多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→紙幣


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この小説は不快感を生じさせる表現を含んでいます。
ご注意下さい。


 男は高そうなスーツを着て、アタッシュケースを手に歩いていた。一見サラリーマンの
ようであったが、なぜかそれが不自然に思えるのは、きれいにそられていない無精ひげと、
あまり手入れをされているとは言いがたい、方々に伸びた髪の毛のせいかも知れない。
 彼はキョロキョロと周囲を見回し、目の前の百貨店へ吸い込まれるように入った。
 ガラス張りのドアが静かに開き、受付嬢が優雅なしぐさで頭を下げた。
「すいません、バーゲンやってると聞いてきたんですが、どの階ですかね」
「バーゲン会場でしたら六階、特別展示スペースとなっております」
「どうも」
 軽く頭を下げてすぐそばのエレベーターに乗り込んだ。最近では不況のためあまり
見かけなくなったエレベーターガールが、作った声ですまして各階の案内をしている。
 チン、という軽やかな音と共にエレベーターは幾人かの客を吐き出した。その中に男も
含まれている。
 バーゲン会場は主婦達の熱気に包まれていた。
 棚のバッグを取れるだけゴッソリと取って、隅で品定めしている主婦、マンガのように
ワゴンから服を取り合いしている主婦達、その横で必死に母親の服をつかみ泣き喚いて
いる子供達……。
 さながらちょっとした戦場のようであった。
 男は気にした風でもなく、会場を見渡すと、人の少なそうな一角に近寄った。
 そこは家具置き場で、確かにバーゲン品と言えどもなかなか人がたかるようなものでは
なかった。
「ちょっと」
 そばに立っていた男性店員を呼んだ。
「何でございましょう」
 店員は男のそばに立つと軽く上体を曲げた。
「これとこれ、で、これを買いたいんですが」
 大きな収納棚とアンティーク調の本棚、それからソファセット。それらを男は指差した。
「かしこまりました」
 教育が行き届いているのか、恐らく思っているだろうことはおくびにも出さず、店員は
微笑んで頭を下げた。別の店員がすばやく寄って来て、男をレジの隣にあったテーブルへ
案内した。
「お買い上げの品は配達で宜しいでしょうか」
「そうして下さい」
「では恐れ入ります、こちらへご記入下さいませ」
 宅配便の伝票とボールペンが出てきた。
 男はちょっと迷ってから住所を書いた。
「お支払いはどうされますか? こちらのカードが使えますが」
 いくつかクレジットカードのロゴが掲載されたカードを店員が見せる。
「いや、現金で」
「かしこまりました」
 伝票を書いている間に計算していたのだろう、店員はすらすらと金額を読み上げた。
決して安くはない金額だ。
 男はアタッシュケースをあけると無造作に札束を取り出した。これにはさしもの店員も
目を丸くした。が、すぐに元の接客用の笑みを浮かべた表情に戻る。
 レジの前に出来ていた列からざわめきがあがったが、男は微動だにしない。
 札束をまとめていた帯を外し、そこから六十枚を数えて彼はそれを差し出した。
「六十万円、お預かりいたします。申し訳ございません、少々お待ちくださいませ」
 同じように数えた後、それをトレイに乗せて店員はレジを操作し札束をしまってから
領収書を取り出した。そこに金額、日付、品名を記入していく。
「お名前はいかが致しましょうか」
「上でいい」
「かしこまりました」
 最後に印紙を貼り、そこに判を押してから店員はうやうやしくそれを男に差し出した。
「明日の配送になりますが宜しいでしょうか」
「ええ。じゃ、どうも」
 長蛇の列をチラリと見た後、男はその場を立ち去った。
 そしてバーゲン会場は何事もなかったかのように喧騒に包まれていった。

 男はある自動車メーカーの直売店に入った。
 しばらくしてから出てきた時には、店長と店員が一列に並び最敬礼をして男を見送った。

 さらに彼は歩き続けた。
 途中空腹を覚え、入ったレストランではメニューを片端から注文し、一番高いワインも
数本開けた。しかしそれを全て飲むようなことはせず、グラス一杯ずつ飲み、後は残して
店を出た。

 次に男は大型電気店に入った。開店セールで店内は人が溢れ、品物より人の方が
多いのではないかと思える有様だ。
 苦労して人を掻き分け、パソコンコーナーに行くと「この商品をお買い求めのお客様は、
こちらの札をレジにお持ち下さい」と書いてあるところから札を何枚か手に取った。
 そしてマッサージ器コーナー、テレビコーナー、その他いろいろと周り、レジに行った
時には彼の手には数十枚の札が握られていた。
 それらを精算して店を出た頃には、日は傾きかけていた。

 電車に乗り、繁華街へとやってきた。駅の前から続く交差点の上にまたがる歩道橋へと
歩いていく。その真ん中あたりまで来たところで、男は足を止めてしゃがみこみ、アタッシュ
ケースをあけた。
 札束はまだあと十束ほど残っていた。
 男はその帯を取り始めた。通行人が気まぐれにそれを見ては目を丸くして通り過ぎていく。
中には興味深げに男の行為を眺めている者もあった。
 すべての帯を取り去ると彼は札束を両手に持ち、歩道橋の上から勢い良くばらまいた。
 それは大きな紙ふぶきとなって、交通量の多い道路や人通りの激しい歩道に落ちていった。
 たちまち下は大騒ぎとなった。
 道路に飛び出してまで紙幣を拾おうとする者、車を止めて狂ったように飛び跳ねて一枚でも
多く紙幣をつかもうとする者、日傘をさかさまに持ってそれに入れようとする者……。
 紙幣をばら撒き終えて、満足したように男は歩き去った。

 数十メートルも歩かないうちに、男は肩を叩かれて振り返った。
 警官が二人、立っていた。
「ちょっと署まで着ていただけませんか」
 男はすぐにうなずいて歩き出した。

 数日後。
 世間を騒がせた紙幣ばら撒き事件は、偽札を作った男が逮捕されあっけなく解決した。
大体は警察が必死になって拾った人間達から回収していたが、中にはこっそり隠して持ち
帰った者もいたようで、しばらくはそこで拾ったと思われる偽札を使ったことが発覚して逮捕者が
続出した。まだ使っていなかった者も偽札と知ってそこらに捨て、それを拾った者が使おうと
して逮捕されるという二次被害も出た。
 男が買い物をし、飲食した店からは警察に補償の苦情が寄せられたが、元々伝票に記載
された住所がデタラメで配達が不可能であったため、レストランを除いては実質的な損害が
ないということで矛先を収めることになった。

 こうして奇妙な一件は幕を下ろした。

「こうして見ると、やはり紙幣をばら撒くのが一番のようだな」
 左上をクリップで留められた書類の束をめくりながら、白衣を着たハゲ頭の男はそう言った。
「広範囲の人間にすばやく渡る方法としては最適ですね。店での買い物は店員の手には
触れますが、そこから銀行に渡るだけですので、触れる人間の多さとしてはあまり良い数値
にはなりません」
 同じく白衣を着た、すらりとした体型の男が眼鏡を押し上げながら答えた。
「しかしこの国の人間はタダで手に入るものに何か仕掛けがしてあるとは思わないのかね」
 呆れたような声が聞こえた。

 数ヵ月後、特定の地域で集中してがん、白血病患者が発生するという事件が起きた。緊急に
調査にあたった政府は、集団で放射能被爆の疑いがあり、何らかのテロが行われた可能性が
高い。ついてはテロ対策本部を結成する必要性があると報告を出した。
 未だその原因は調査中である。


<了>

(同人誌「黒」収録作品)


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