多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる1-1




 宮小路雪夜(みやこうじゆきや)はちょっと困っていた。
 殺人事件が起きて、それが迷宮入りになる前に警察より早く犯人を見つけ、殺害方法
ばかりかアリバイまで崩してみせたら、ちょっとした「時の人」だ。
 雪夜はある事件を解決したばかりだった。それを世間に公表しようとした矢先、出来なく
なってしまったのである。
 だから彼は困っていた。
 あんまり深く物事を考えないタチなのだが、さすがののんびり屋もこれにはまいった。
 まさか、自分が殺されてしまうとは!


「誰が、何だって?」
 動揺した時のクセで、まだ火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し付けると、宮小路
月乃(つきの)は車を路肩に停めた。強引な急ブレーキに、後続の車が抗議のクラクションを
鳴らしながら追い抜かして行く。
「ですから、雪夜様がこの時間になりましてもお帰りにならないのです。探したくても俺が
家をあけるわけにいきませんし、すぐにお戻り下さい」
「ったく、トロくせー奴だな。どーせまたキャッチセールスにでも掴まって、帰れなく
なってんだろ」
 そう言っておいて、あのバカに限って連絡なしで遅くなることはねーよな、とつぶやいた。
 何しろ兄の雪夜は、仕事の関係で訪ねて行った先でヤクザに囲まれた時でさえ、
「今日は帰宅が遅くなるから、先にご飯食べてていいよ」と電話してきた筋金入り
の(?)お気楽性格なのである!
 口ぶりからてっきり友人宅に居るものだと思い込んでいた月乃は、帰宅後その事実を
知ってあまりの馬鹿らしさに、怒るのを忘れてしまったくらいだった。
「出来るだけ急ぐが、今出雲だから、全速力で飛ばしても三十分はかかるぜ」
「事故をなさいませんように、気をつけてお帰り下さいませ」
「はいはい」
 電話の相手――十年前初めて宮小路家に来た世話役の須佐隼人(すさはやと)は、
父光彦がほどなく彼ら兄弟の世話を任せたことからしても実力の程がうかがえる、
優秀な人間である。しかしそれだけだったならば、どんな手を使ってでも雪乃が二ケ月
以内に追い出していただろう。誰がつけたか、「使用人の居着かない家」にふさわしく。
 単に優秀なだけであったならば。
「それで、今夜はいかがでしたか?」
「バッチリさ」
 目を隠すほどに長い前髪を掻き上げると、月乃は停車した時と同じく強引に車線へ
割り込み、驚異的なギアさばきでスピードを上げた。十七歳という年齢――つまり無免
である!――と運転歴一年ということから考えると、先天的な才能があるかも知れない。
「やっぱり隼人の言う通り、警備員は銃を所持してた。それもマグナムだぜ! ライオン
狩りでもする気かっての! あんまりムカついたんで、逃げる時に写真撮って近くの
新聞社に投げ込んどいてやったけどな」
「情報に間違いがなくてようございました」
「愛してるぜー隼人ちゃん! ……っと、悪いポリが後ろからきた。続きは帰ってからな」 
 自動で会話が切れる。パトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら、スピーカーで
停止を命じた。
 月乃は胸ポケットから取り出した煙草に火をつけると、
「今夜も月乃ちゃんはぶっ飛ばすぜぇ!」
 地に響くうなりをあげて、メタルボディの車体はあっと言う間にパトカーの目前から
姿を消した。

 月明かりに照らされた白塗りの壁がやっと途切れて、明治時代から建て直されて
いないという大きな門が見えてきた。松江で最古の血筋と誉れ高い宮小路家の
それである。
「隼人! 雪夜から連絡は?」
「まだでございます」
「ったく、いいかげんもう一人ぐらい使用人を入れねーとこういう時困るな」
 門の前で帰りを待っていた彼に車のキーを投げ渡すと、月乃は勢いよく飛び上がり
三メートルの門を軽々と越えて中に入った。
「月乃様! 門くらいちゃんと開けて入りなさい!」
 呆れ返った声が飛んでくる。それを無視して静まり返った屋敷へ入ると、先に雪夜の
部屋へ向かう。
 両親がこの世を去ってから残された遺産で洋風に改築した――教育委員会と市長が
泣いて中止を申し入れたのだが――家屋は、面積に反比例して住人が三人しかいない
こともあって、五年経った今も新築のようだ。
 必要な箇所以外電灯を消して歩く隼人のせいで廊下は真っ暗だったが、スイッチを
入れるのも面倒で、住み慣れたカンにものを言わせて奥へと足早に進んだ。
 いい年をして「ゆきやのへや」という長方形の青いプレートがとりつけてあるドアに
たどり着く。流石に目も慣れて、そこに立っている人影にすぐ気が付いた。
「――雪夜! いつ帰って来たんだ? 下で隼人が真っ青になって探してたぞ」
「あ、月乃……」
 心なしか振り向いた顔は疲れきっていて、いつもの平和そうな表情はかけらも
見いだせない。
「隼人がね、俺のこと無視するんだ……。俺、『ただ今』って言ったのに、雪夜様は
まだ戻られてないのかって……。いろんなトコへ電話かけたり、玄関ウロウロしたり
……俺、ココにいるのに……」
 月乃はギョッとして後ずさった。この同い年の兄をふがいないと思う理由はもうひとつ
ある。それは――。
「隼人なんか大っっ嫌いだぁ!」
 とうとう雪夜は大声を上げて泣き出した。


「……すみません、状況が今一つ飲み込めないのですが……」
 夜も更けに更けて午前三時。月乃が雪夜を発見してから一時間が経過しようとしていた。
「だぁからー、ここに雪夜がいるんだって。本当にお前には見えないのかよ? 二人して
俺をかつぐ気じゃないだろうな?」
「そう言いたいのは俺の方ですよ、月乃様。雪夜様がそこにいらっしゃるって……いやまあ、
月乃様のおっしゃることですから信用は致しますが、その……、本当に?」
 月乃は元来気が短いタチだった。
「……ったく、どーしようもねーな、インチキ陰陽師はッ!」
 無論長年務めるからには、隼人も主をそれと思うような人間ではなかったりする。
「言いましたね! 俺だって"視る"力を持ってないのは気にしてるんですから卑怯じゃ
ないですか! いつもいつも言ってますけどね、月乃様こそいい加減怪盗から足を洗って
まともになったらどうです! ご先祖に申し訳が立たないとか思わないんですか!」
「何だとコラァ!」
「ねーねー、月乃って何かアンケート答えるバイトしてたのー? 回答にご協力下さい
とかの、なんとかモニターってやつー? あ、そーじゃなかった、やめろよー二人ともー。
近所迷惑だよー」
 的を射るどころか三十メートルくらいずれている雪夜である。
「お前は黙ってろ!」
「雪夜様は黙ってて下さい!」
 すごい剣幕で睨まれてしまった。この二人、なまじ美形なだけにすごむとそれなりの
迫力がある。親に一度もどなられたことの無い雪夜にとって、怖くないはずがなかった。
「ひどい、ひどいよ二人共……俺悪いことしてないのに……」
「ぶぁかか、お前は! 死んだことが大問題だろーが!」
 月乃の怒りが飛び火した。彼がハッと口をつぐんだ時には既に遅く、
「月乃がバカって言ったー! 俺お兄ちゃんなのにー!」
 突然室内の家具がガタガタと揺れ始め、続けて花瓶や額縁が落下し、電灯が
点滅しだした。デザインを重視した薄い窓ガラスは、雪夜の泣き声に呼応してところ
どころに蜘蛛の巣を作り始めた。
「わかった、悪かったよ雪夜。もう、いい年してすぐ泣くクセやめろよ。だから探偵に
なっても女の客しかこねーんだよ」
 最後の方はつぶやきに近い。これ以上余計なことを言うと屋敷が倒壊する恐れがある。
それでなくても先ほどの件で、壁に大きなヒビが入ってしまっているのだ。自ら設計した
自慢の家が! 来週「リフォームしませんか」という雑誌の取材が来る予定なのに!
――あ、いやこれはどうでも良かった。
 雪夜の方はというと、まだ鼻をぐすぐすやりながらもこちらの視線に気づいてニッコリと
笑ってみせた。これで双子の兄ってんだから詐欺だ!
「……信じがたいことですが、納得致しました」
 隼人が二人の前に手をついて深々と頭を下げた。こういうところは潔い男なのである。
「ともあれ、このままでは何かと差し障りがございましょう。俺も見えないままでは
不便ですし。形代をご用意致しますのでそれに入られませ」
「かたしろー? クッキーの型かなんかの?」
 残念ながら月乃の振り下ろした拳は空振りに終わった。
「そうですね……拠りましと申しますか、肉体の代わりになるものと思っていただければ
結構です」
 こちらは詳しい説明をするだけムダ、と分かりきっている隼人である。
「ええと、この前にお座り下さい。――座られましたか? では」
 人型をした白い紙を自分の前に置くと、隼人は右手で何か印を結び、口の中で
呪文を唱え始めた。それを見ながら、ケンカになる度にインチキだの自称だのとバカに
してきたが、さまになっている様子からすると多分実力はそれなりなのだろう、と月乃は
思った。
「ハッ!」
 短い気合が隼人の口から発せられた、と見る間に雪夜の姿が現れた。輪郭もぼやけて
いない、正真正銘の実体。
「――って、何余裕かましてんだコラァ!」 
 雪夜は畳にほおづえをついて、隼人の顔を下から見上げていた。
 そして、今度の拳はちゃんと目標に命中したのだった。


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