや。おったのが政良さんと政江さんだけ
やったら、もし射殺された場合、音を聞いてる証人がおらん、ちゅーことになるから正確な時間が分から
へん。アリバイ作りにはめっちゃ不利やで」
「つまり、疑問点は二つ」
「三つだ!」
 残念ながら一の叫びは無視された。
「この事件は政世さんの時と、酷似していると思いませんか」
 気がつけば朝日がすっかり顔を出していて、明智は目を細めてそれを眺めていた。
「確実性のないことといい、それでいて純然たる殺意が示されていることといい、政江さんの事件を
殺人と仮定した上で、政史さんの件も含めて三つの連続殺人、と言えなくもないと思います」
 少しの間、四人は黙っていた。
 恐らく自分のように推理を組み立てているに違いない。
 これが一分の狂いもなく合うならば――
「ちょい待ち」
 思わず言葉が口をついて出た。三人の視線が集まる。
「犯人、死んどるやん」
「やっぱ服部もそう思う?」
 一がため息をついた。
 あんな回りくどい方法で、狙撃の仕掛けを作った理由が、逃げる姿を目撃されたとして、そこにいる
ことがあまりにも不自然な人物だったとしたら?
 祭りに出かけたことのないという良江が、公民館の近くで誰かに見られていたら確かに真っ先に疑わ
れる。その点ああしておけばアリバイなどは関係なく、誰にでも犯行が可能になる。
「素人考えやな」
 結局そういったストレスが元で心臓麻痺を誘発したとするならば、説明はつく。
「良江さんの体に、胸のやけど以外外傷はありませんでしたし、睡眠薬や麻酔薬の類も発見されません
でした。内側からすべて鍵がかかっていたことからしても、自然死と考えるのが妥当でしょう」
 その時、明智の携帯が鳴った。「失礼」と一声言って出ると、しばらく話していたが、それを懐にしまい、
「良江さんの日記が発見されたそうです。気になることが書いてあるので、見てもらいたいと」
「この際、私が犯人ですっちゅーて書いてあったら一件落着やねんけどな」
 それはもちろん冗談、のはずだった。


『○月○日
 絶対にあの子達は気づいている。私の秘密に。いや、しかし証拠なんてあるはずがない。大丈夫だ』
『○月○日
 何と言うことだろう。政美が私を疑っている。私はどうすればいいのだろう』
(数十枚に渡り空白)
『○月○日
 久しぶりに日記を書く。恐ろしくて開けることが出来なかった。
 あの子達は私を探っている。私は、自分を守るためにあの子達を殺さなければならない。
 そんなことが許されるだろうか』
『○月○日
 やらなければ私の方が危ないのだ』
『○月○日
 今日突然訪ねてきた刑事達が政子の名前を口にした。何が、起きているのか。
 政史が、死んだ。でもあの子は一番秘密から遠かったかもしれない』


 日記はその後空白になっていた。
「どうしましょう。被疑者死亡のまま送検した方がいいでしょうか」
 桜井署の刑事は、直立不動でソファの横に立っていた。聞かれた明智の方は、あごに手をやって
考え込んでいる。隣の一につつかれてやっと気づいたように、
「――ああ、それはそちらにお任せします」
「分かりました」
 刑事は美恵に「電話を貸して下さい」と声をかけて歩いていった。
「ただし、物的証拠に欠けますから、不起訴になりかねませんよ」
 コナンは笑って、「明智さん、あの刑事もう行っちまったよ」と言ってやった。
「おや、そうですか」
 大して気にした風でもなくそう言うと、
「良江さんを自然死に見せかけて殺した人間がいたとして、でもそれは政良さん達には無理な犯行
ですね」
「十時頃ゆーたら、病院におる時間やからな。怪我人の政江さんはもちろん、身内の政和さんと
政良さんがおらんくなったら気づかれんワケがないし、第一そんな時間にこの辺は交通手段がある
とも思えんしな」
「犯行時刻、十時で間違いはないのかよ」
「そりゃ、十分や十五分はずれるかもしれねーけど、一時間までは無理だぜ。仮に前後一時間
ずれたって、政良さん達はアリバイがある。ああ、美恵さんや誠さんにもな」
 政江の負傷が八時半。それから病院へ到着したのが大体九時半であるから、救急車内の三人は
もちろん犯行不可能。そして美恵と誠は九時からの祭りの後片付け以降、田川家に到着する時点
まで自分達と行動を共にしていた。姿を消せば必ず誰かが気づいたはずである。
「良江さんが犯人、ちゅーことで落着にしてもーてええんやろか」
「待てよ。トリックが解けてねーぜ」
「何の」
「最初からいきゃ、政史君の」
「あーあー、悪い、忘れとったワ。な、工藤」
「そーいや、政江さんの事件があったんで忘れてた」
「謎が解けましたか」
 明智が身を乗り出してくる。
 コナンはあの時、書き取っておいた化学式を広げてみせた。明智がサッと目を走らせて、
「成る程。この手がありましたか」
「あんだよー、この化学式でトリックが解けるのかよー」
 この手の犯罪が起きたらこいつ、絶対トリックを見破れねーな、とあきれつつコナンは説明
してやった。
「中和だよ、中和。それくらいは知ってるだろ?」
「あー、なんか二つの物質を混ぜると一つになるってヤツ」
 明智がため息をついて額を押さえる。
 構わず先を進めることにした。
「例えばアルカリ性のものと酸性のものを混ぜてやると、中性になるだろ? その応用さ。チオ
硫酸という薬品には、青酸を無毒化する性質がある。青酸はちゃんとやかんに入ってた。ただ、
俺達に出されたお茶は既に無毒化してたんだ」
「氷か!」
 一が膝を打った。「氷にそのチオ何とかが入ってたのか」
「多分な。政史君と金田一の飲んだお茶の違いは氷だけだ。ずっとひっかかってたんだが、毒を
仕込んだんじゃなくて、解毒剤が仕込んであったら?と思ったんだ」
「薬学の知識が相当ないと、この手のはあかんやろ」
「良江さんは元看護婦でしたね」
「んじゃあ、政世さんの事件は?」
「トリックというほどのものでもないでしょう」
 明智は肩をすくめると、
「洗剤が残り少ないからと言って、あらかじめ詰め換え用を渡せばいいんです。自分では怪しまれ
ますから、職人にでも頼んで。もしくはたとえば塩素系の容器を彼女が持っていたとすれば、詰め
換え用がおいてある戸棚へ意図的に酸素系洗剤のそれを置いておけばいい。いつも置いてある
場所にあれば、確認もせずに使うでしょう」
「殺人の方法としては確実じゃないよな」
「それは政江さんの事件でも言えるけどな」
「待ちぃ。忘れとるで。政世さんも良江さんのこと、嫌っとったやろ。殺す動機があることも知っとる。
それが、弟がいきなり死んで殺人やったら、普通警戒するやろ。何かされへんか、て」
「あ、そうか」
「絶対おかしいで。よう考えてみい。あんだけ嫌っとって殺人も起きた。良江さんが当然犯人やと
思ったはずや。したら何で政良さんらは平然と、同じ家の中で暮らしとったんや?」
 何か、何かが引っかかる。そう、気づかず疫神と背中合わせで立っている、あの鐘馗のように。
そこにあるはずのものが見えてこないのだ。
「最初に出会った時の印象からすると、良江さんの方が政良さん達に遠慮していたように見えました
けどね」
 明智の言葉に、皆黙ってしまった。
 虐げられたが故の深い憎しみを根底に持つというのは理解できる。だがそれならば、どんなに隠して
いるつもりでも必ず片鱗は現れるものなのだ。人間が感情の生物である限り。その証拠に、政良達
だって、良江への憎悪を隠そうともしないではないか。
「!」
 コナンは飛び上がった。
 向かい側の明智が「どうかしましたか」と声をかけてくる。
 時計を見た。ザッと計算して、政良達が到着するまであと少し。
「明智さん、俺少し気になることがあります。政良さん達の事情聴取、聞いといて下さい」
 おや、というように明智が眉をひそめた。
「いえ、私もちょっと気になることがあったのですが」
「俺もや」
 というわけで、自然一人の方へ目が向くことになる。
「金田一、よろしくな」
「頼みましたよ」
「後で聞かせてなー」
 一人出遅れる形になった一は、渋々うなずいたのだった。


「ああ失礼、少しお聞きしたいことがあるのですが」
 畳をホウキではいていた職人の一人に声をかけると、嫌な顔一つせずに手を止めて「何ですかいね」
と言った。
「お昼に飲まれるお茶は、いつも田川さんが沸かされるので?」
「あー、まあ忙しかったらワシらでやりますけどね」
 明智はふむ、とうなずいて、
「お茶はここ専用で購入されているのですか?」
「は?  いや、確か屋敷の方とまとめて買って、適当に分けとったと思うけど」
「確かですか」
 職人はトラックに荷物を積みこんでいた男へ「おおい」と声をかけ、同じ事を聞いた。
「おお、そうで。お徳用サイズの買ってきて適当に分けとるよ。ワシ、美恵ちゃんを手伝ったことあるけぇ」
「そうですか。では足りなくなったりした時は?」
「買い置きが一つあるようにしとんさるけぇ、屋敷の方へ言えばすぐ持ってきてもらえるで」
「分かりました」
 やはり、あれは故意になされたものなのだ。突発的なハプニングを利用して。
 ただ、それが不自然な結果を生むことになりましたね。
 明智はニッと笑った。そして、
「最後にお聞きします。ここの奥にある炊事場の冷蔵庫には、氷は入っていますか」
 職人は少し首をひねって考えを巡らせているようだったが、
「いーや。もっぱらビールとか飲み物を冷やしとったぐらいですよ」
と言った。
「ありがとう」
 残すは、ひとつのピースのみ。
 ふと、その顔が曇った。



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