多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)1-2




<編集部注
 以下の内容は、平成×年一月×日(土曜日)から三月×日(土曜日)親日新聞
社会面において週一回掲載された小説を、編集・改訂したものです>


                          序


 本日よりこの面を担当することになりました、入社八年目の中田良夫です。ここでは、
真実を追い求めていく記者の立場を一旦横に置き、ドキュメントタッチで小説を紹介、
新たな表現に挑戦したいと思っています。分野違いのためお見苦しいとは思いますが、
暇つぶしとしてしばらくの間お付き合いをお願いします。


                         本文


 彼、豊田一珂(とよた いちか)が入り口に立った時既にもう、ロビーのソファは順番を
待つ人々で埋め尽くされていた。しかし彼は気にする風でもなくむしろ悠悠と歩を進め、
消毒液の匂いが立ち込める病院内へ足を踏み入れた。
 受付を素通りし、自信を持って廊下を歩く。
 全体的な顔立ちはどちらかというと目立たない部類に入るが、マスコミ関係の職に
就いているのか、常に情報を追い求めんとするその瞳だけは印象的だ。強い意志の光を
常にたたえている。例えすれ違った直後に人相を忘れたとしても、目だけは覚えて
いられるだろう。
 髪は短めだが襟首で適度にそろえられ、灰色のスーツもそれなりに金がかかって
いそうだ。
 不意に後ろから騒々しい足音がし、豊田は足を止めて振り返った。髪の毛が四方に
跳ねた、眉の太い少年が何やらものすごい形相で走ってくる。
 豊田が思わず壁にはりつくようにして避けたのも仕方のないことだろう。
「廊下は走らないで下さい!」
 通りかかった看護婦のヒステリックな叫び声。
「やれやれ……」
 少年が猛牛の勢いで通り過ぎた後、一人の男がため息をつきながらやってきた。
 これがまた、同じ人間だろうかというほどの。
 息を呑む美しさ、という言葉を男の外見に対して使用することが許されるなら。
今まさに豊田の前を通り過ぎんとする男はまさしくそれであった。
 すれ違う人を必ず振り返らせずにはおかない、細部のパーツまで計算されたかの
ような。
「失礼しました」
 彼は豊田に気づくと、優雅に一礼して通り過ぎた。高級な香水の香りが鼻をかす
める。恐らく彼の服装で金のかかっていないところはないに違いない。下世話な
言い方をすれば、だが。
 豊田は少しの間彼の後ろ姿を見送っていたが、やがて思い付いたように歩き出した。
事件の匂いを追い求める習性が働いたのであろうか。
「何だよオッサン! 運ばれたっていうから飛んで来たのに!」
「……私が説明しようとする前に飛び出して行ったのは君でしょう、金田一君」
「すみません、明智警視。わざわざお越しいただきまして」
 廊下で先ほどすれ違った二人――会話からするに、少年は金田一、美形の方は
明智ケイシというらしい?――とそれに、松葉杖をついて右足に包帯を巻いている無骨
そうな男が話をしていた。
「まったくですよ。かり時に逃げ出した一人を追跡して名誉の負傷ならともかく。その男が
運転する車が突っ込んできたのを避けようとして、溝にはまるなんて……。マスコミが
聞いたらいい笑い者ですよ、剣持君」
 松葉杖をついた男――剣持というらしい――は、真っ赤になって頭を掻いている。
「え、かりって何?」
 金田一が明智ケイシ――警視に聞いている。
「かりは警察用語で一斉検挙のことです。まあいろいろありましてね」
 明智はあいまいににごした。
 豊田は聞くとは無しに聞こえた会話を横目に通り過ぎようとしたが、つと足を止めて、
「失礼ですが」
と声をかけた。


     BACK           TOP            NEXT


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)1-2