多分花鳥風月→金田一、コナン的読み物ページ→小説置き場→金田一少年の事件簿 小説「七瀬美雪の意外な事件簿」
<読んで下さる方へお願い>
1.実際の事件・団体名などには一切関係ありません。
2.内容を考慮して明らかに「現実では成立しない」書き方をしている部分があります。その点はあらかじめご了承ください。
こんな作品ですが書き手は頑張って製作しています。無断転載、自分の作品と偽って公開等はやめて下さいね。
鼻歌交じりに足取りも軽く、うららかな日差しに照らされた道を歩く少女がひとり。
その名を七瀬美雪と言う。
春風が髪を軽く揺らして通り過ぎる。
多くの人が出入りしているデパートの入り口が見えてきて、心持ち歩みを速めた。誰かが踏んだのか、しずくが飛び散っている水溜りを注意してよけて、その入り口にたどり着く。洋服も靴も今日はちょっと気合を入れて選んだものだ。なぜなら、あいつと待ち合わせしてるから。
「さてと、一ちゃんは……」
美雪が見回すより早く、彼女の横を急ぎ足で数人通り過ぎていった。見れば警察官だ。キョロキョロと周囲を確認しているところからして、何か目的があってきたのに違いない。
入り口近くの陳列棚を見ていた客達もざわついている。
「ん? 七瀬君じゃないか」
声に振り向けば見慣れた顔があった。
「剣持さん。何かあったんですか」
ほっと胸をなでおろして美雪は尋ねた。
警察官らはその後も五、六人入ってきてあちこちへ足早に散っていった。
「いやあ、その……。引ったくり犯がここに逃げ込んだという情報があってね。たまたま近くで聞き込みをしていたものだからこっちへきたんだ。気になってな」
照れたように、管轄違いでも放っておけなくてな、と続ける。
剣持がたとえ非番であっても犯罪があればすぐに駆けつける性格であるのは、美雪もよく知っていた。幼馴染の一とはまた別の意味で頼りになる存在である。
「引ったくり、ですか……」
わかるはずもないのだが、一通り周囲を見回してみる。
休日のデパートだけあって、今は警察官の誘導で道を開けているものの、それなりに混雑している。この中から犯人を見つけ出せといわれても、すぐには不可能だろう。
「あ、そうだ、一ちゃんに……」
携帯電話を取り出してかけてみるが、電源を切ってでもいるのかつながらない。
そもそも、今日の待ち合わせ自体を覚えているかどうか、そこから昨日の時点で確認しておくべきだった。
「警部、被害者が到着しました」
警察官の一人が剣持に報告してきた。道を開けるように美雪が少し後ろへ下がると、白髪交じりの女性が女性警察官に支えられるようにして入ってきた。ひったくられた時に転んでケガでもしたようだ。
「容疑を強盗致傷に切り替えたほうがよさそうだな」
「そうですね」
デパートの店員が気を利かせて車椅子を持ってきた。被害者の女性が礼を言ってそれに座る。女性警察官と二言三言話している。
「犯人はやや小柄な人間で、青っぽいジャケットにジーパンだったそうです」
「それだけじゃ絞り込むのは時間がかかるな」
剣持がため息をつく。
「警部、先ほど二階の男子トイレからこれが」
「私のかばんです!」
剣持が答えるより早く、被害者が声をあげた。手を伸ばすのへ剣持は、
「すみませんが指紋を採取させてください。犯人の手がかりになりますので」
被害者はしぶしぶ、といった形で手を下ろした。
無線で警察官がなにやら指示をしている。おそらく、防犯カメラの映像や、二階にいる犯人に近い男性のリストアップを行っているのだろう。
美雪は特にすることもなく、やりとりを黙ってみていた。一なら間違いなく口を出していくだろうが、美雪には何も思い浮かぶことはない。
一階の客のうち、親子連れや高齢者など、明らかに犯人から除外される客達は少しずつ外に出されていっている。
男性客などは服装が違っていても、「着替えた可能性がある」ということで足止めされているようだ。
――そっか、目撃証言の服はあてにならないのか……。
そういえば一ちゃんが警察の特番を見ながら何か言っていたような気がする。刑事はターゲットを尾行する時、相手が服を着替えて逃げる可能性を考えて、足元を見ていると。服や髪型は角を曲がった隙に変えることが出来ても、靴なら……。
「靴!」
思わず美雪は叫んだ。客や警察官の視線が一気に自分へ集まる。
顔を赤らめながら美雪は、被害者の女性に「あの、靴は覚えていませんか?」と尋ねた。
女性はしっかりと美雪の目を見つめて、
「覚えていますとも。転ぶ寸前に靴が目に入ったんだから。赤い筋の入ったスニーカーでしたよ」
と言った。
剣持が急いで警察官らに指示を出す。そして笑顔で振り向いた。
「七瀬君、お手柄だぞ。金一封もんだ」
「いえ、大したことじゃないですから……」
そう謙遜したが、多少でも役に立てたのは嬉しかった。
それから三十分ほどかかったが、被害者の証言した、「赤い筋の入ったスニーカー」をはいた客が警察官に誘導されてやってきた。
ナップザックを抱えた、薄手のシャツにジーパンの男性。名前は有田信義。
ターバンを頭に巻き、ガムを噛んでいる茶髪の男性、佐古田実と、カットソーとジーパン姿で件のスニーカーをはいた茶髪男性、吉井あきら。
外国人タレントがプリントされたTシャツにジーパンといういでたちに、スニーカーを素足ではいている女性、竹田育子と、タンクトップにスリムジーンズの男性、小田芳郎。
「思ったより絞れたな」
「最近はやりの靴を履いている客の方が多くて。むしろスニーカーが少なかったですね」
美雪もCMや雑誌で見たことがあった。低価格で履きやすく、服装を選ばないその靴は大人にも子供にも大人気で、学校にまでそれを履いてくる生徒もおり、教師から先日「指定の靴をはくように」というプリントが配られたばかりだった。
「皆さん、申し訳ありませんが今しばらく事情聴取にお付き合いください」
剣持が三組の客に声をかけた。
「これから映画見ようと思ってたのに」
「三階のレストラン予約してんだけど」
それぞれ不満の声があがる。
「この中の人間に見覚えはありませんか」
被害者に警察官が話しかけているが、車椅子に座った女性は首をかしげた。
「後姿しか見ていませんので、ちょっとわかりませんねぇ」
剣持に別の警察官が「かばんの指紋、採取できました」と報告してくる。
「任意で指紋をとらせてもらえればいいんだが、最近はいろいろとうるさいからなぁ……」
なにか決定打があればいいんだが、と剣持がつぶやく。
美雪はウロウロと彼らの後ろを行ったりきたりしていた。
犯人以外の人間を警視庁へ連れて行くわけにもいかないため、デパートのこの片隅は一時的に封鎖された形になり、警察官が道行く客に「ここから入らないで下さい」と声をかけている。
「何か、犯人が違いそうなところ……」
美雪は被害者の後ろからそっと、三組の客を観察してみた。
キョロキョロと落ち着きなさそうに剣持や警察官らを見て、身振り手振りで自分の行動を話している有田。額には汗がびっしり浮かんでいる。
逆に、小ばかにしたようにニヤニヤとした口調で話しているのは佐古田。話しかけられて言葉少なにうなずいている吉井。
竹田と小田は二人で「こうだったよね」「ああ、それで」とお互いに思い出すようにして普通に話している。
スニーカーを見てみれば、白に赤の筋という特徴はあっているが、有田や吉井は長くはいているのか、ところどころ汚れている。竹田のそれは、女性らしく手入れされてはいるがつま先の部分が汚れていた。キュッキュッと音がするのはその汚れが水でもこぼしたのか、ぬれているためらしかった。
「七瀬君は何か見てないか」
急に剣持から話しかけられて、美雪はハッと顔を上げた。
「え、私ですか?」
「ああ、引ったくり犯は君のすぐ前に入ってきたらしいんだ。防犯カメラの映像をチェックしたら、犯人が走って入ってきて、こう」
と、剣持は入り口横の階段を示した。
「階段を上がっていき、そこでカメラの映像範囲から外れた。そのすぐ後に君が入ってきたんだ」
「そうですか……」
美雪はあごに手をあて、自分が入ってきた時のことを出来るだけ正確に思い出すようにしてみた。
剣持がその様子を黙って見つめている。
時計を見て時間を確認して、それからデパートが見えてきて……。
あっ、と美雪は小さく声を漏らした。
そして三組の客の前に立った。
その隣に剣持が立つ。
「この人、だと思います」
その指はまっすぐ竹田をさしていた。
背筋に氷でも入れられたかのように、さあと竹田が青ざめた。
小田があわてたように前へ出て「君は何の権限があって彼女を犯人扱いするんだ!」と怒鳴った。
美雪は静かに、
「私は偶然ひったくり犯人のすぐ後にデパートへ入りました。その時に、誰かがうっかり踏んでしまったらしい水溜りを見ているんです。まだはねたところが乾いていませんでしたから、おそらく私の前に通った人が、あわてるあまりに水溜りを踏んでしまったんでしょう」
「防犯カメラの映像でも、犯人の靴はぬれています」
デパートの協力を得たのだろう、犯人が入り口に走りこんできた時の写真がプリントアウトされている。それを警察官が剣持に渡した。
「見れば竹田さんの靴はぬれています。――ひったくり犯人は多分ここで仲間の人と落ち合う手はずになっていたんでしょう。一人なら疑われても、友達と一緒にいたと、偽のアリバイ証言をしてもらえば疑われないですからね。ひったくり犯人が男性か女性かなんて、判断材料になりません」
二人は黙っている。が、竹田がぬれた左足の方を、反射的に後ろへ隠すようにしたのを見れば、誰が犯人かは一目瞭然だった。
「警視庁まで、同行願えますかな」
剣持が二人を見据えて言った。警察官らが有田らを誘導して別の場所に連れて行く。
竹田と小田の横に警察官が立った。
「捕まってたまるかよ!」
ビユッと空を切る音がして、警察官が手を押さえてよろよろと後ずさった。小田が、取り出したナイフを右腰あたりに構えていた。その大きな刃先からは血が一筋流れている。
「下がれ!」
剣持が怒鳴った。
一瞬注意がそれた。
その隙を逃さず小田はまっすぐ走ってきた。
美雪をめがけて。
「きゃあ!」
思わず頭を抱え込むようにして目を閉じる。
その時強い力が肩を掴み、後ろへ引かれた。誰かの力強い腕が自分を包み込んだのがわかった。
「美雪に何しやがる!」
知っている、声だった。
「うわぁぁぁ!」
どすん、という音にこわごわ目を開けてみれば、剣持の見事な背負い投げが決まったところだった。床にナイフが転がり、小田は低くうめいて気絶した。
「連れて行け!」
両側から手を押さえられている竹田と、手錠をかけられた小田が、気絶したまま連行されていく。
美雪の頭の上から大きなため息が聞こえて、美雪は今の状況を思い出して顔をあげた。
「っぶねーな! お前、刺されてたらどうするつもりだったんだ!」
一が自分を見下ろしていた。
その言葉に、一瞬前までの恐怖がよみがえり、みるみるうちに美雪の目に涙があふれた。
「ちょっ……! お、俺はそんなに強く言ったつもりは……!」
「ばかぁ! 一ちゃんが待ち合わせの時間に来てないから……! 怖かったのに!」
「……ごめん。目覚ましがいつの間にか止まってて……携帯の充電も切れてて連絡とれなかった。悪かったよ……」
自分の胸に顔をうずめて泣く美雪に、困ったように一は視線をさまよわせた。両手は、美雪の背中付近でどうしたものかとウロウロしている。
ゴホンコボンとわざとらしく剣持が咳払いをしたが、しばらく美雪の涙は止まりそうになかった。
「お、おい、まだ買うのかよ……」
「だってこれ前から欲しかったんだもん! ほら、一ちゃんに似合うって思って……」
言いながら赤くなっている。
一がアクセサリーとか服に興味がないのはわかっていたから、これならつけてくれるかもと、前からネットでチェックしていたもの。
会計を済ませてきたそれを袋から取り出して、紙袋をいくつか持ってくれている一に見せた。
「携帯ストラップかよ」
あまり興味なさそうに受け取った一は、それでも携帯を取り出して器用にそれを取り付けていく。
「ふーん、まあいいんじゃねーの」
ちょっと持ち上げてそれを見て、一はポケットに携帯をしまった。だが、美雪は一瞬だったけれども、一が笑みをこぼすのを見ていた。
「じゃ、そろそろ夕方になるし帰ろうか、一ちゃん」
「俺腹減ったなぁー。美雪ー、なんかおごれよ。買い物に付き合ってやったんだからさ」
「いろいろ買ったからもうお金ありませんー」
べぇ、と舌を出して美雪は歩き始めた。
まじかよ、と文句をいいつつそれでも一は仕方なさそうについて歩き出した。
一にプレゼントした、知恵の輪をモチーフにしたストラップ。
それは、バッグの中で美雪の携帯にもしっかりとつけられていた。
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