多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!1-2


「あ、志保おはよう」
「おはよう双葉」
 志保は、姉達に対して「姉」という言葉をつけて呼んだことがない。もともと姉妹という
よりは仲の良い女友達として育った影響が大きいように思う。この家族の中で彼女
たちを「姉」と呼ぶのは圭と、今九州に単身赴任中の父くらいである。自分達が姉と
呼んでいないのに圭だけがそう呼ぶのは、同性の父を見習ったからなのだろうか。
確かに姉弟の中で圭だけが父親似なのであるが。
 双葉がくん、と鼻をひくつかせた。
「あんたまた朝っぱらから煙草吸ったね? 体によくないわよ」
「バルコニーに出たらあんまり天気がいいもんでね、一服やりたくなったのよ」
 志保は食器棚から茶碗を取り出し、ジャーをあけて自分のご飯をよそうと、それを
トレーに載せてダイニングへ運んだ。双葉の隣の椅子が荷物で占領されているのを
見て、明日香の隣に腰掛ける。
 先に朝食をとっていた明日香が、
「肌、荒れちゃうわよぉ。そうでなくても志保は夜更かしが多いんだから」
と言った。そう言うだけあって彼女は四十歳という年齢の割りに、二十代のような肌を
している。
「やだお母さん、もう族の方はあがったよ。それに最近十二時には寝てるよ」
「受験生の寝る時間じゃないわね」
 双葉が横から口を出す。空にしたサラダの皿とトーストが載っていただろう皿を
立ち上がって流しに置くと、カップにコーヒーを注いで戻ってきた。
「だって後は二次試験だけよ。ラクショーじゃん。あんたはどうなのよ、卒論。随分
余裕ね。いくら大学が休みっても顔ぐらい出した方がいいんじゃないの」
 志保がそう言うと、双葉はカップを勢いよくテーブルに置き、隣の椅子に置いていた
青い表紙の厚いファイルを持ち上げてみせた。
「悪いけど、そこら辺の四回生と一緒にしないで。卒論なんか一月中に出来ちゃって、
他の奴のを手伝わされないために、大学行くのを控えてる状態なの。おわかり、
元レディース魔度華の総長さん?」
 志保は返事の代わりに軽く肩をすくめて、ご飯にふりかけをかけた。ふりかけを
かけないとご飯が食べられないという変わった癖があるのだ。
「あらあら」
 明日香が急にすっとんきょうな声を上げた。その視線を負うと、リビングのテレビ画面に
向けられている。ダイニングで食事しながらでも見られるようにと購入した、大画面の
それである。
「総理大臣が死んじゃったんですって。大変ねぇー」
 まるで料理を焦がしてしまったぐらいの口ぶりでしかない。
「おはよ。どーしたの?」
 一美と三奈が入ってきた。二人とも休日は朝ごはんを食べないので、あいさつだけして
リビングのソファに腰掛ける。三奈の方はまだ寝ぼけているのか、目の焦点が合って
いない。いや、日頃から大体こうなのだが。
「内閣総理大臣新選任に関する法律成立。憲法に抵触する内容ではないかとして物議を
かもしている。また、可決直後総理及び官房長官暗殺される。過激派の犯行と見て
調査中、か……」
 双葉が左手にカップを持ち、右手に新聞を持って読み上げながらリビングへ移動した。
「小野田君が新聞に出てるよ」
 どれ、と一美がのぞき込んだ。
「おーおー、我が後輩よ、立派になったなぁ」
「一美姉は学部が違うでしょうが」
「それでも二年は同じ大学の学生だったんだもの。後輩には変わりないわよ」
 双葉が無理やりソファの端に座ったので、三奈が一人掛けのソファにと移動した。
足取りがまるで、今墓場から出て来たゾンビのようで、あれで転ばないのが不思議だ。
同じ大学生でも大学院に一発合格した一美や、卒論をとっくに済ませている双葉とは
天と地ほどの違いがある。
 明日香が食事を終えて立ち上がったため、なんとなく取り残される形になった志保は箸を
置いて姉妹の輪に加わることにした。ソファの背もたれに手をついて上から新聞をのぞく。
一面大見出しのカラー写真は、記者会見に臨む男が映っている。女受けしそうな整った
顔立ちでいて、知性もうかがえる。
「その小野田っての、双葉の知り合い?」
「一応ね。小野田大介、だいぶん前に退学しちゃったんだけど、T大法学部が誇る無敵の
頭脳って有名だったのよ。首席入学で成績OK容姿もOK、クールで人を見下したような
一匹狼だったわね」
「あはは、私の友達にも小野田君に告白して、『断る』って即答された子いるよ」
 そう言って一美が新聞の写真を弾いた。
「やなヤツ……」
「そうでもないわよ。私、イギリス王室学の講義でシャーペンの芯がなくなって困ってた時、
小野田君にもらったことあるもん」
「どうせあんたが無理やり頼んだんでしょ」
「ま、そうとも言うけどね」
 いけしゃあしゃあと双葉は言った。
「あ、今テレビにも映ってるわよ」
 一美がリモコンで音量を上げる。
「――というわけで、成立した法律に基づき内閣総理大臣を指名するということなんです。
発表は本日午後二時ということで、引き続き詳しい情報が入りましたらお伝えして
いきます」
 録画なのだろう、何度も同じシーンが繰り返されそれを背景にキャスターが一生懸命
しゃべっている。
「え、何? この小野田って奴今なにやってんの?」
 画面で男がしゃべっていることは分かるが、内容は良く意味が分からない。切れる事
なく光るフラッシュと、男の前に置かれたマイクの束で辛うじて記者会見しているのだと
分かる程度だ。
 双葉が志保を見上げてニヤッと笑った。
「聞いて驚け、総理大臣の首席秘書官よ」
「首席、秘書官……?」
「要するに、総理にあれこれアドバイスする人のことね」
「それは官房長官でしょうが」
「似たようなモンじゃない」
 目の前で一美と双葉が言い争いを始めた。一美もなまじ双葉と同じ専攻を学んだ
先輩に当たるだけに、主張は絶対譲らない。話がどんどん脱線して男女参画社会の
話題になったところで割って入った。
「ねぇ、それよりさ、成立した法律って何なの? 新聞にもテレビにも違憲だって出てる
けど」
 法学部に在籍し、女弁護士を目指している双葉と違い、志保はどちらかというと動き
回る方が好きだ。暴走族という「走る」ことが趣味なのもあるが、部屋にこもっておと
なしく本を読んでいるタイプではない。だからここぞという時はすぐ人に聞いてすます
クセがある。それでも成績は優秀の部類に入るのだから、ガリ勉の人間には目の敵に
されている。
「それがさ、すごいのよ! 私はむしろ画期的法案だと思うんだけどな」
 パッと頭を切り替えて双葉がしゃべる。この辺の素早い転換は大したものだと思う。
「ちょっと誰か電話出てよ!」
 手を忙しく動かしながら明日香が声をかけた。キッチンの壁に取り付けられた電話へ、
足早に一美が向かい、受話器を取り上げた。
「はい。え? 圭は今日学校ですけど。は? テレビ? スクープ二時? あの……」
「ねぇ、表に変な車停まってるよ」
 けだるそうに三奈が庭に面した窓を指さした。道路より少し高くなっているので
見下ろす格好になりよく見えるのだ。
 ちょうど黒い服の男が数人、黒い高級そうな車から降りてくるところだった。
 何で黒い外車から降りてくる奴は、黒ずくめのが多いんだろう。
「ちょっとあれ先頭の人、小野田君だよ!」
 双葉があわてて立ち上がった。
「テレビ映り悪い男なんだねぇ……」
 志保はどうでもいい感想を言った。
「変な電話!」
「どうしたの、一美」
 ぷりぷりしながら戻ってきた姉に、志保は振り返った。
「いたずら電話じゃないかしら。圭さんはいらっしゃいますかっていうから、学校行ってますって
返事したら、『新総理にコメントを!』だって。誰だか知らないっての!」
 志保はしばらくぽかんと一美を眺めていた。その後ろで双葉が何かわめき立てて
いるが全然耳に入ってこない。
 一美もふと志保の表情に思い当たったのか、やがて二人は同時に「まさか!」と叫んだ。
 そして、玄関からチャイムの音が聞こえた。


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