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死亡推定時刻



世の中に、科学的に解明されないことは
確かに存在していると思います。
しかし事件の捜査という、非科学的なものの
介入が許されない場合。
それでも我々は起きた出来事をありのままに
報告する義務があるのです。





 その殺人が起きたのは、築20年というかなり古いマンションの一室でした。
 コンクリート壁にはひびが入り、廊下やエンタランスなども湿っぽく、管理している不動産もバブルが
はじけなければ建て直す予定だったのだそうですが、長引く不況の影響でそのままにしておかれた
のだそうです。そのせいか、全体的に暗いイメージを受ける場所でした。
 昔はまだ、防音や耐震性などの規制があまりなかったため、例に漏れずそのマンションも生活音が
階下に響くところでしたので、我々は早速何か不審な物音を聞かなかったか聞き込みを始めました。
 その殺人は、ある女性が痴情のもつれから交際していた男性に睡眠薬を飲まされ、眠っている間に
絞殺されたもので、争った形跡が無いためなかなか気付かれずに放置されていたのです(犯人が男性
だというのは後ほど判明しました)。
 この女性は家族と離れて1人暮らしをしており、隣室などとも交流が無かったため捜査開始の時点
では犯人の手がかりもなく、不審な物音を聞いた日時、不審な人影の目撃証言が重要な手がかりに
なるとされていました。
 階下からの聞き込みでは、上から生活音が聞こえてきたのは数日前までとのことで、その辺りに、
このマンションから人目を避けるように出て行った人間はいないか、ここ数日ウロウロしていた人間は
いないかなど重点的に捜査が行われました。

 ところが、司法解剖の結果報告では、被害者の死亡推定時刻は10日前とされていたのです。
科学技術が大幅に進歩したこともあり、これまでの統計データから導き出していた死亡推定時刻は、
体内のあらゆる成分を調べて「科学的」にはじき出されるようになったため、ほとんど実際の死亡時刻と
差がありません。(もちろん例外はありますが)
 聞き込みは白紙に戻り、もう一度周辺の徹底した聞き込みが行われました。証言と推定時刻の食い
違いから、一時期は階下の住人も参考人として話を伺いました。しかし、嘘の証言をしているなら何度か
聞いている間にボロが出てくるものですが、この住人の証言はピタリと一致していました。つまり、嘘は
ついていないということです。
 そのうちに隣室の住人からも「そう言えば」と前置きして、掃除機をかけるらしき音がしたという証言が
得られ、それが階下の住人の証言と一致していたことからこの証言は偽りではなく、もしかしたら犯人が
潜んでいたのではないかという疑いが持たれ始めました。

 そして1ヶ月もしないうちにこの女性の交流関係が浮かび上がり、そこから殺害した犯人が逮捕され
ました。別れ話のもつれから、仕事先で手に入れた睡眠薬を彼女の飲み物に入れて眠らせ、絞殺した
のだということでした。
 しかし彼の口からは思わぬ証言が飛び出しました。自分は確かに死亡推定時刻の日に彼女を殺した
が、その後マンションを後にしたきり一度も部屋を訪れていないというのです。
 我々は何度も確認しました。しかし、彼はその点だけは確かだと言い張ります。
 どちらの証言も正しいとすると、彼女の死体しかなかったその部屋で、彼女が殺害されてから音が止む
までの約1週間、誰かがそこで生活していたということになります。
 もちろん発見時にドアチェーンがかかっていたのは警備員が確認しており、また、部屋は5階ですので
誰かが侵入したということもありえません。
 何より。
 犯人と現場検証を行った時、立ち会った部下の報告によると彼はこうつぶやいたそうです。
「あの時確かに部屋の中にあったものがしまわれている。飲み物を飲むために使ったコップが流しに片付け
られている。洗濯機の中にあった洗濯物が干されている。どなたか片付けられたんですか?」
 もちろん、現場維持は鉄則です。
 しかし誰かが何かをしていたのは確かなのです。
 それを知る人はもうこの世にはいません。
 もしかしたら、彼女は自分が死んだことに気付いていなかったのでしょうか?


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