多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→贈り物


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この小説は不快感を生じさせる表現を含んでいます。
ご注意下さい。

 何でこんなことをさせられるんだ!
 相田和也は足音も荒く、その割にはバッグを大事そうに抱え込んだ姿勢で夕方のビル街を歩いていた。
 あと三時間。三時間で五十万を用意しなければならなかった。
 五十万を用意するか、一つ危険な仕事を引き受けるかの選択で、当然前者を選びたかったのだが、あいにく急に用意できそうで出来ない金額だった。数日前キャッシュでバイクを購入したばかりだった。二百万円の大型バイク。こんなことになるとわかっていれば無論どうでも良かっただろう。
相田は駅に入った。オフィス街の中の駅であるため利用客も多く、これなら人ごみにまぎれて何とかなりそうだった。
 しかしこのままでは、すぐにばれてしまう。丁度この駅は隣の百貨店とも連絡しており、いいものを手に入れることが出来る。これなら故意に置いたとは分からないだろう……。

 ハイヒールで思い切り柱を蹴飛ばし、鈴木明子は電話台の下においていた荷物を持った。これから手土産を持って契約先を訪ねるはずが、今連絡を入れたら、ライバル社が何故か先に到着しており、たった今契約を済ませたと言われた。まさに寝耳に水である。何故、どこから情報が洩れてしまったのか。
 プリプリしながらやってきた電車に乗り込み、人が少ないのを幸いに座席に荷物を放り投げるようにして置き、その隣に座る。
 会社に帰るのもバカらしい。どうせまたあのイヤミ課長にチクチクと「君は契約の一つもとれないのかね」と言われるだけだ。それならお得意先のあいさつ回りでもした方がいい。
――そうだ、A社がここから近かった。
 長らく付き合いのある会社を思い出して、それならこれを手土産にしようと鈴木は紙袋のお土産を確認した。
「なにこれ」
 さっき購入したはずのお土産の包装紙は見当たらず、何か黒い箱が入っていた。
 今までの行動を逆回転で思い出して明子は、公衆電話のことを思い出した。電話で頭にきていたから、隣の人のを持ってきてしまったのかもしれない。自分より前から熱心に電話していた隣もそういえば同じロゴ入りの紙袋だった気がする。出掛けに携帯電話を落として壊したときから、ケチのつき始めだったのかも知れない。
「もうっ」
 しかしこのためだけに引き返すのもバカバカしい。目的の駅で降りてこれを渡せばいいだろう。それに、お土産は領収書を切ってあるから、もう一つ買って二社回って渡したことにしておけば懐も痛まない。
 そう考えているうちに電車は駅に滑り込み、大量の学生が乗り込んできた。各自手に大きなスポーツバッグを持っているところから考えて、何か大会でもあったのだろう。
 このままでは荷物が邪魔になると考えた明子は、ちょっと考えて紙袋を網棚にあげた。降りる時に忘れないようにすればいい。
 座席に座ってワイワイと会話を楽しんでいる学生を避けるように、明子は座席に持たれてぼんやりと吊り広告を見上げた。


「次は奥井谷ー奥井谷ー、お降りの方はお忘れ物の……」
 ハッと目を覚まして白井はあわてて鞄を引っつかんで人ごみを掻き分け、何とか閉まりつつあるドアからホームへと、転がるようにして降り立った。
 昨日出張もこれで終わりだというので、取引先と派手に飲み歩いたせいか今朝起きるのに苦労した。何とかシャワーを浴びて頭痛をごまかしつつホテルを引き払い、新幹線を待っている間、家族への土産を買い忘れていたことに気づき、会社への分も合わせてかなりの量を買い込んだ。おかげで新幹線に乗り込むのも一苦労。しかも途中で何か事故があったとかで大幅な足止めをくらい、午前中に帰宅できるはずがこうして今はもう太陽が沈もうとしている時間の帰宅となってしまった。
 今日休みをとってゆっくりするはずが、移動で終わってしまった。何のための休みなのか意味がない。
 ホームの片隅にいくつあるか分からないお土産袋と鞄を置き、白井は腰に手を当てた。もう歳のせいか腰が痛い。
今日帰ったら女房にマッサージでもしてもらおう。
 体を反り返らせながらそんなことを考えていた時だった。
「あっ」
 背中に衝撃を受けた。
「ごめんなさい!」
 人がぶつかってきたらしい、ということには気づいたが自分の状況はしばらくわからなかった。
「おい、誰か線路に落ちたぞ!」
 そんな声を聞いても誰だ?と見回していたくらいだ。
 自分のことだと気づくのに数秒かかった。
「早く上がれ」
「電車が来たぞ!」
 悲鳴があがる。
 白井は必死に立ち上がろうと手をついた。
 右足首に鋭い痛みが走る。
ひねったらしい。
「危ない!」
 目の前に迫る電車の運転手が、必死な顔でこちらを見ていた……。

 吉田理恵は慌ててその場を離れようとした。
 携帯に入ったメールの返信をしながら歩いていたら誰かにぶつかってしまった、というのは今までにもあったのだが、ここがホームでその相手が線路に落ちたとなると話は別である。
 自分もつまずいて、持っていたビニールバッグの中身を勢い良くぶちまけてしまったのだが、それに文句を言うよりもここを早く立ち去った方が賢明だ、というのは何となくわかった。
 彼女はホームにいた乗客の目が、線路に転落した男に向いている間に急いで散らばった物を両手ですくうようにしてバッグに入れなおした。化粧品の入ったポーチのファスナーをきちんと閉めていたのは幸いだった。
――と、バッグを持とうとして大きな穴があいてしまっているのに気づいた。落とした時に破けたのだろう。これでは困る。
 とっさに見回すと、そこに置かれていたいくつかの紙袋が目に入った。さっきの男のものだろうか。これを一つくらい失敬してもいいだろう。どうせあんなことになったら荷物のことなど気にしちゃいられないだろうし。
すばやく自分のバッグをそれに押し込むと、理恵は早足でホームを後にした。
 誰も、その理恵の行動を見ている者はいなかった。
 
 ロッカーに入れておいた着替えを取り出しそれに着替えた後、理恵は一緒に入れてあったショルダーバッグに、穴の開いたビニールバッグの中身を入れ替えた。これから彼氏の家に宿泊だ。流石に制服では行けない。
鏡を取り出して化粧を確認した後、ロッカーを閉めようとして理恵は持ってきた紙袋を思い出した。このままここに放置してもいいのだが、ここから出て誰かに出会ったら忘れ物と言われてしまうだろう。
適当にどこかそこらに捨てておけばいいか、どうせ大したものじゃなさそうだし、と中身を覗いて思った。
 旅行帰りなのか、黒い時計が入っているだけだ。隣においてあった鞄に入りきらなかったのだろう。
 紙袋をぶらぶらとぶら下げて、すっかり暗くなった道を歩いた。
 街灯もところどころにしかついておらず、少し心細い。
 理恵は考えたあげく、彼氏に電話をかけることにした。

 相田はさらに困った状況になっていた。
 報告の電話を入れたらねぎらいの言葉どころか、やっぱり金を払ってくれと言われたのだ。消費者金融をいくつか回ってみたものの、初めての客には十万しか融資できないことになっている、とかなんとか言われ、やっとあちこちで借りて三十万。近くの友人を思い出し、数人回って頭を下げてかき集めた十七万。あと三万足りない。
 自宅に戻りそれとなく妻にヘソクリのありかを聞いてみたが、曖昧な笑顔とともにごまかされた。お小遣い前借も「早く言ってくれたらおろしてきたのに」と言われた。
 これを払えなければ殺される。
 元々知らずに関わってしまったこととはいえ、今は自分の命が惜しい。警察に相談すればまず自分が逮捕されるだろう。
 幸いというか不幸にもというか、相田は他人より自分を優先できる男だった。
 彼は悩んだ挙句に服を着替え、バイクにまたがった。
 妻が「こんな時間にどこに行くの」と声をかけてきたが、「会社に忘れ物をしたんだ」とだけ答えてエンジンをかけた。

 バイクでいくつか角を曲がると、市街より少し離れた、人気の少ない路地に出る。法廷速度は四十キロとあるが、昼間でさえ人通りがないのにこんな時間帯だ、わざわざ馬鹿丁寧に守る必要もあるまい。
 前方に、左側を歩いている女の姿が見えた。右手に紙袋とショルダーバッグを持ち、左手で携帯電話を持って会話の真っ最中のようだ。
 見た目はまあまあだし、今日は金曜日だ。OLならそこそこの金くらい持っているだろう。
 前田は少し速度を落とし、人影がないのを確認した。それからアクセルを回しギアを入れて速度を上げた。

 一瞬のことだった。
 理恵はぽかんと、何もなくなった右手を見つめていた。
 左手の携帯からは「それでよー、聡のやつさぁ……」とのん気な声が聞こえてくる。
「うそ……」
「えー? 何? 聞こえねぇ」
 聞き返してくる声を無視して「ひったくりーッ!」と叫んだ。
 その瞬間。
 ドォンと地を揺るがすような音と共に、視界から消え去ろうとしていたバイクが赤い火の玉と化した。
 様々な破片が飛んでくるとともに、爆風に押されて体がよろけた。
「おい、理恵?」
 いぶかしむような声がするが、理恵はその場に座り込んでしまった……。


『相田の奴ですがネ、何故かこっちが渡した時限爆弾で死にましたよ』
『どこにも置いてこなかったのか』
『いや……なんかどこだかの店の紙袋を買ってそこに入れて、A駅の電話台に置いてたのは見ましたよ。うまいこと隣の女が同じ袋を持ってやがったんで、それと取り替えたみたいで。そっから先は知りませんな……』
『それがどうして自宅近くで爆発してるんだ。しかも人通りがなくて爆破テロの意味がないじゃないか』
『素人のすることだからと時間設定が長すぎたかもしれませんね。今度は一時間くらいの設定にしておきましょう』
『そうだな。今時金に困っていて、自分が助かるためなら何でもする人間など、はいて捨てるほどいるからな』
『テロを起こすには楽な時代になりましたな……』

<了>

(同人誌「黒」収録作品)


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