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あの日の約束
それは映画のような出来事だったといいます。
Aさんという方が昔同じ職場にいたんですよ。
私がまだ警部という肩書きだった頃です。
警察官というものはキャリアを除き、えてして早期結婚が多いものです。上司などが
あれこれ世話を焼くというのもあるのでしょうが、大体20代で結婚する人が殆どだそう
ですね。
Aさんは珍しいことに学生結婚をされてからこの職についたという人でした。
奥さんは大学時代同じ専攻だった事から仲良くなったということで、時折職場に愛妻弁当を
届けにこられていたのをお見受けしたことがあります。
そんな時Aさんは周囲から冷やかされて恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに奥さんと
話をしていました。
その訃報が舞い込んだのは季節も冬にさしかかろうかという時期でした。
いつものように愛妻弁当を届けに来た奥さんがひき逃げに遭い、知らせを受けたAさんが
駆けつける間もなく、病院で息を引き取ったといいます。
二人の間には子供はなく、愛する人を不慮の事故で失ったAさんには、誰も言葉をかける
ことが出来ませんでした。
しばらくしてひき逃げをした犯人は捕まりましたが、未成年ということで大きく報道されることは
なく、当然実名も伏せられました。
この時ほどAさんは、法律の壁を感じたことはなかったと、のちに話してくれました。
それからもAさんは職務はこなしていましたが、心ここにあらずといった感じで、休憩中など
宙を眺めて過ごすことが多くなりました。書類のミスが目立ち、それとなく上司が呼びつけた
こともあります。
事件が起きたのは年末も押し迫った12月中旬のことでした。
仕事を終えて帰宅途中Aさんはフラリと書店に立ち寄ったそうです。あれこれと何かを
探すでもなく棚を眺めて歩いている彼の耳に、女性の悲鳴や叫び声が聞こえてきました。
反射的に表へ飛び出したAさんは、自分の方へ走ってくる男に気づきました。手にはキラリ
と光る刃物を持っているのが見えました。
とっさにAさんはその男の前に立ちふさがったといいます。警察官としての使命が彼を
そうさせたのです。
男もAさんに気づき刃物を突き出してきました。
これで刺されて死んだら妻と会える。
Aさんは一瞬そう思ったそうです。
その時でした。
音もなく女性が庇うようにAさんの目の前に立ちふさがったのです。
男もまさかそんなことになるとは思っていなかったのか、のけぞるようにして避け、足が
もつれたのか植え込みへ倒れこみました。Aさんはとっさに男を押さえつけ、その手から
刃物を取り上げました。
すぐに、通報で駆けつけた警察官らがやってきて、Aさんは身分を名乗りつつこの男を
引き渡しました。
そして自分の前に立ちふさがった女性のことを思い出し、辺りを見回しますがそれらしい
女性はいません。
そしてハッと気づきました。
女性が着ていた服に見覚えがあったことを。
妻があの事故にあった時着ていた、自分が就職しての初任給で買ってあげた服であったことを。
奥さんは生前口癖のように言っていたそうです。
「もしも自分が先に死んだら、必ずあなたを守るから」と。
その時は「縁起でもないことを」と相手にもしなかったAさんでしたが、奥さんはその約束を
守ったのでした。
彼は帰宅すると仏壇に手を合わせ、それからは以前のAさんのようにキビキビと働いた
ということです。
今は職場も変わってしまって連絡が途絶えてしまいましたが、きっとどこかの署で彼は
今日も元気に街の安全を守っていると思いますよ。