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忠告者
どこの世界にもおせっかいで親切なご老人はいるものです。
その忠告の内容はさておき…。
静かに時間をすごしたい時に立ち寄る場所のひとつに、とある図書館があります。
そこの受付には頑固者で知られるご老人がいるのですが、私が幼い頃からちょくちょくと
通っていたせいか、たまにムスッとした顔のままキャンディや家人が作ったと思われる
アップル・クランブル(イギリスのお菓子です)、スコーンなどを包んで渡してくれたもの
でした。
図書館ですから、騒ぐ子供達にはすこぶる厳しく雑談所と勘違いしている連中は叩き出し、
と規則が服を着ているような人物でしたが、そういう風なこともあったからか、私は特に
怖がることはありませんでした。
ま、イタリアに渡ってしまってからこちら、行く機会はめっきり減りましたね。今も海外で
マジックショーを披露する機会はありますからイギリスへも立ち寄りますが、この通り追われる
身ですからそう親しく話しかけるわけにもいきません。…それに私も顔は隠していましたしね。
受付に座って腕組みをしたまま館内のモニターを見ている彼を横目で見ながら、柄にもなく
昔のことを思い出したりしたものです。
ある時のことでした。いつものように私は目立たない一角で外の風景を眺めつつ、ゆっくり
と時間を過ごしていました。列車の時間にはまだ間があったのでね、ちょっとした気まぐれで
足を延ばしただけだったのですが。
本棚からいくつかピックアップしてきたうちの殆どを読み終え、時間を確認して「では残りの
1冊も」と思った時でした。
そのご老人が私のすぐそばに立っているのに気づきました。私も本に夢中になっていたためか、
いつもなら人の気配に気がつくのですが、この場所だからと油断していた部分もあったかも
知れません。
ご老人は相変わらずの渋面のまま、私に耳打ちしてきました。
「I want you off this base immediately.Take off out the back.」
(とっとと出て行ってもらいたいね。裏口から出な)
乱暴な口の利き方は相変わらずですが、彼の方から追い出すようなことは一度として
ありませんでした。ただ、彼が言うのなら何かあったのだろうと私はすぐに立ち上がり、老人が
テーブル上の本を抱え上げるのを横目に、出て行きました。
前述の通り、自宅のように知り尽くしているところですから、かなり大きな図書館ではあった
のですが裏口やそれに至る道もいろいろ知っています。
と、私が出たのと入れ替えに、パトカーのサイレンが図書館の入り口から鳴り響くのが聞こえて
きました。
後から知ったのですが、ロンドン警視庁は密告によって私がその図書館に立ち寄ったことを
知り、急いで駆けつけたとのことです。まったく、暇人がいるものですね。
ともあれご老人のおかげで私は抜け出せたわけです。まあ、ロンドン警視庁ごときに捕まる
とは思ってもいませんが。
列車に乗る時になり、たまたまスーツのポケットに手を入れた私は、何か包みが入っている
のに気がつき、それを取り出しました。
小さなスコーンがいくつか転がり出てきました。
子供の頃の記憶が蘇るようでした。
懐かしい、あれから変わりのない味でしたね。
まあこれで終われば単なるおせっかいなご老人の話なのですが、あいにくと続きがあります。
少ししてその時の映像がインターネットで流れているのを知った私はそれを入手しました。
イギリスだけでなくアメリカもなのですが、ゴーストの出るスポットもしくは出そうな場所に
カメラをつけて、24時間中継するというのが流行っているそうです。その図書館もかなり年季の
入った建物ですから、「ゴーストが出るに違いない」と踏んだ館長が話題づくりにしかけていた
とか。それにたまたま私が映る位置にいた、というだけだったのですが。…私のファンだと自称
する人間がどこからか私の変装だとつきとめ、録画していた人間から入手して流したみたい
ですね。物好きとしか言いようがありませんが。
しかし意外なことに、私しか映っていませんでした。
本を抱えて私がテーブルに座り、その周辺を何人か通行し、本を読み終えた私がふと何かに
気づいたように顔を上げ、サッと立ち上がって出て行く。これが映っていた映像でした。
ご老人が映っていなかったのは意外ですが、不思議なことに、私が彼に任せて出たはずの
何冊かの本も、テーブルの上にあったのが確認できた数秒後突然画面が乱れ、元に戻った時は
消えうせていました。こちらは、紛失したのでなくきちんと棚に戻されていたことは、私が図書館に
連絡を入れて確認しました。
さて…。問題は何故ご老人が映像に映りこまなかったか、そして彼がどうして私の変装を
見破ったか――もっとも、彼にはわかっていたのかも知れませんが――、誰が本を棚に戻した
のか、そして私のスーツのポケットにスコーンを入れたのは誰なのか、ということです。
それから、これが最大の疑問なのですが。
ご老人は私がイタリアに渡ってから数年後、老衰で亡くなっていました。良き妻であった方も
程なくして後を追うように眠りにつかれたとのこと。
この間親族の方に紹介をいただいて、墓へいってきましたから間違いありません。
では私がこれまで見ていたあのご老人は一体何だったのでしょうね。
幾度か図書館に足を運んでみましたがそれから一度も会っていません。