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鑑識写真
事件が起きた時に、現場がどんな状態であったか。
それを克明に記録するのが鑑識員の仕事です。
しかし時折、首を傾げざるを得ないようなこともあります。
そんな出来事が幾つかありました。
怖い話につきものと言えば心霊写真ですが、人間の目は必要な情報のみを脳が選択し、認識
するという特徴があります。ですから、そこにあるものを忠実に映し出すカメラと違い、あったものを
覚えていないこともしばしばあるでしょう。
それが「映りこむはずのないもの」と認識されることにつながり、結果心霊写真の9割9分までが
見間違いや勘違いと判断されることにつながるのでしょう。
しかし、記載ミスが誤捜査を招きかねない鑑識の仕事に、「そこになかったものが映っている」と
いうことはあり得ません。鑑識員が見落とすということもあってはならないことです。また、現場を撮影
した写真と記載事項が異なっている、ということもあり得ないのです。
通報があって駆けつけると、道路に遺体が横たわっていました。何かの事件に巻き込まれ、そこに
遺棄された可能性があるということで、捜査本部が設置されました。
第一回目の捜査会議が終わった時です。鑑識員が青い顔をして数枚の写真を手にやってきました。
(何か新しい発見でもあったのだろうか?それとも、ミスか何かを見つけたのだろうか)
私はそう思いながら報告を待ちました。しかし彼は、立ち尽くしたまま言いにくそうに口ごもっています。
「その写真に何か発見でもありましたか?報告してください」
促すとやっと彼は写真を私に差し出し、その中の一枚を指差しました。
それは遺体を連続撮影したものでしたが、すぐに私は奇妙なことに気づきました。
連続している4枚のうち、3枚目の遺体の目が開いていたのです。他のどれも閉じているのに。
遺体は様々な角度から撮影しますが、創傷を中心にもって来るような撮影方法ならともかく、目を
開かせたりといったように状態を変えて写すことは絶対にありません。
そこへ、ベテランの鑑識員がやってきました。そしてその写真を見るなり「ああ、たまにありますよ」と
うなずき、その写真を抜き取って持っていきました。
間もなく事件は解決しましたが、その写真を撮った鑑識員はしばらく仕事を休んでいたようです。
「そのうち慣れますよ。私も経験してますからね」
捜査本部解散の時に、ベテラン鑑識員がつぶやいた言葉です。
こんなこともありました。これはそのベテラン鑑識員がまだ若かった頃の話です。
殺人事件の現場に足を踏み入れた彼は、その凄惨さにしばし立ち尽くしていたそうです。
被害者は絶命するまでにのたうち回ったらしく、壁や障子、天井にまで血が飛び、さながら赤く塗り
たくったようだったと言います。
そろそろ腐乱し始めた遺体に手を合わせてから、彼は撮影に取り掛かりました。
遺体はうつ伏せになっており、その状態を撮影したら仰向けにして撮影します。その手順を考え
ながらシャッターを切っていた時。
思わず彼はレンズから目を離しました。
「何やってんだ。早く撮影しろよ」
指導係の鑑識員が彼をせかしました。
彼は汗を拭い、再びレンズを覗き込み、シャッターを切り始めました。が、またもあわてて手を止めて
しまったのです。
「おい、どうした?代わろうか」
彼が青い顔をして体を震わせているのに気づき、指導係が声をかけたそうですが、彼は無言でカメラを
押し付けるように渡し飛び出していきました。
現像後。
彼は指導係に呼び出されました。机の上には彼が撮影した写真が順番に載せられていました。
「どういうことなんだ」
心なしか指導係の声も震えていました。が、結局何故そんな写真になったかは説明がつかず、
指導係が撮っていた写真だけを使用することになったそうです。
その写真には。
上体を起こし、必死の形相でこちらに手を伸ばしてくる遺体の連続的な動きが映っていたそうでした。
そう、彼がレンズを通して見たそのままに。
もちろん現場では誰も目撃していませんし、遺体に触ってもいません。
その写真が何を意味するのか、それは誰にも分からないのかもしれません。