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さえぎる影
やっちまった、と思うことは多々ある。
が、あの時ほどまさに「やっちまった」と思ったことはついぞない。
仕事で初めての街に赴いたことがあった。
カーナビなどという気の利いたものは積んでおらず、コンビニを見つけては車を止め、地図で
確認しながら進む。そんな状態。
ふと、信号待ちで右斜め前にある寂れた店に視線がいった。1階面積の半分は八百屋、半分は
車庫、2階部分が住まいという感じの建物だった。
店を見て車庫に目を移すと大きなワゴンが目に入った。
その運転席に女性が乗っていて、前方をぼんやりと見ているようだった。そこの娘なのか、20代
半ばといった感じでシートに埋もれてしまいそうな、小柄な人だ、と思った。
突然気がついた。
シートと同色の服だと思っていたのは服ではなく。小柄だと思ったのも無理はない、大人なら
胸部があるべき部分に頭があるのだ。不自然すぎる。
まずい、目をそらそう、と思うより相手がこちらを向く方が速かった。ほんの一瞬ではあったが
目が合い、その時全身が怖気だった。
はっきりと、鳥肌が立ったのを感じた。
女の首だけがシートにあった。その光景がしばらく脳裏から離れなかった。
仕事を終えてホテルに帰った頃には幸いというべきか不幸というべきか、それをすっかり
忘れ去っていた。
ユニットバスでシャワーを浴びていた時に何の気なしにカーテンの方へ体を向けた。
当たっていたはずの光が翳った。
波打つカーテンの下の隙間から見えていた光が見えなくなった。まるで誰かがそこに
立っているかのように。
俺は頭をあげずにしばらく湯を浴びていた。