多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→SS


 

 イタリアで最も多いというピラミッド型組織である「ミラーナ」は、シチリア島を本拠地にしている
マフィアである。首領、オッツィは二代目に当たる人間だが、有能だった先代と違いこの代で組織を
終わらせるに違いないともっぱらの噂だった。
「ドン、リキータからの使いが来てますが」
 男が1人、オッツィの部屋へ入ってきた。
 リキータは最近台頭してきた、横並び組織型マフィアのドンである。上下関係がなく指揮系統に
やや難がある代わりに、結束力は強い。
「そうか。いつも通り調べた後通せ」
 オッツィは外部の人間を滅多に部屋へ通さない。――とびきりの女を除いては。
 リキータが寄越す使いは、彼の片腕といわれる有能な女秘書なのだった。
 自室に取り付けたモニターから、不安げな表情で廊下を進む彼女の表情が見えてくる。何度
やってきても恐怖感が拭えないのか、しきりに周囲の男達を気にしながら彼女はオッツィの部屋へ
たどり着いた。





「チャオ!」
 男に案内されて秘書が入ってくると、イタリア式の挨拶をする。やや違うのはしっかりと体を
抱きしめることと、離れる際腰の下辺りを撫で回すこと。
 もう慣れているのか、それでも口の端を微妙に引きつらせながら彼女はオッツィの示したソファに座った。
 オッツィは男達に合図して部屋から出るように命じた。
 いつものことらしく、彼らはすぐにドアから姿を消した。
「で、何の用だ? カラブリアの方はまだ闇賭博に手を出すほど、市民から金を巻き上げちゃ
いなかったろう。それとも何か? 麻薬のルートを分けてくれと言いにきたのか?」
 革のソファに背を預けてオッツィは葉巻に火を近づけた。
「先日のイッツェルノ教会爆破事件は、そちらの?」
 唐突に秘書は言った。
 オッツィは手を止め秘書を見た。
「お前さんはいつから警察の手先になったんだ? それともリキータが宗教替えしたのか?」
 彼女は口元に笑みをたたえたまま黙っている。リキータの右腕といわれるだけあって、肝心な場面では
物怖じしない。その大胆な切り口に、ひょっとしたら彼女こそがドンなのでは?と思うこともある。
「ではそちらの仕業と考えて宜しいので?」
「そんなことより、用件を言ったらどうなんだ」
 何故か軽い苛立ちを覚え、オッツィはすごんだ。葉巻を一口吸い込む。
「用なら」
 彼女がすい、と立ち上がった。「もう済みましたよ。完璧にね」
 その声は明らかに女のものではなかった。初めて聞く男の声だ。
 むせてオッツィは咳き込んだ。ねっとりとした暖かい感触に手のひらを見れば、鮮やかな赤。
「貴様……!」
「薄刃のナイフは、刺した時点で外に出血しないんですよ。筋肉の弾力で傷口は閉じられ、内部に出血
していく。そろそろ肺が使い物にならなくなった頃です。出血も生命危機の域にまで達したでしょうね」
 一振りした指先に銀色のナイフが握られていた。





「こんなことをして、逃げられると思うなよ……」
 しゃべるたびに口から鮮血が溢れ、絨毯を汚していく。やがてゆっくりとオッツィは床に倒れこんだ。
「逃げる気などありませんね。ま、聞こえないでしょうが」
 クス、と笑みをこぼして女は窓からひらりと飛び降りた。そのまま何事もなかったかのように表へ出、
姿を消した。


「よくやってくれたな、タカトー」
 グラスに注がれたワインが差し出される。高遠はそれを受け取ったものの口をつけようとはせず、
興奮して賞賛の言葉を浴びせる目の前の男を見ていた。
「しかし、どうやってナイフなんか持ち込んだんだ? あそこのボディーチェックは空港より厳しい
んだぜ」
「……マジシャンは種明かしをしないのが鉄則の掟でしてね」
 涼しい顔で言う。
 秘書が入ってきた。
「そうそう、あんたに礼をしておかなきゃな」
 リキータは立ち上がった。秘書に目配せをし、2人で出て行こうとする。
「礼には及びませんよ」
 コトリとグラスをテーブルに置く音がした。
 リキータが振り返ると、ソファに高遠の姿はなく見れば風の吹き込む窓際に立っていた。
ここは3階である。
「私は、利用しただけですから」
 とっさにリキータが指を鳴らし、待機していたらしい男達がなだれ込んできた。手にしているのは
裏ルートで売買されているマシンガンの類。
――と。
 廊下がにわかに騒がしくなり、数人の足音がやってきた。
「ボス! ミラーナの連中がきやがった! ここが割れたらしい!」
「何だと!」
 血相を変えてリキータは部屋を飛び出した。
「それでは諸君、Addio!」
 彼の声を聞いている余裕のある者はいなかった。


 高遠が「本当の」依頼人と落ち合ったのはそれから数日後のことだった。街の新聞が、二つの
マフィアが消滅したこと、新しいマフィアが台頭したことをしきりに報道していた。
「本当にいいの? 報酬なしで」
「私は気まぐれでね。気が向いたら依頼を引き受けますが、気が向かなければ数億リーレ積まれても
断ります」
 彼の向かいに座っているのはあの女秘書だった。
「それにしても、君は一生残党に命を狙われて過ごすことになる。この方法が一番良かったとは思え
ませんがね」
 高遠に、自分に変装して侵入するよう提案したのは彼女だった。
 女はゆっくりとワインを飲み干すと、
「あの人のいないこの世の中が、どうして私に幸せをもたらすというの。これでいいのよ。貴方は
気まぐれで殺人を楽しんだ。私は復讐を果たせた。これでいいの」
 そう言って彼女は窓の外に目をやった。
 その横顔を眺めつつ、高遠は数週間前の記憶を思い起こした。

 偶然この街を訪れた時立ち寄った教会。入れ替わりに男が入っていった瞬間、爆発は起きた。悲鳴や
うめき声が交差する中、高遠はその男を見た。一目で手遅れとわかるその男は、胸ポケットから指輪を
差し出し息絶えた。
 女が飛んできたのはそれからすぐのことだ。待ち合わせでもしていたのだろう。男の遺体にすがり、泣く
彼女に指輪を手渡しそれで終わるはずだったのだが。
 彼女は高遠を知っていた。マフィアの情報網によって。
 不思議な縁と彼女の復讐劇に手を貸すことにした。マフィアがどうせ刺客を使い捨てにすることは知って
いたから、リキータらまで壊滅させたのは、彼女に対する餞別でもある。

「タカトー、貴方はこれからどうするつもりなの」
 テーブルに肘をついて顔を支えながら、彼女はそう聞いた。
「日本へ戻りますよ。ここへ来たことがそもそも気まぐれなのですから」
 彼女は一言、「I Suoi capricci mi hanno seccato!(貴方の気まぐれには呆れたわ)」と言った。


 帰国後。高遠の元に彼女がマフィアに始末されたという知らせが入ったが、彼は鼻先で薄く笑っただけ
だった。



                                                        <了>



■解説■
この凶器となった薄刃のナイフについてですが。
刺す時に痛みがあるから気づかないはずはないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
詳しくは言いませんが、薄くて素晴らしく切れ味の良い刃の場合、犯行が素早く
行われると大抵の人間は気づきません。静電気のようにビリッと一瞬感じる程度です、
部位によっては。
後は作中の通り。筋肉の弾力によって閉じられた傷口からはしばらく出血しません。
別に書く程度のことでもないのですが、犯行不可能と言われてもちょっと癪だったので
蛇足と知りつつ解説を。


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