多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→ヒューマンハローワーク3-2




「うわーっっ!」
 急に顔を手で払いながら大村が立ち上がった。
「何か落ちてきたー!」
 バカ……。
 サングラスをかけた男達が拳銃を片手にこちらへ走って来た。流石にハッキリ分かる
ほど殺気立っている。
「大村、ダッシュ!」
 パニックになっている大村を突き飛ばすようにして走りだした。男達の怒声と共に、
風船を割るような音がいくつも後ろから聞こえてくる。ProXXPだとかいう拳銃の音も
混じったようだ。
「アウッ」
 右肩がカッと熱くなった。足がもつれて草むらに倒れ込む。虫が一斉に飛び立つ。
胸が圧迫されて息を吐き出した。首筋に草が刺さって痛い。
 大村が立ち止まって振り返る。
「逃げなさい!」
 抱き起こそうとする手を振り払って叫ぶ。
 もう同じミスをしたくないの。
「早く!」
 今の状況をわかってよ!
 差し出された手を思い切り払いのける。激痛が肩からはい上がって来た。
「痛……」
 ヌルヌルと血で滑る肩を手で押さえて起き上がった時、
「お前、紹介屋だな」
 こめかみに銃口が突き付けられた。視界の隅で大村が腕をねじり上げられているのが
見えた。
 最悪だ。
 彼だけ逃がすことも出来なくなった。
 一番背の低い男がニヤニヤしながらあごを突き出した。
「この前はやり損ねたが、こいつぁ手間が省けたってもんだ」
 ということはこの前オーレの窓ガラスをぶち壊した奴。
「あんた窓ガラスちゃんと弁償しなさいよ」
 毒づいてやると、ほう、とうなずいて「気の強い女だな」と言った。
「こいつもついでに使うか」
「ああ、それがいいな」
 鼻の下に髭を生やした男がジロジロ見ている。サングラスで見えないが、きっとOLの
お尻を触って喜ぶセクハラ上司の目付きに違いない。
「お前達のせいで俺がドヤされたんだよ。仕方ねーから分野違いだが、内蔵売って埋め
合わせをするしかねぇ」
 銃を突き付けられ、屋敷に向かって歩き出すと、そんな声が後ろから聞こえた。一歩
歩くたびにクギで刺されるような痛みが走り、美加は負担をかけないようにペースを
落とした。
「組織のモットーは完璧主義でな。失敗は埋め合わせれば許してもらえるんだよ」
「海外にもお得意さんは多いし、買い手には困らねぇ」
 どうもこいつら下っ端ってカンジねぇ。人気がないとはいえこんなところで発砲するところと
いい、簡単に秘密をしゃべっていることといい、ド素人でももう少しうまくやるんじゃない
かしら。絶対出世は出来ないタイプだわ。
 こんな時でも冷静に職業意識の出る自分が少しうらめしい。
「生きたまま渡しゃいいってな条件だったよなぁ」
 スキンヘッドの男が髭の男に言った。髭が無言でうなずく。
「なら、女の方はすこしぐらい傷物になったっていいってコトだ」
 それって、もしかして……。
立ちすくんだ美加にハゲ男が近づいてきた。
ぎゃ。ちょっと、さわらないでよ。
 護身用ナイフは腰に取り付けている。右手で取り出すようにしてあるから、素早く
取り出すには無理が有る。
 けど。
 こいつを人質に出来たら大村だけでも逃がせるだろうか。
 大村が押さえ付けられたまま、落ちつきなくこちらを見ている。
 傷ついた肩をつかまれて顔をしかめた。
「さっきの威勢はどうした? ええ、おじょうちゃん」
「さわらないでよ!」
 もがくふりをして左手で腰を探る。何とか柄が指先に触れた。
 あと少しだ!
「ぶっそうなものを出すんじゃねーよ」
 チビの男が素早くナイフを引き抜いた。
「先に身体検査をした方がいいな」
 男達が卑猥な笑い方をする。
「女の子はおしとやかでないとな」
「売る前に品質検査といこうか」
 やばい。本当に最悪だ。
 失意が胸に広がった。
 大村が振りほどこうともがいている。押さえ付けていた男が一発、殴りつけた。
 ぶつり、と音がして上着のボタンが弾け飛んだ。ハゲ男の太い指がインナーにかかる。
「次に生まれて来る時は、もう少し立場をわきまえるこったな、おじょーちゃんよ」
「わきまえてないのは貴様の方だ」
「誰だ!」
 感電したように体を震わせて、男達が顔を上げた。
「あそこに!」
 一人が屋根の方を指さす。雲間からのぞいた太陽が、空をキャンバスにそのシルエットを
二つ、はっきりと浮き上がらせている。登場の演出さえもその意志といわんばかりに。
「何を思い上がってるのか知らないけど、その子に手を出したらあなた、この世界で生きて
られないわよ」
「誰だよ、お前達!」
 髭がヒステリックにわめいた。
「俺に名を聞くのか?」
「後悔するわよ」
 相手をあざ笑うかのような、低い笑い声。
 軽業師も真っ青の優雅な仕草で二人が地面に降り立った。着地の音すらしない。
「紹介屋、だから言ったでしょ。危険だって」
 アリサがウインクしてみせた。結婚式の祝福に現れた天使だってこれほど奇麗じゃない
だろう。
「お前達、情報屋に仕事屋か!」
 美加を突き飛ばし、ハゲ男が叫んだ。銃が目に見えるほど上下に震えている。
発砲したところで自分の足を撃ち抜くだけだろう。
 銃口を二人に向けていた男達が、急に腕の力を失ったかのようにそれを降ろした。
包囲していた輪がだんだん大きくなっていく。
「何だそれ。――おい、名前くらいあるだろうが」
 髭は余裕の笑みを浮かべて言った。他の男達が顔色を変えたのに気づいていない
ようだ。 
 アリサがフッと笑って顔を上げた。
 まただ。どんな真夏の日光さえもたちまち凍りついてしまうような、冷たい微笑。
「アリサ。死人(しびと)使いと言った方がお分かり?」
「なっ!」
 髭が後ずさった。額に玉のような汗が浮かび始めた。
「し、ししし死人使い……」
 そして情報屋を見て、「じ、じゃあお前は……」
 彼はポケットに手を突っ込んだまま、まるで独り言のように告げた。
「――カイ」
 髭の目が、これ以上開けば眼球が落ちるのではないかと思うくらい見開かれた。
「し、死に神カイ!」
「ああ、そんな通り名もあったっけな。――ふん」
 面倒げに言い捨てて、情報屋――カイが一歩踏み出した。髭は音がしそうなほどひざを
揺らしている。完全に迫力が違う。
 さすがに美加にも痛いほど分かった。通り名でここまで恐怖させるほど、彼らは知られた
存在なのだと。そしてその恐怖は多分、死の予感。
「俺に名乗らせたんだ。お前達、もう死ぬしかないな」
「ヒィーッ!」
 情けない声を上げて男達が後退を始めた。山中で熊に遭遇したかのように足を引きずり
ながら下がって車に突き当たると、あわてて乗り込んだ。体を押し込むようにしてめいめい
ドアを閉めると、エンジンをふかして急発進する。
F1レーサーもかなわないだろうというくらい、曲がりくねった道をハイスピードで駆け抜け、
あっと言う間に車は見えなくなった。
「に、逃げちゃいましたよ」
 放り出された大村が尻餅をついたまま言った。カイはつまらなさそうに肩をすくめて、
「簡単に口を滑らすような奴は組織に始末されるさ。――TPCのモットーは確かに完璧
主義だが、失敗は許さない」
「TPC?」
 美加が問うと、
「The perfect crimer、完全犯罪請負人。あんなレベルの低い奴らが入れるようなところ
じゃない。恐らく利用するだけしておいて、遅かれ早かれ始末する予定だったんだろう」
 そう答えたカイの顔は、どこか寂しそうだった。
 アリサが救急キットを取り出し、しゃがみこんで手当をしてくれた。
「……この世界は弱肉強食。どんな手段を使っても権力を握った奴の勝ちだ。俺の名は
言うなればジョーカー、手に入れた奴がキングの座にのし上がれる力を持っている。名を
知れば情報を欲しがる奴は必ずそいつを追う。だからお前には言いたくなかった」
「あなたはアタシ達ほどつらい過去を背負っていないから。こっちに来ていい子じゃ
なかったからね」
 包帯を巻くアリサの手が震えていた。こわばった顔で無理に微笑んでみせると、
「どうする? ハイリスクを背負ってまでやるような仕事じゃなくてよ」
 撃たれた右肩よりも胸が痛い。自分の身を守るために平然と殺人まで出来るような人間が、
捨てられた子犬のように自分を見ているのが分かるから。
 このままずっと一緒に笑っていたかった。
 そう叫ぶ声が聞こえるから。
 絶体絶命の危機を助けてくれたのはこれで二度目。前は立ち去ろうとする二人に、
美加の方が追いすがる形で手を組むことになった。
 今は美加が選択権を任されている。彼らと別れて安穏とした日々に戻るか、危険を
承知のうえでこのまま続けるか。
「美加……」
 アリサが遠慮がちに呼んだ。カイはこちらを見ようともせず、無表情で空を見上げている。
 彼が顔を背けるのは、いつだってあれこれ言われたくない時のサイン。
 そのくせ、ちゃんと自分のことを気にしている。困った時はいつでも助けられるように。
 美加は決心した。キュッと唇の端を上げて笑うと、
「スリルは人生を楽しくするエッセンスって言うじゃん。このままフツーに就職して、フツーに
結婚して、フツーの一生を終えるなんてつまんないよ!」
 思わず口元に手をあてるアリサの隣で、ククッとカイが笑った。その横顔には皮肉な
笑みが浮かんでいる。そう、いつも通りの。
「結婚? お前が? 寝言は寝て言え!」
「何よ! この性悪差別論者!」
「自分は聖人君主だとでも言うつもりか。この偽善者が」
「誰もそんなこと言ってないでしょ!」
「ちょっと、二人とも」
 あわててアリサが止めに入った。困ったように笑いながら。
「さっさと帰るわよ。美加も、ケガしてんのに出血が止まらなくなるわよ」
「あれ、そういや二人はどうやってここまで来たの?」
「企業秘密」
 そう言い捨てて、タクシーでも拾うかとカイが歩きだす。すっかりポーカーフェイスに
戻っている。
「あ、あの」
 大村が立ち上がった。「危ないところをありがとうございました」
 カイがゆっくり振り返った。そして、
「ああ、そういやお前、いたんだっけな」
とひどいことを言った。
 大村が頬を膨らました。アリサが笑い出す。美加もつられて笑った。
――良かった。同じ運命をたどらなくて。
 もう悪夢は見ないような気がした。
 全力で走ったから。
 逃げ出さずに済んだのだから。


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