多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→冬きたりなば春遠からじ(「高遠遙一の回顧録」より)2-2




 昨夜日付が変わろうとする頃、構内を巡回していた警備員が明かりのついている研究室を不審に
思って覗こうとした。だが内部から掛け金式のカギがかかっていて応答はなく、しかしながら普通の
鍵は施錠されていないという事態だったため警備室に連絡を取った。警備室からその研究室使用者の
教授宅に問い合わせたが、吉田と名乗る学生からの連絡で出かけたきり、まだ帰宅していない旨を
受けて、家族に同意を取った上で警察へ通報した。
 到着した警官と共にカギを壊して室内へ踏み入った警備員が発見したのは、床に広がった血溜まりと
その真ん中に倒れている部屋の住人――教育学部・伊原明教授――、それと血の付いたナイフを
手に呆然としている吉田一郎だった。
 彼はその場で殺人の容疑者として逮捕された。そして救急車で運ばれた伊原は到着前に息を
引き取った。

「彼は『自分は今まで気を失っていた。ナイフはビックリして思わず抜いてしまっただけだ。もう刺さ
れていた』って言ってるんだって。でも、彼が人に喧嘩を売って――議論しているのは誰もがよく
見かけていたことだし、何より状況が状況でしょう? 難しいんじゃないかしら」
 佳代はそう言うとウェイトレスを呼び止めて紅茶のお代わりを頼んだ。明智の記憶が正しければ、
これで四杯目だ。そして数え間違いでなければここまでに彼女の胃に納まったケーキは十個ほど。
 隣に座っている絵里は、佳代が無理矢理頼んだケーキに手をつけるどころか膝に置いた手を
動かしてもいない。
「で、どうしてマスコミが押し寄せる騒ぎになってるんだい? 学生が教授を殺害したから? あの
騒ぎはちょっと異常だね」
「それが、さ……」
 あからさまに侮蔑の表情を浮かべた佳代を見ながら、死者の悪口を言うようだけど、と弘明が
口を開いた。
「殺された井原先生は、さ……その……」
「女には単位と引き換えにやらしいことしてんのよ。ああ、してたのよ、になるわけね。こう言っちゃ
不謹慎かもしれないけど、あの先生が死んで喜ぶ人間って結構多いわよ。私もその一人。レポート
提出に行った時お尻を触られて。それから絶対一人じゃ行かなくなったわ」
「成る程」
 口には出さなかったが、何となく吉田が乗り込んでいった理由がわかった。恐らくは絵里のことで
だろう。それで口論になり、ということを警察は過程として推測しているのだろう。
 昨日泣いていたのは……。
 うつむいている絵里をチラリと横目で見た。昨日絵里と出会ったのが確か六時。それから吉田と
会ったとしたら、恐らく彼はそんな絵里の様子を問いただしただろう。それで彼女を家に送りその
足で教授に連絡を入れ大学へ赴いたとすれば、大体の時間は合うのではないか。
 ……残念ながらここまで符合する仮説を、矛盾なしにひっくり返すことの方が難しそうだ。ましてや
ひっくり返すてこは、「吉田一郎は人を殺すような人間ではない」という主観でしかない。
 いくら明智でも状況として矛盾の無い事件の真犯人を作り出すことは出来ないのだ。出来るのは、
隠された真実があるとすればそれを日の下に引きずり出すことだけだ。
「山本さんは今まで事情聴取を?」
 彼女の肩がピクリと反応した。恐る恐る、といった表情で顔をあげると、
「はい。昨日最後に会った人間ということで。私、あの……」
「大体分かったよ。何か証拠とかは出したの?」
 絵里は軽く目を見張ったがうなずいて、
「手紙を何通かもらっていたので、それを……」
「何だよ、どういうことだよ?」
 会話の内容を理解できない弘明が口を尖らせる。
「バカ!」
「あ痛っ!」
 テーブルの下で向うずねを蹴り飛ばされでもしたのか、足を抱えてしかめ面になる。
「いいんです。私、伊原教授の授業が単位取れてなくて、それで希望の学科に行けないって言われて
……言うことを聞けば単位をやるって……」
「ご免、鈍くて」
 やっと察した弘明が素直に頭を下げた。
「まったくよ。やっぱり明智君彼氏になってよ。精神的に楽そうだわ」
「……で、僕の精神的なケアはどうしてくれるんだい?」
「失礼ね!」
 その様子が滑稽だったのか、絵里が手を口元に当てて吹き出した。
「あ、ごめんなさい」
「良かった」
「え?」
 絵里が明智を見上げた。
「まだ取り調べ中と勘違いされているのかと思ったよ」
「そんな……」
「ホントホント。とりあえずケーキ食べたら? 食べ放題に遠慮するなんてソンよ!」
「お前は胃に遠慮しろよ」
「五月蝿いわね!」
 ガツン、という音がしたのだが、明智がその発生源を探るまでもなく弘明が足を抱えてうめいた。
 絵里が笑い出した。目に溜まった涙を拭って、チーズケーキをフォークで切り分け始める。
「おなかがすいてたら悪い方にしか考えないものよ」
 佳代が言った。
「で、その状況に至るまでの話を聞かせてもらっていいかな」
 絵里はうなずいて、
「昨日明智さんに会った時実は、伊原教授に呼び出されてたんです。夜の十一時半に研究室へ
来るようにって」
「うっわ、魂胆ミエミエ。サイテーだな!」
 コーヒーに砂糖とミルクを入れながら弘明が言った。
「それで……その後吉田君に会って、事情を話したら自分が何とかするからって。家まで送って
もらったんですけど気になって眠れなくて……。深夜になっても連絡が無いのでずっと起きてました。
そうしたら明け方、警察から電話があって……」
「ねぇ、気になってたんだけど、吉田君って貴女の何? 何でそこまであなたの事を気にするの? 
明智君に食って掛かる態度とか」
「彼、幼馴染なんです。中学の頃私転校したんですけど、大学に入って思いがけず再会して。四人
兄弟の一番上だから、一人っ子の私のこと、何かと心配してくれるんです。お兄ちゃんみたいな
そんな感じ」
「あ、そう」
 なーんだ、と弘明がつぶやいた。
「ここまでで明智君。どう? 何とかなりそう?」
 佳代が矛先を向けてくる。
「そう言われてもね……。動機は十二分。中からカギがかかっていたというのはどう考えても状況と
して最悪だ。発見時のことと併せてもね。僕はやってもいない人を助けることなら何としてでもやりたいと
思うけど、黒を白と言いくるめることは出来ない」
「吉田君はそんな人じゃないです!」
「そうだね。僕もそう思う」
 明智は初めて正直な気持ちを口にした。
「でもどうだろう。さっきも言ったけど、人は実に思いがけないことをする。僕の……友人もそうだったよ。
人を殺せるような、そんな人間じゃなかった」
「……」
「そういえばさ」
 慌てて弘明が口をはさんだ。
「そのもらってた手紙ってどうなのかな、他にも被害遭った人ももらってたのかな。佳代、お前は?」
「だって私必修じゃないもの。単位合わせではあったけど、単位もらえようがもらえまいがどうでも良かった
から、向こうも諦めたんでしょ」
「あ、もらっていた人はいると思います。私の友達ももらってました」
「文面覚えてる?」
 明智は筆記用具を取り出して絵里に渡した。


     BACK           TOP            NEXT


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→冬きたりなば春遠からじ(「高遠遙一の回顧録」より)2-2