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姿無き殺し屋
単なる偶然が重なってのことでしょうが。
しかし、殺されかけるというのは不愉快なものです。
心当たりのない相手なら、なおさらね…。
少し前イタリアへ出かけていたのですが、ちょうどその時ジェノバでサミットが行われていましてね。
マジックショーのホストがその関係上でいつものホテルが取れなかったと、違うホテルを手配して
いました。いつものホテルはそのホスト…つまりイタリアンマフィアの支配下にあるものですが、まあ
今回のものは恐らく脅して提供させたホテルでしょう。
しかしそのホテルはかなり名の知れたホテル。しかもそのスイートが何故取れたのか。
少々不思議に思いながらもショーの練習や打ち合わせで忙しく、そのホテルへはまさしく眠りに帰る
ような状態でした。
部屋は4部屋あり、一番奥のベッドルームは3面がガラス窓になっていて景色が見渡せるようになって
いました。2日目の夜、私は窓に落書きがなされているのを発見しました。「Il
mio camera.」つまり、
「私の部屋」と。…窓の外に、ですけどね。
窓拭き職人でもいたずらをしたのだろうとベッドに入りました。最終日である3日目は、幾人かゲストが
いましたからきちんと休息を取ろうと思っていましたからね。ゲストの名前?さぁ。聞けば後悔しますから
知らない方がいいでしょう。
私は常人に比べて睡眠時間の少ない方です。眠りも浅く、何か気配がすればすぐに目を覚まします。
これは習性のようなものですけどね。
最初は夢だと思っていました。呼吸が出来ない夢です。しかしすぐに目が覚めました。
本当に呼吸が出来ないのですから。
目を覚ませば意識せずとも息を吸うことはできます。夢ならば無意識に止めてしまうこともあるはずです。
が、空気など存在しないかのごとく、呼吸が出来ないのです。――いや、気道がふさがれていたのかも
知れません。流石に息苦しくなりましたね。完全に覚醒した方がいいと判断し目をあけると、闇になれている
はずであるのに、視界がさえぎられていました。何か、白いものが目の前に浮かんでいましてね。枕か
クッションでも押し付けて射殺するつもりか、と思いました。仕事柄命を狙われることはままありますから、
シーツの間に仕込んでおいたナイフで切り払うとあっという間に消えました。…手ごたえはなかったですね。
寝起きでもナイフの的を外すことは殆ど無いのですが、余程腕の立つ人間か、身のこなしが早かったのか…。
そのまま眠るほど私も愚かではありませんから、出入りした形跡が無いのを確かめ、ならば何か幻覚を
見せるような薬でも隠されているかと点検しました。幻覚で死に至らしめる方法もありますからね。しかし
何も発見できませんでした。ある程度は耐性がありますから、使われるとすればまだ出回っていない新種の
はずですが。
何かを押し付けて私を窒息死させようとしたのか、それは何か分かりませんが、侵入をやすやすと許した
のは不愉快でした。
しかし奇妙だったのは翌朝ルームサービスを持ってきた従業員ですね。
部屋をノックした時に私が応答したのを非常に驚いている様子で、部屋に入る時も周囲を見回していました。
何か、昨日のことと関係があるのか、もしくは彼自身が仕掛け人かもしれないと思い、昨夜誰かがこの
部屋に訪ねてきたかどうかを問いただすと、真っ青になって謝罪しながら逃げてしまいました。
ま、あの驚きようは少なくとも「殺しに来た」という類のものではありませんでしたから、放っておきました
けどね。
そうそう、無事に3日目を終えて私がホテルをチェックアウトしようとフロントへ降りた時です。今まで見送りに
きたことなどないホストが、支配人と共に立っていました。彼は珍しく謝罪の言葉を口にした後、「何も変わった
ことはなかったか?」と聞いてきましたよ。
私が「奇妙ないたずらはありましたけどね」と言うと、ホストは部下達に命じて支配人を連れて行きました。
彼がどうなったか?さぁ、今頃鳥の餌にでもなっているのでは?
何かそのいたずらに心当たりはあったようですがね、ホストも詳しくは知らずにいて、例の従業員から事の
次第を聞いたようです。支配人は知っていてあの部屋を私に割り当てたようだ、と言っていましたが、「何を」
かは私も面倒なので尋ねませんでした。
ま、察するにあの部屋に泊まって無事でいたのは私だけ、と言いたかったようですね。3日目の朝大抵、
ベッドの上で窒息死した状態で見つかるそうですよ。かなり優秀なヒットマンでも雇っているのでは?
私は誰にも殺されるつもりはありませんがね。