多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!2-3


「圭、あんたホントに総理になっちゃったのねぇ」
 テーブルに並べられた新聞の最後の一紙に目を通し終えると、一美がため息を
ついてそれを閉じた。圭はテレビを見ていたがいい加減自分の顔を見るのにも
飽きて、ソファにごろんと転がった。途端に「これっ」と明日香にはたかれ起き上がる
羽目になった。
「何ですか、行儀の悪い。小野田さんをご覧なさい、きちんとしていらっしゃるでしょ」
「他人の家でくつろいでたら、それはそれで問題でしょ、母さん」
 志保が横槍を入れる。引き合いに出された大介は、じゅうたんの上に正座して
書類ファイルをめくっていた。それが様になるから不思議な人だ。
「しかしSPの人達も大変ねぇ」
 カーテンをめくって外を眺めていた三奈がつぶやいた。「寒そう」
「仕事ですからお気になさらずに」
 中の警護ということで、ちゃっかり夕食を共にした大下が言った。
「こちらこそ申し訳ありません。何せ事情が事情なもので、前総理夫人をすぐ
追い出す訳にも行きませんで。明日午後には入れますから」
「ねえ、私達も引っ越しの手伝いがてら見学に行っていいかしら?」
 双葉は目を輝かせている。こんな時、姉が何か企んでいることをよく知っている
圭である。絶対部屋を自分好みのフリルだらけにする気だ。
「お姉ちゃんはいいよー。警護する人も大変でしょおー?」
「あんたは黙ってなさい」
 圭は僕総理なのに、とつぶやいて頬を膨らませてみたが、まったく効果はなかった。
 大介がファイルから一瞬双葉に目を移してすぐに戻した。
「構いません。明日は前総理と基山官房長官の通夜準備などで人手が足りませんから。
あ、総理は明後日、月曜日の告別式に参列願います」
「はい」
「しっかし、こうしてみると圭ってホント親父さん似だな」
 明日香に借りたアルバムから顔を上げて大下が言った。
「学校でもモテるだろ?」
「ジャニーズ系が好きな奴にはね」
 立ち上がりながら志保が言った。
 そういえば時々うんざりした顔で「これ、クラスの奴から」と手紙を預かってきてたっけ。
「かっこいい、というよりはかわいい系の顔だものね」
 一美の言葉には容赦というものがない。まあ、正月に会った親戚に「今年中学入学だっけ?」と
真顔で言われた身では、いまいち反論しがたい。
「タヌキ共になめられないようにしなさいよ」
 双葉が苦笑する。
 タヌキ? 永田町に動物園があったかな?
「でもさー、あんた思ってたよりも暇なのね。新聞見てると前の総理っててんやわんや
だったと思ったけど」
 コーヒーの入ったマグカップを渡しながら志保が不思議そうに言う。大介や大下にも
渡して自分の分はじゅうたんへじかに置く。
 双葉が明日香に呼ばれてキッチンの方へ行った。
「忙しい、というか、確かにスケジュールは分刻みだけど、結局やってんのは話し合い
だからなー。椅子に座って適当に話してりゃ一日終わるのさ。――な?」
 大下の言葉に大介が渋々といった顔でうなずいた。
「政界じゃこんな言葉がある。『馬鹿な政権ほどよくしゃべる』ってな」
「それ、どういうこと」
 面白そうね、と志保がそちらを見た。
「本当に日本を何とかしようと思う総理ほど、側近にすべてを任せて自分が裏で動いて
いるものです。――ここ十年、そんな人間にはお目にかかっていませんが」
 手の中でカップを揺らしながら大介が言った。圭が見ていることに気づくと顔を上げて
柔らかく微笑んだ。
「私は歴代総理の秘書官を二年務めています。その間に首相は五人変わりましたが、
滝本総理のような方は初めてです」
「というと?」
 尋ねようとしたら志保にセリフを横取りされた。
「今までの総理は大抵私に、『前の総理はどうしていた』とお聞きになりました。何も聞かず、
自分の考えで動こうとされた方はいませんでした。もちろん大臣達も頑張ってもらって
いますが」
「ああ、あの記者会見」
 一美が「ちゃんと録ってあるわよぉー」とラベルの貼られたビデオテープを持ち上げた。
「いやー、あのジジイどものあっけにとられた顔、見せてあげたかったよなー」
 大下が満面の笑顔を浮かべて大介の背中を叩いた。大介は不機嫌な顔に戻って
彼の手を押しのけた。
「確かにあれは度肝を抜かれたわよね」
 双葉が果物の乗った皿をテーブルに降ろした。「さあどうぞ」と言っておいてから先に自分が
苺を一つ口にほうり込んで、
「挨拶を読み上げるかと思いきや、『新しい総理大臣に選ばれた滝本圭といいます。でも、
政治のことはまったくわかりません。だから皆さんがこうなったらいいな、ということを
教えて下さい。頑張ります』だっけ?」
「生中継してたけどさ、コメンテーター固まってたよね、しばらく」
「ヤジはものすごかったようですが、流石にカットされたようですね」
 冷静に語る大介に、圭はその時の様子を思い出した。
 笑い転げていた副総理の横で、頭を抱えていた内閣の人間達に、真っ赤になって怒り
出した政治家の連中。そして2階から、やんやの喝采をおくった記者達。
 議長席の下でフラッシュを浴びながら首をかしげていたら、上から「早く席に戻って下さい」と
怒ったように言われてしまった。
 席に着くと副総理が目元の涙を拭いながら、「前途多難ね」と声を掛けてきたが、
それも意味が分からない。
 その後認証式だとか記念写真の撮影だのでてんやわんや。訳が分からないままあちらこちら
連れ回されたあげく、マスコミを振り切る――家の周辺に張り付いているから振り切ったとは
言い難いが――形で自宅に帰ってきた。
「そういえば、何で国務大臣発表されたらあんな大騒ぎになったのかなぁ」
「あんたねー、政治オンチもそこまでくるとかわいくないわよ」
 双葉は八等分されたリンゴの一つに思いきり爪楊枝を突き刺してから、
「議院に席のある政党すべてから一人ずつ選ばれてんのよ。前代未聞だわよ。誰が
決定したんだか知らないけど、事務次官が自分の庁に有利な案件を閣議にあげようと
しても、大臣は自分の党が批判されるような議案を通すわけにいかないから徹底的に
チェックせざるを得ない。職務怠慢を指摘されるから事務次官も大臣を無視出来ない。
つまり国民受けを狙えるような法案しか会議に出せなくなるってことよ」
 大介がひとつせきをした。それが答えであったかのように双葉がそちらを向く。しかし、
先に志保が手を打った。
「もしかして基山さんじゃないの、任命は。モメるのも計算のうちとしたら?」
 苺を口にほうり込んだ大下があわてて手を挙げた。何だか討論会のようだ。
「待てよ待てよ、だったらつまり、大臣達がただサインをしていただけの閣議が変わるって
ことか?」
「多分そうでしょう。これ以上勝手な悪法を可決させないために、あえて大臣同士
癒着が出来ないようにしたのだと思います。お互い裏ではいがみ合っていますから。
ただ逆に、総理からの法案提出は受け入れやすくなりました」
 志保がははーんと笑った。
「横につながりがなくて相談出来ない代わりに、誰にも気兼ねなく検討出来る。うまく
いくかは別として、基山さんの考えは気に入ったわ。大臣の地位を守るため、ひいては、
自分の党を守るため重い腰をあげなきゃならなくなるだろうかららね。――ん」
「同感です」
 うなずいて大介は志保に差し出された皿から苺を一つ取り上げた。少し嬉しそうに
見えたのは、基山が大介の祖父であることを知る圭の願望だったのだろうか。
「でも変なのよねー」
「何がですか」
 双葉がえいや、と大介の隣に座った。不快な表情を隠そうともせず大介は少し距離をとった。
「小野田君の話だと、総理から緊急招集かかったのが午前三時。法案可決が五時。
そっから総理が署名された書類が国務大臣のところに届いた直後に、総理と基山さんが
爆死。これが六時。なーんか不自然じゃない?」
「どうしてですか?」
「総理の姿を見た人がいない」
 読みかけた雑誌を片手に、志保が指で銃の形を作って見せた。先はまっすぐ大介の
胸に向いている。
「極端な話、昨日の公務を終えてから爆死するまでに姿を見た人はいるの?」
 大介と大下が無言で手を挙げた。
「最後に会ったのはいつ?」
「何を勘ぐっていらっしゃるんですか?」
 上目使いに大介が双葉をにらむ。圭は話の外にいた。というより訳が分からなくて
入れない。
「私は総理のサインがなされた法案を受け取って、国務大臣の所へ届けました」
「俺は可決した時官邸にいて、書類届くの待ってたな。何せすごい騒ぎだったからね。
官邸で、サインをさせまいとする暴動が起こるのを防ぐためにさ」
「ふーん」
 双葉と志保の目から疑いの色は消えなかった。
「お風呂、わいたわよー。手の空いた人から入ってねー」
 明日香の叫ぶ声が聞こえた。一美がホッと息を吐き出した。知らず知らず力が
入っていたのは圭だけではなかったらしい。
「じゃあ小野田さんか大下さんどうぞ」
「いえ、総理を先に」
 立ち上がった一美は、圭の頭をはたいて、
「この家じゃ、客人が先に入ることになってんの。圭がこの国で一番偉い奴でもそれは
変わらないの」
と言った。頭をなでながら圭もうなずいた。
 どうしてはたかれたのかは分からなかったが。
「じゃ、俺入ろーっと」
 嬉しそうに大下が立ち上がった。何故か分からないが本当に雰囲気になじんでいる。
「タオルなどはおいてありますので」
 一美がそう言いながら廊下に続くドアを開ける。
「一美さんご一緒にどう?」
 圭が止める間もなく、SPは鉄拳を後頭部にくらって吹っ飛んだ。
「馬鹿め」
 圭の後ろで大介のつぶやきが聞こえた。

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