多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→魔人学園小説1


「尾行中はお静かに!」



「やばいよ、やばいってー!」
 いっせいにグラウンドの生徒達が校舎を見上げた。窓ガラスぐらい簡単に割ってしまい
そうなそのやかましい声は、確かに三階の教室から聞こえた。誰もがあと半年を切った
受験への不安で青ざめているであろう場所、そこから発せられるといったら、大抵あの
人達であることを誰もが知っていた。


「あーもうっっ! ムカつくったら!」
 床を踏み抜きそうな足音が段々大きくなってきた。そのテンションを崩すことなく開け
られたであろうドアの音もした。
 昼休みの教室。窓から差し込む暖かな太陽光を体に浴びて惰眠をむさぼる。蓬莱寺京一は
今、最高に幸せだった。伏せている机からも、子供のころよく遊んだ森の中でかいだ、あの
木の匂いがほのかにただよっていい気分だ。
「ちょっと京一! ナニのんきに寝こけてンだよっ!」
 鼓膜に突き刺さるようなかん高い声が頭上から降ってきた。良く食べ、良く眠ることが生き
がいの健康優良児にとって、その内容はあんまりなものである。が、本人には眠気のせいで
美辞麗句に聞こえるから不思議だ。
 しかし声はやまないばかりか体が激しく揺さぶられ始めた。どうやら聞こえていないと思って
いるらしい。
「京一! 寝過ぎなんだよっ! 大事な話があるから起きな!」
 頭の方が眠ったまま、京一は上半身を無理やり引き起こされた。くっつきたがる上下のまぶた
を無理やり離すと、どうもさっき悪代官から助けた美女が、自分にお礼を言っているようだ。
「んあ……いいってことよ……礼はいいから寝させてくんなー」
「眠狂四郎か、お前は!」
 京一の頬に平手打ちが炸裂した。自然の摂理に従い椅子から吹っ飛ぶ形で転げ落ちた彼は、
ここにきてようやく目が覚めたものの事態が飲み込めず、頬を押さえたまま固まってしまった。
目の前にいたはずの町娘が、いつの間にかものすごい形相をした桜井小蒔に変わっている。
 いや声の調子からして、決して機嫌よくニコニコしているとは思っていなかったが。
「あれ……キレーなねーちゃんが化けモンになってらぁ」
「なぁーに寝ぼけてんだよッッ! 葵が大変って時に!」
 その瞬間京一の脳が一気に覚醒した。顔から血の気が引く音が確かに聞こえた。
「何っ!」
 あわてて立ち上がった。――はずみに机で腰を嫌というほど打ってしまい、声も出せずに
しゃがみこむ。
「……あんた、バカじゃないの……」
 小蒔の声は明らかな侮蔑を含んでいた。


「いやーもう、ビックリしたのなんのって。小林ってばいきなり『付き合って下さい』なんて言う
なっての。全然そんなそぶりも見せなかったし、あれだけ葵と龍麻君が親しくしてるの、見て
おきながらそゆこと言うかねー。いやさー、龍麻君は断ったらしいんだけどさ、葵が偶然その
現場見ちゃったらしくて、深刻な顔で相談されてさー。絶対ワザとだよ、アレ。葵が優しくて何も
言えないの知っててやったんだよ。前々から人の彼氏取るよーな奴だよって僕もアン子に聞いては
いたんだけど、龍麻君はいくら何でもレベル高すぎだっての! そりゃ人の恋路に口を出す
権利がないのは分かってンだけどさ、相手が自分になびいたらもう飽きちゃうなんて最低だよ!
葵ぐらいじゃないと、とてもじゃないけど釣り合わないって」
 戦場の機関銃のように途切れる事なくしゃべりまくる小蒔を前に、京一は右手を宙に浮かせた
まま、話に割って入るタイミングがつかめないでいた。
 PRを早口でしゃべることで有名なCMがあったが、小蒔なら間違いなく代役を務められるだろう。
「こりゃもー、二人の仲をもう少し何とかしなきゃならないって結論に達したわけさ僕は」
と、そこで小蒔が紙パックジュースに手を伸ばしたところで、ようやく京一は筋がつりかけていた
右手をヒラヒラと振った。
「あのな、オメーが突っ走るのはいつものことだけどよ、でもそれは美里と龍麻の問題であって、
俺らが口出すことじゃないぞ」
「あーもう! わかってないな京一は! いい?  僕らはさ、いつも5人一組でいすぎるんだよ。
例えば龍麻君だって葵をデートに誘いたいと思ってるかも知ンないし、葵だって女の僕じゃなくて
男の子に相談したい時もあるだろうし…」
「安心しろ。お前はちゃんと役割を果たしてる」
 京一は小蒔の肩を軽くたたいた。思いがけない称賛だったのだろう、小蒔が嬉しそうな表情になる。
「京一……」
「きっと葵もお前のことを頼もしい男友達だと思ってるさ」
 小蒔の手加減なし右ストレートヒット。京一は200ポイントのダメージを受けた!
「ってー!」
「こンの万年セクハラ男! とにかく二人がお互いそういう風に相手を思っていなくても、
確認する機会ってもんが必要だろ? だからさー……」
「うんうん桜井よ、大事な友人のために一生懸命なのは分かるが、チャイム鳴ったぞ? 
授業始めていいか?」
 赤面した小蒔を見たのは、京一にとって後にも先にもこれっきりだった。


 京一に幸せな眠りをもたらしてくれた太陽光も、遥か山の向こうに名残を残すばかりで、
今はもうそれほど暖かく感じられない。
 授業が終了して間もないためか、教室にはまだ生徒が残っている。これからどこに寄って
帰るか相談しあっているそのざわめきの中で、京一、小蒔、醍醐の三人は向き合って座った
まま神妙な顔でお互いをうかがっていた。
「……よく考えたらさ、どーやって二人きりにさせるかなんだよねー」
「龍麻が美里だけを誘うとも思えんしな」
「だいたいよー、二人ともこっち方面にはメチャクチャ奥手だろー? 二人っきりに、てのが
そもそも無理あんじゃねーか?」
「そーだね、京一みたいに女にだらしがなさすぎるのも問題だけどね」
「うるせーな!」
「おいおい」
 こんな調子で一向に話し合いは進展しないのである。もともと考えるよりは行動型のこの三人、
とうてい参謀には向かない。
「ま、ホントのところ龍麻も少しはそんなことがあってもいいと思うんだけどな」
「そんなってどんな?」
 京一は身を乗り出した小蒔の目の前で人差し指をふって見せると、
「俺らは部活ってもんがあるけどさ、龍麻は帰宅部だろ? 部活仲間とワイワイ帰る訳でも
なし、その分何か日常生活から縁遠いって感じがするんだよなー」
「一理あるな。俺達が部活の時、一人で帰るあいつは寂しそうにしているからな」
 醍醐がうなずいた。どうもこの男が腕組みをすると、何でもかんでも発する言葉に重みが
出てしまう。
「葵もあの通りだから、一緒に帰ろうなんて言えるワケないしね。もうちょっと龍麻君には高校
ライフを楽しんで欲しいよね」
「で、問題はどうするかなんだよ」
 会議はまたもふりだしに戻ってしまった。
「蓬莱寺君、なんか緋勇君に用があるって人が来てるけど……」
「ん? 龍麻なら今日は帰っちまったぜ。寄るトコがあるって。――誰?」
「さあ……他校の制服だよ。結構カッコイイ人」
 女生徒の指さす方向を見ながら京一は、俺より美形がこの世にいるわけないだろうとつぶ
やいて立ち上がった。聞こえなかったふりをして小蒔と醍醐もそちらに目をやる。
「おっ、如月じゃねーか」
 如月は京一の姿を見つけると、いつもの営業スマイルを浮かべてやあと手を挙げた。顔は笑って
いても、目は決して笑わないというアレである。
「龍麻、今日は帰ったぜ。何か用か?」
「ああ、では行き違いになってしまったか。頼まれていた物を今日渡す手筈だったのだが、急に
出掛けなければいけなくなってね。届けにきたんだ」
 用件が空振りに終わってしまったことが本当に残念だったらしく、戸惑いの色を浮かべた
骨董屋はしまったなと口の中でつぶやいている。行き違いの相手が京一だったら、良かったという
セリフに代わったに違いない。
「何だー龍麻君も水臭いなー、1人で行くなんて。一言言ってくれれば僕達一緒に行ったのに」
「俺達に気をつかわせるのが嫌だったんだろう。龍麻はそういう奴だ」
「神経がナイロンザイルぐらい太い小蒔君にはとうてい出来ない芸当だねぇ」
「きょ・う・い・ちっ!」
「……君たちの漫才をいつまでも見ている気はないんだ。申し訳ないがこれを龍麻君に渡して
もらえないか?」
 冷ややかにそれだけ言うと、如月はハガキ大の膨らんだ封筒を京一に差し出した。そしてその
まま立ち去ろうとして、ふと思いついたように振り返る。
「そういえば君たち三人という組み合わせは珍しいな。美里君と龍麻君のことで相談でもして
いたのかい?」
 流石は忍者の末裔と言おうか、三人は如月の観察眼(いや推理眼か?)に目を丸くした。
「さっ……すがは如月君! ねえ、ちょうどいいよ、如月君なら何かいい案を思いつくかも知れ
ないよ!」
 如月の目にかすかな興味の色が浮かんだ。もちろんそれを小蒔が見逃すはずが無い。
「いいアイディアがなくて困ってたんだ。手伝ってくれないかなぁ!」
「何のことだい?」
「龍麻と美里をデートさせたいんだと」
 と、ため息交じりに京一が言う。
「それも、不自然ではないようにな」
 醍醐はあまりこういった色恋沙汰が得意でないらしく、思いがけない救いの手にホッとして
いるようだ。
「ふむ…美里君は確か生徒会長だったね」
「そうだよ、今日も生徒会会議に行ってるよ」
「それなら、こういうのはどうだろう」
 数十分の後、会議を終えた美里が戻って来て見たもの、それは、先生を呼びに行こうか
119番しようか迷っているクラスメイトと、その輪の中で万歳をしながら涙を流して踊り狂う京一達
三人だった……。


「一応これで全部必要な物は書き出したと思うから」
「ええ、分かったわ」
 美里は小蒔からメモを受け取ると、カスミ草の図柄がプリントされた桜色の財布を取り出し、
丁寧にたたんでしまい込んだ。
「ワリいな、生徒会長に買い物頼んじまって」
 京一が頭をかく。
「いいのよ、皆学園祭の準備で忙しいのだもの。その分生徒会が動かなくちゃね」
「龍麻もすまんな。俺達も部の準備が有るもんで、なかなか体が空かなくてな」
「いや、気にするな」
 いつもながら龍麻の言葉にはあまり感情がこもっていない。それは別に仲間と距離を置いて
いる訳ではなく、人に気をつかわせたくない彼の癖なのだと長い付き合いで知っている四人である。
「じゃ、龍麻君行きましょうか」
「ああ」
「あ、龍麻ちょっと待てよ」
 龍麻が不思議そうに振り返る。
「ワリィけどさ、俺ピッチ壊しちまったみたいでさ、お前の貸してくんない?」
「いいよ」
 龍麻はポケットからPHSを出すと、京一に手渡した。購入の際店が付けてくれたそっけない
灰色のストラップを、律義にもそのまま付けているとこが龍麻らしい。
「わりーな。二、三日で返せると思う。使った電話代ぐらいは払うからさ」
「いや、いい」
「……電話が無いと不便だろう。僕のでよかったら貸すよ。一応所持しているだけで、僕自身
あまり使わないしね」
 いつの間にか京一の隣に如月が立っていた。笑顔で携帯電話を差し出している。
「じゃ借りとく」
 あっさり受け取り、まるでそれが最初から自分のものであったかのような動作でポケットに
しまい込むと、龍麻はスタスタと歩きだした。美里は訳が分からず如月の方を見たが、目で促され
龍麻の後を歩きだした。
「京一、ピッチ壊れてたっけ?」
「ま、いいからさ」
 京一は小蒔の問には答えず龍麻のPHSをポケットにしまった。
「しっかし如月よー、龍麻への愛想の十分の一でも俺達に分けようって気はねーのかよ」
「ない」
 きっぱり言い放って如月は歩きだした。「さっさと来ないと、二人を見失ってしまうぞ」
 小蒔が醍醐の袖をそっと引っ張った。
「如月君てさあ、あーみえて結構やじ馬タイプなんだね」
「アン子といいコンビになるかもしれんな」
 如月が足を止めてものすごい形相で振り返ったので、小蒔と醍醐はあわてて歩きだした。

 放課後という時間のために、街中は解放感いっぱいの学生たちであふれかえっている。
ギリギリ親に怒られない帰宅時間までどうやって目一杯遊ぶか、先に言った者が採用といわん
ばかりに叫びあっているものだから、クラクションやエンジン音などたやすくかき消されてしまう。
 もちろん真神学園の生徒達も、楽しそうに雑談しているグループがそこここで見受けられる。
その中で制服姿の龍麻と美里を尾行するのは難しそうだったが、如月のおかげで見失わずに
追うことが出来た。
「うーん、何かいい雰囲気ってカンジじゃないねー」
 小蒔が首をかしげる。周りのテンションに感化されてくれるかと少し期待を抱いていたのだが、
あの二人ときたら! マイペースにもほどがある。
「美里がいろいろと気をつかって話しかけてるが、龍麻は最低限の返事しかしていないようだな」
「あいつあんまり自分から話をふるようなタマじゃねーだろ。ああー何かマジで買い物だけして
家に直行、ってことになりそうだなー」
「それならそれでいいんじゃないか? お互いがそういう対象として意識していないということだろう」
 不満げなつぶやきをもらす三人に、如月は呆れ顔でそう言った。
「んー、まあそうなんだけどさー、何か期待しちまうんだよなー……おっ?」
 京一はあわてて物陰に隠れた。オーバーアクションで三人を手招きする。
「おいっマリア先生だ! 見つかると俺達のことが二人にバレちまうぞ!」
「げげっ」
 四人が物陰から伺っていると、マリアは二人を見つけて何か二言三言話しかけた後、何やら
意味ありげに微笑むと、あっさり手を振って立ち去って行った。
「……マリア先生、何か笑ってたね」
「デートだと思ったかな?」
「いつものメンバーじゃないものだから、君達のたくらみに気づいたんだ」
 三人は如月を振り返った。
「えっ何で分かるの?」
「お前、あの会話聞こえたのか! ひょっとしてあのニンニンってヤツか?」(古いぞ)
「京一、忍者ハットリ君のことかそれは」
「失礼な! 僕をあのぐるぐるほっぺと一緒にするな! 読唇術だ。唇の動きを読んだだけだ!」
「……如月君……」
 段々と自分達のペースに巻き込まれて行く如月を少し哀れに思う小蒔だった。


 彼らの苦労など知るはずもなく、美里と龍麻はメモを片手にデパート内をあちらこちらへ移動
していた。
「あとは紙コップね。雑貨コーナーに行ってみましょうか」
 無言で龍麻がうなずく。そのそっけなさにふと何かを思い出したのか、美里は困った顔になった。
多分、小蒔が相談されたというあの光景だろう。
「あの……龍麻君。ごめんなさい、無理につき合わせてしまって。もし良かったらここで休んで
いて。私、紙コップ探してくるから」
「いや、俺は……」
「あれー、龍麻さんと美里さんじゃないですかー!」
 家具展示コーナーのソファ後ろからのぞいていた四人がだぁっとコケて、店員や買い物客の
注目を集めたが、幸い二人には目撃されずに済んだ。
「ちょっとー、なんで諸羽君達がいるわけぇ?」
「うぉーっっさやかちゃん!!!」
「こらっ京一!」
 醍醐があわてて京一の襟首をつかんで引き留めた。行動が、まるでしつけのなっていない犬の
ようである。
「どうも舞園君の、雑誌か何かの撮影がこの近くであったらしいな。今は休憩時間で、この辺を
ウロウロしていたらしい。事情を話すのもめんどうだ。会わない方がいいな」
「うぅーさやかちゃーん……」
 人混みの中、苦労して会話を読んだ如月の言葉に、京一は未練がましく唇をとがらせた。念の
ためとまだ襟首はつかまれたままだ。
「くっそー諸羽の奴ーっっ。今度会ったら覚えてろよっっ」
「京一、それは逆恨みってモンだよ……」
 小蒔が今日十数回目のため息をつく。
 同じころ。霧島は何やら殺気めいた視線を背後に感じ、落ち着きなく辺りを見回していた。
「どうしたの、霧島君?」
 それを見とがめてさやかが不安げな表情になる。
「いや、なんでもないよ。じゃ龍麻さん、美里さん、もうすぐ撮影開始時間なんで」
「ああ」
「またね」
 ぺこりと頭を下げて霧島とさやかは人混みの中に姿を消した。





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