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ココ・アヴァン・シャネル

9/27鑑賞

 この映画、ただ人物伝をやりゃあいいってもんじゃないです。題材はいいと思うのに
淡々とシャネルさんの人生をなぞりすぎて、それが逆に面白味を欠いてしまっています。
 観客側が見たいのは、波乱万丈に富んだ人生の中で、それでも不幸に立ち向かい、少しずつ
成功を見出していくシャネルの姿であり、最大の不幸が見舞ったあと、彼女の功績を全部
スッ飛ばして「こうしてシャネルは成功しました」的なことになってもぜんっぜん面白くない
ですよ。
 4コママンガでいったら4コマ目がなくて「各自ご想像下さい」的なオチですよ。
 それがもったいないなと思いました。
 映画には映画の見せ方があります。小説やミュージカルそのまますればいいって
もんじゃないと思う。
 
 さて物語は、二人の姉妹が孤児院に預けられたところから始まります。
 この時代の頃のフランスはまあまあ安定してて、イギリスと(表面だけでも)仲良くしようと
していたころですかね。敵はヒトラー率いるナチスドイツ。
 姉妹の、妹の名はガブリエル。のちのココ・シャネルです。
 母の死により孤児院に彼女らは預けられ、父親は決して迎えに来ることがなかったそう
です。ひどい親ですな。

 それから年数がたち彼女は、昼間は仕立て屋で働き、夜はナイトクラブで歌を歌ったりして
いました。
 メイドとして働いているので、ある意味メイド喫茶のさきがけのような気がするのですが、
なんだかやっぱり違うような気がします。

 そんな折に出会ったのが、たまたまこの地を訪れていたバルザン。
 パルメザンチーズとは関係ないっぽいです。
 初めて出会ってツンデレどころかツンツンなココのどこを気に入ったか知りませんが
とにかくバルザンはちょくちょくココに会いにやってきます。

 バルザンはココの夢をかなえてあげようと、あちこちのプロデューサーに話をつけて、
歌手デビューさせようとするのですが。
 大変失礼ですが、無理だと思います。
 その一方でお姉さんのアドリエンヌは、ナイトクラブで付き合っていた男爵と結婚するのー
といって飛び出していってしまいました。

 で。
 バルザンもパリに帰ってしまったので途方に暮れたココでしたが、思い立って荷物を
持って、彼の家へ押し掛けていくわけですね。
 パリ郊外に姉も住んでいるんだけど、訪ねていったら留守だったの、って。
 このまま追い返すと駅で寝ることになるココをバルザンは快く泊めてあげます。

 が。
 ココの本領発揮はここから。
 困るというバルザンをさしおいてココ、ここにいたいとわがまま。ココだけにここに
いたいってか。(シーン)
 誰かが来ても隠れているからという条件で2日間だけ住まわせてもらえることに。
 このあとよっぱらったバルザンがココの寝室を訪れて、日本にはゲイシャっていう風俗の
女がいるらしいぞ。お前は私のゲイシャだ、と何だか日本の文化が思い切り誤解されてる
発言をしてくれます。
 芸者は身売りはしません。(ココもそういう扱いをするつもりはないですが)風俗なのは
遊郭のお話です。まあフランス人には同じに映るのでしょうが。
 そういうわけで酔っぱらうとバルザンはセクハラ魔神になることがわかりました。

 翌日競馬に連れて来てくれたバルザンですが、ココは普通の席においていかれて
バルザンはボックス席に。多分連れだと思われたくないんでしょうね。
 そこでココは姉に出会います。
 ここでの会話で姉、まだ男爵と結婚していないことがわかります。
 なんか…豪快に騙されているような気がするのは私だけでしょうか…。

 で、次のシーンでは厨房でココが、カフェオレをボウルで飲んでました。
 ボウル・ア・キャフェオレ、つまりカフェオレボウルは食器を手で持って食べる習慣のない
フランスでは珍しい文化といえます。
 日本で言うお茶碗みたいなもので、必ず一人にひとつ専用のボウルを用意するこだわりです。
 作り方はコーヒーと牛乳を同量入れるという簡単なものですが、イタリアに近い地域だとか
イタリアでは、コーヒーの代わりにエスプレッソを使うところも多く(これだと、カフェラテになります)、
イタリアでは特にコーヒーと言えばエスプレッソをさすので注意が必要。

 なんかつらつら長くなりましたが、カフェオレボウルで飲んでるシーンを映画で初めて見た
のでちょっと感動した。フランス映画をあまり見ないからこういうシーンあまり見られないんです
よね。
 
 そんで、そうしていたところにバルザンがやってきて「今日帰る日だべ?バイバイ」的な
ことをいってます。
 普通ならここでおとなしく帰るところですが、ココは帰らなかった。
 勝手にバルザンの衣装(だと思うのですが)をあさって自分風にアレンジし、それを身につけて
馬に乗り、乗馬で遊んだあとダラダラしていたバルザンとだらけた仲間達のところへ、馬が暴走
したフリをして乗り込んでいくのですよ。この度胸はアッパレですね。
 奇想天外な姿で現れたココに、皆は興味津津てとこですか。
 そしてココの服を、乗馬には楽だと言います。
 この当時の女性の服はドレスにコルセットにペチコートの重ね着、それにブーツ(乗馬の時には)
でしたから、馬に乗るのも一苦労、な感じでした。
 普段もふりふりひらひらで、「そのドレスで部屋一周したら床きれいになるんじゃね?」的な裾の
長さのドレスを誰もが着ていて、まーなんていうか今から見たら清潔感ねぇなーって感じではあり
ました。
 こんなだから当然労働とか無理っぽい。
 女性は当時働くものではなく(上流階級に限る)、雑用は落したハンカチを拾うことですら召使の
仕事、てな感じでした。
 フランスの服の歴史においても、19世紀後半、これらの衣装を大改革した人物としてシャネルの
名は必ず出てきます。シャネルスーツという分野も確立しているほどです。

 ココと一緒にバルザンの屋敷にやってきたエミリエンヌは、彼女の部屋がこの屋敷内では
あまりいい部屋でないことを指摘してます。
 招かれざる客なので仕方ないような気もしますが。
 そしてエミリは、シンプルな彼女の帽子を褒めます。
 この当時の帽子はちょうど、ハウルの動く城に出てくるようなゴッテゴテの帽子です。それでも
シンプルになった方スよ。この100年前には髪の毛に家のっけたり船のっけたりのデザインが
はやってましたからね…。
 そういう意味では日本の髪型はシンプルでえらかったと思う。髪型で既婚か未婚かとか
わかりますしね。

 エミリが帽子気に入ったぽいのであげるココ。この時点から彼女の運命の歯車は回り
始めたのかも知れません。
 それから少しして(まだ居座ってます)バルザンからプレゼントされたドレスが気に入らなかった
ココは、またも勝手に服を拝借し、動きやすい服を仕立て上げていました。
 バルザンはそろそろ、服の在庫をチェックした方がいいような気がします。

 エミリがまたきていて、ココの帽子は大評判だったから、また作ってほしいと言ってます。
それと、バルザンの屋敷に滞在した最長記録おめでとうとも。
 バルザン…あんた誰彼構わず引っ張り込んでるっぽいな。まあいいけどさ。
 バルザンは典型的なフランス人って感じですね。
 
 それで皆いい感じにタチの悪い酔っぱらいになっていて、ココに歌を唄えと強要します。
 イヤイヤながら歌わせられて、めっちゃ機嫌悪くしているココ。
 いやなら出ていけばいいのではないかと思ったりするのですが。
 姉のところに居候するとか。
 窓の外を見ている、髪の毛をほどいたココが、窓辺に浮かぶ少女の霊みたいで、おっかない
ったらありませんでした。

 そんなおり彼女は運命の出会いを果たします。
 ピアノをぽろんぽろ引いていたボーイこと、アーサー…誰だっけ。ともかくそのアーサーと
出会いました。
 アーサーは、ココを好奇の目で見ようとはせず、彼女の服のセンスや考え方を褒めます。
 バルザンは、女は働くものじゃないとかみっともないとかバカにしまくってるんですが。
 そういうわけでココ、バルザンにうんざりしているようです。
 ものすっごい悪態をついていましたが、だから嫌なら出ていけばいいのになんでこの人は
バルザンの屋敷にまだ居座っているんでしょうか。
 このあたりはフランス人の気の強さがなせる技だよなぁと思いました。
 多分日本人である私には、どうして彼女が住まわせてもらっている身なのにこんなに
強気でいられるのかは、永遠に理解できないような気がします。

 バルザンに愛想を尽かしてエミリを訪ねたココですが、女優としての働き口って言われても
困るしぃー、ということで結局戻ってきました。何しにいったんだあんた本当に…。
 戻って来るとまたアーサーがいて、2人いい感じの雰囲気になるのですが、外でのロケなので
なにぶん風が強すぎました。
 物が飛ぶどころの騒ぎじゃねぇよ!

 そうしてココはまたエミリに頼まれて、仮装パーティ用の衣装を作ってあげています。
 それが黒いワンピースに白いエリという至ってシンプルなもので、エミリは「こんな、何もなさ
すぎる服つまらない」と心配するのですね。
 けれどもエロジジイどもにはとても受けたようで大好評だったとココを褒めます。…退廃的な
パーティで大ウケだったことを褒められても、リアクションに困ると思うのですが。
 ココの服はシンプルなものでしたがかっこよかったと思いました。
 んで、またそれを褒めたアーサーといい雰囲気になっていました。

 アーサーはバルザンに頼んで、ココを連れ出すことにします。
 ここのシーンで犬がなぜか女の子座りをしていたのが気になりました。何やってんだお前は。

 アーサーとの2日間を楽しんだココ。
 沢山の女性の中でもやはりシンプルなココの衣装は目立つんですね。
 舞踏会でも注目独り占めみたいな。さすがです。
 でも、まゆげが太さ1cmくらいあるので、それはもうちょっと剃った方がいいのでは…と
思いました。
 
 バルザン、この時点でやっと、ココの扱いを変えることにします。
 要するに手放すのが惜しくなったんでしょう。
 また頼まれて帽子を作っているココに、アーサーてば気に入った女には大体海を見せに
いくんだぜ、キミ一人が特別なんじゃないんだぜ、と小学生かお前はみたいなことを言います。
 
 ココは姉を訪ねて、結婚したい人がいるという話を打ち明けます。
 えー。
 姉、まだ結婚してないのかわかりませんなぁ。
 でも、男爵の両親は死ぬまで私には会わないって、という言葉を聞く限りでは結婚できた
のでしょうか?
 ともかくそういうわけですっかりアーサーと結婚する気でいるココですが…。

 バルザンはあの手この手を使ってココを引き留めようとします。
 馬もあげるしここは君の家だって。
 でもココは、アーサーと結婚して英国で暮らすわっていうのですね。
 そんな彼女にバルザンは、アーサーにはもう結婚する予定の女性がいて、
その女性はかなりの富豪であることをばらしてしまいます。
 アーサーは自分からココに言うって言ってたみたいですけどね。
 つまり、ココを愛人にするつもりだったみたいです。
 愛人と言うと聞こえが悪いように思えるかも知れませんがこの時代はまあ、なんでもアリ
ですよ。
「好きだからしょうがないじゃなーい?愛と結婚は別物だよー」ですませるのがフランス人。

 アーサーが再びやってきてココは、「姉はまだ男爵と結婚できると信じているのよ」
って話います。やっぱ結婚してないのか、姉。こちらも可哀想な人ですよね。
 アーサーは自分とココのことを、愛しあってるから結婚する必要はない、結婚はただの
社会的な慣習だと、不倫をしたがる男ってよくこんな言い訳するよね的なことを話します。
 ココは、自分がバルザンにプロポーズされたことを話し、私は誰とも結婚しない、と宣言。

 結婚して幸せそうに見えなかった自分の母を見ての決意なのでしょうか。
 でも彼女のポリシーは現代でも立派に通用するものだと思います。

 そういうわけでココは、パリで洋服店を開く決意をします。
 アーサーが出資を約束してくれました。
 バルザンが「俺と結婚してここで仕立て屋すればよくね?フランス人、女性を大事にするよー?
結婚すれば丸く収まらね?」的なムチャ振りをしてきましたがココは、「それでは私自身の富と
名声は得られないわ」とスルー。もう一度「私は結婚しない」宣言しました。

 クチュール、つまり仕立屋はなかなかうまくいってました。
 アーサーもよく訪ねてきて、部屋を借りるだの借りないだの、お前ら仕事中に2人だけ
イチャイチャしてんじゃねーよ布団に待ち針仕込むぞみたいな展開はありましたが、順調な
滑り出しでした。

 それとさりげないシーンでしたが、レストランでマダムと呼びかけられたココが「マドモアゼル」と
訂正していたのは彼女らしいなって思いました。
 でも、雪が降っている中をいくらアーサーに勧められたからといって自動車を運転してみると
いうのはどうかと思います。
 雪+初心者ドライバー…死ぬわ!
 つーかアーサーもブレーキブレーキ!って言う前に止まり方を先に教えとけ!

 よく人に「のってみる?」と乗り物を勧める方は、いきなり乗せる前にまず止め方を先に
レクチャーしておいてください。「バラッド 名もなき恋のうた」の真一、お前だよ!

 そうしてある時ココはバルザンと一緒に演劇を見に行ってます。演技の最中でもふっと
舞台袖に戻って衣装直してもらったりとかするんですね、こっちは。
 その帰りにココは姉から、アーサーが交通事故で死んだことを知らされるのでした。

 アーサーの死を乗り越え数々の服を発表して行ったココは、それから、世界のシャネルと
して名をはせます。
 このシーンのココはやっぱきれいになってましたね。あと、オドレィ・トトゥさんは沢口靖子さんに
似てるとちょっと思いました。
 私はこの、アーサーの死を乗り越え、世間から受け入れられていくシーンが見たかったの
ですが…。
 まあ、シャネルのマークの由来がわかったのはよかったです。
 女性はただそこにいればいいってわけじゃない、という生き方はすごいなと思いました。
つくづく、後半の締め方がもったいない作品だったなぁと。



多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ映画の感想レビュー→ココ・アヴァン・シャネル