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ラストマジック
華やかな脚光。尽きることの無い拍手。
それに憧れる人間は後を絶ちません。
しかしその裏でかわされる駆け引きに注目する人間は
一体どれだけいるのでしょうか。
以前金田一君はサーカスに関する事件を解決しているようですね。ああいった、ショーの上での事故や
ミスは少なくありません。大掛かりなトリックになればなる程脚光を浴びますが、同時に死へ限りなく近づく
ことでもあるのです。
これは私だけが体験したものではなく、マジシャン達の間に伝わっている話でもあります。
数年前リハーサル中に事故死したマジシャン、仮にその名をJackとしましょう。Jackはそれなりに才能を
もったマジシャンでした。そうですね、近宮玲子には及びませんが、将来有望視されていた人間です。私も
彼のことは師から聞いて知っていました。マジシャンの世界は情報交換が盛んで、師もどこの弟子が私達の
ライバルになりそうか、よく話していたものです。ま、残念なことに私はそのレールから外れましたけどね。
おっと失礼。
そのJackが事故で死んだと聞かされた時、我々は首をかしげました。慎重で、手馴れたことにも確認を
かかしたことの無かった彼が、ケアレスミスで脱出に失敗、生き埋めになってしまったのです。手錠が外せ
なかったと、彼の師は言っていました。古くなっていてそろそろ新しいものに変えようと話していたのですが、
それを気づかずにJackが使ってしまったのだと。
マジシャンにとって小道具のチェックは欠かせません。Jackの死はそれを改めて思い知らせてくれた事故
でした。
それから少しして。弟子同士の競い合いと言いますか、Jackの師がイタリアへやってきた時に数人の
マジシャンが集まってそれぞれの弟子の腕前を見ようということになりました。もちろん私も出演を命じられ
ましたよ。
弟子の披露が一通り終わりまして、次に師の新しいマジックショーを披露することになりました。本来なら
同業者の間で手の内を見せることは無いのですが、この日集まっていたマジシャンは修行時代からの
親友ということで、我々は師のマジックが見られることにとても喜んだものです。
私の師、次にもう一人の師のマジックが終わり、そしてJackの師の番でした。水中脱出系のマジックショー
でしたが、事故はそこで起きました。
水槽に手錠と足かせをはめた彼が入り蓋をする。その上に人間が乗り、水槽が黒幕に覆われた後に、
別の場所から彼が現れるという内容だったのですが、登場を待つ我々の前に彼は現れませんでした。
そう、彼は水槽で溺死していました。ご存知の通り手錠や足かせは簡単に外せるものです。ましてや彼の
トリックではこの水槽には入らないのです。ああ、このタネは明かせませんが他の水槽脱出と違い、濡れな
いで別の場所から登場する。これがこのショーの見所なのです。観客からは確かに水没したように見える
のですけどね。ですから彼が何故水槽に入り、手錠も足かせも無い状態で水死していたのか、我々は
首をひねるしかありませんでした。この水槽の蓋も一部が外れるようになっており、他のマジシャンはそこから
脱出するのです。彼が知らないはずはありません。
蓋の上に乗っていたアシスタントも、幕を張ったスタッフも、彼はもう登場予定の舞台袖に控えていると
思っていたということでした。
それからしばらくして、驚くべき事実が判明しました。Jackが事故死したのは実は偽装で、彼の才能を
妬んだ師が手錠が外れないように細工をして彼を死なせていたのです。
Jackの霊が師を殺した…と、マジシャンの間では有名な話です。まあ偶然が重なっただけでしょうけどね。
それから少しの間、水槽脱出トリックを行うとその時は何とも無くとも、撮影したカメラに足を引っ張られ沈んで
いくJackの師と、足を引っ張るJackの映像が映っていたともっぱらの噂でしたね。
私ですか? 残念ながら水に濡れるのは嫌いでね。脱出系トリックは専門外です。