多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる1-2




「して雪夜様、どうしてこのようなことに? 今日は事件の謎が解けたとかで、病院の
方へお出掛けになられたのでは?」
「そうそう、それが問題なんだよなー」
「この上さらに問題なんかあるのかよ?」
 月乃は殴った手の方が痛かったとみえて、ハリセンスタンバイ中である。
「総合病院の医者、有田友良が毒殺されて、同じ病院に務めてる友人の薬剤師が
容疑者として逮捕された事件だったよな? 確か名前は佐藤道雄、二十九歳。有田の
部屋から急いで立ち去るのを目撃し不審に思った看護婦が、部屋に入って口から血を
流して倒れている有田を発見。既に死亡していた。しかしテーブル上の二つの紙コップの
うち一つから毒を発見――これは有田の体内から検出されたものと一致、もう一つからは
佐藤の指紋が検出され、また有田が佐藤の服のボタンを握っていたためその日のうちに
佐藤を逮捕。そう隼人に聞いたけど、別に不審な点はないだろ? あんな事件
追ってたのか?」
「雪夜様は、毒の使われ方がおかしいとしきりにつぶやいておいででしたが。俺が
警視庁のコンピューターにハッキングして――失礼、取り寄せた資料を見て、『次の
犠牲者が出るかも』とすぐにお出掛けになられたんです」
「毒ぅ?」
「それなんだよ! 少し思い出した!」
 雪夜がポンとひざを打つ。非常に得意げである。
「この事件を俺なりに調べてね、裏付けを得るために関係者の所へ行こうと思ったんだよ。
そこでね、」
「それで、何か分かったので?」
 知らず知らずのうちに二人は身を乗り出していた。
「俺、記憶が飛んじゃってんだよねー」
 この夜起きた出来事はのちに、平和な城下町・松江に突如響き渡った、聞いた者を
不眠の悪夢に叩き落とした叫び声として、しばらく噂の的となった。


 形代に入って実体化した雪夜に屋敷を破壊する力は無かったため、被害はドタバタと
雪夜を追いかけ回した二人の無駄な労力と、彼の頭に出来たタンコブ数個という奇跡的な
小規模で済んだが、夜が明けてまで議論するだけの体力はなかったとみえて、
太陽がかなり高い位置に昇るまで家の中は死んだように静かだった。
「とりあえず、俺達の分かっていることを整理するとだ」
 まだ乾き切らない髪の毛をタオルでゴシゴシやりながら、月乃は隼人がプリントアウトした
書類をテーブルの上に投げ出した。雪夜に渡した資料はそのまま雪夜が持っていって
しまい、当然というか――雪夜が体を伴って帰らなかった為――もう一度印刷するハメに
なったのである。
 向かいのソファにはそんな彼らの思いはつゆ知らず、のんきな顔でちょこんと雪夜が
座っている。
「有田に使われた毒はトリカブトと青酸。即死せず十分くらいは苦しんだと思われる。
で、佐藤の供述によると、あの日有田から呼び出されて部屋へ行ってみると誰も居なかった。
勝手知ったるナントカで部屋に入るとコーヒーがあった。暖かかったので自分用に
入れてあるのだと思い、ソファに座り一口飲んだところで床に倒れている有田と目が
合った。何故有田がボタンを握っていたかは知らない。――何だこりゃ?」
「トボけているのか何なのか分かりかねますね」
「ボタンっていつ取れたのかなぁ?」
「知るかボケ! あーちくしょー俺の成績が! 今日は中間考査の範囲発表だった
のによー」
「怪盗が真面目に学生してるのは、ある意味笑えますよね」
「うるせー!」
 タオルを隼人へ投げつけて、煙草を一本くわえた。
「あーまた吸ってるぅー。いーけないんだー」
「……テメー、誰のせいで俺がこんなに苦労してるか、そこんとこよーく分かっとけよ」 
 流石に雪夜も黙り込んだ。
「警察では借金の返済を迫られていた佐藤が、思い余って毒殺したと考えているようです。
毒をコーヒーに交ぜて飲ませたが、あまりの苦しみように怖くなって逃げ出した。ボタンは
その時にもみあって有田がむしり取ったのでは、ということです」
「他に交友関係は?」
「製薬会社勤務の田村昭一が、仕事上の付き合いがあったようです。その日も、新薬購入の
ことで呼ばれていたそうですが、別の交渉先との話し合いが長引いて結局断りの電話を
入れたそうです。あとはまあ、特定の付き合いは無かったようですね。院内の派閥では
院長派だったようですが、だからといってあまり人付き合いもなく、異端視されていた
みたいです」
「田村は総合病院の担当者か?」
「ええ。」
「その製薬会社は?」
「成田製薬ですが」
「ふーん、ちょっと調べてみらァ」
 月乃は商売柄裏の情報にも詳しい。煙草を灰皿へ押し付けてうなずいた。
「ねーねー」
 ニコニコと雪夜が口を開いた。
「何ですか」
「すごいねー。隼人よく調べたねぇー」
 思わず握り締めた拳を押さえながら、衝動殺人というのはこんな時に起こるのだろうか、
と月乃は思った。
「病院や警察のコンピューターに侵入して調べてくれ、とおっしゃったのは雪夜様ですよ。
それまで覚えてないんですか?」
 こちらは流石年の功である。とはいえまだ三十路まで、ギリギリあと二年残しているの
だが。
「だぁからぁ、俺が覚えてるのは朝家を出たところまでなんだって。多分ここに戻ってくる
まではいろいろ覚えてたと思うんだけど、隼人に無視されたのがショックで忘れちゃった
らしいんだよねー」
 お手上げ状態だった。何しろ殺された――交通事故に遭ったという連絡は入っていないし、
何より自殺など考えもつかない兄であるからには、何かを掴んだが為に殺されたに
違いない――その本人が手掛かりをまったく思い出せない以上、事件がひとりでに
解決してくれるはずも無い。
「隼人さー、何かパーッと解決できねぇの? マンガとかに出てくるような、すげぇ力
使ってさぁ!」
「無理言わないで下さいよ。かの陰陽師、安倍晴明公の血筋である土御門家ならば
秀でた者もいるでしょうが、俺は奥出雲の地を発祥とする須佐一族の血筋ですからね、
実力はたかが知れてますよ」
 再び無邪気に手を挙げて質問しようとしていた雪夜は無視された。
「とりあえず、雪夜様が解決のヒントにされたと思われる毒のことについて考えて
みますか。それがヒントになって何か思い出せるかも知れません」
「トリカブトに青酸か、どちらも人を殺すにはもってこいの猛毒だな。素人には手に入り
にくいものだろ。入手先は限られるな」
「そうでもありませんよ」
 コーヒーメーカーから、出来立てのコーヒーをカップに注いで月乃に手渡すと、
「トリカブトは山にいくらでも自生しています。ちょっと薬草を見分ける知識があれば、
素人にも入手可能ですよ」
「そうなのか! 知らなかった」
「青酸もぉー、確か化学の知識があれば作れるんだよー。月乃は化学あんまり好きじゃ
ないよねー。勉強しないとダメだぞぉー」
 ボケボケした顔でそう言われると何だかムカつく。
「あのなぁ、前から言おうと思ってたんだけどよ」
「なーにー」
 クッキーをリスのようにかじっている雪夜である。
「オヤジの遺産で俺達十分暮らしていけるのに、お前が俺を養うとかワケのわかんねーこと
言って高校進学せずに探偵始めたのは百歩譲るとしても!」
 隼人はあえて口出ししない。
「ホントに養おうとか考えてるならちゃんと結果を出せ! 中途半端に兄貴面するな! 
俺だって自分の食いぶちぐらい稼げる!」
 言っていて、目の前で泣き出しそうにしている兄よりも、自分の方が情けなくなってきた。
 昔から泣き虫で何かと周囲から大切にされて来た雪夜。反対に、そんな兄が好きに
なれなくていつしか自立していた自分。両親が事故で亡くなった時も、月乃は最後まで
涙一粒さえこぼすことはなかった。もう、泣けなくなっていた。
 そして雪夜は高校入学の日、退学届けを出したのだった。
――ヘボ探偵のあげくが野垂れ死にか!
 義賊を気取って盗みを働いている自分ならともかく。
 雪夜は殺されたのだ!
 月乃はやっと、自分が兄にではなく殺人犯に対して苛立っていたことに気づいた。
「まあまあ、そのくらいにしておきましょう。雪夜様、月乃様の言うこともごもっともです。
これに懲りたら探偵などやめられませ」
 隼人が雪夜の頭をなぜる。どちらにも優しく、どちらにも厳しい隼人だからこそ、月乃も
信頼できた。今では仕事上のベストパートナーでもある。
 不意に雪夜が顔を上げた。
「今何時?」
「……二時を少し回ったところですが」
「いっけなーい!」
 あわてて雪夜は立ち上がった。何か思い出したのかと二人が目で後を追うと、パタパタと
大画面のテレビに走り寄って、
「水戸黄門の再放送、見逃すトコだったよー」


「奴は失敗だったな」
「私のミスです。申し訳ありません」
 暗闇の中でカチリと音がして、一瞬部屋の中が照らし出された。葉巻に火をつけたのだ。
 ゆっくりと息を吐き、
「例の取引は一旦中止だ。我々はまだ表面化するわけにはいかない。クズどもにも十分
知らしめておけ。――君も心得ていたまえ」
「はい」
 前方に灯る小さな赤い火を一瞬見つめて、それからすぐにきびすを返した。
「それから」
「?」
「死体はもう始末したのかね?」
「愚問ですね」
「そうだった」
 押し殺した笑い声を聞きたくなくて、さっさと部屋を退散した。
 廊下は薄暗い光が足元を照らすばかりで、これからの未来を暗示しているようだった。


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