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第五章 死神の矢
静まり返った屋敷の中に、呼出し音が響く。数度鳴らしてみたが家人が起きてくる気配はない。
「鍵は持ってないのですか」
誠と美恵に尋ねたが、首を横に振った。政和達は病院に行っている。鍵を取りに行ったとしても、
戻るまで二時間はかかる。
この中で何か起きているのだとしたら、待ってはいられない。
「しゃーない! 何もなかったら後で謝りゃ済むことや!」
気合とともに服部がガラス戸に蹴りを叩き込んだ。
割れたところから手を突っ込み、鍵を開ける。
「行くで!」
軽く靴を振ってガラスを払い落とすと、気にした風もなく中へ入る。実に素早い動作だった。
誠達はあっけにとられている。
「貴方達はここにいて下さい。誰か、中から出てこないか、注意していて下さい。頼みますよ!」
「美恵さん、良江さんの部屋、案内して下さい!」
コナンが美恵を引っ張るのが見えた。
素早く一階を見回ってきたらしい服部が、「一階は、何も変わったことはあらへん!」と叫んだ。
一が「二階に行ってみよう」と階段を指差す。
美恵を先に行かせて明智達はその後に続いた。
嫌な胸騒ぎがじわじわと全身に広がる。あらゆる仮説を立てた上で導き出される解答ではなく、
落雷のごとく浮かぶ考え。
先に解答が閃いて、そこに至るプロセスを説明できなかったが故に、幼少の頃は数学が出来なかった、
と言われている物理学者アインシュタインのように。
人はそれを第六感、と呼ぶ。
「ここです!」
長い廊下の突き当たりを指差して美恵が叫んだ。建物の外観に反して洋風にしつらえられたドアは
重く閉ざされていた。
「良江さん、起きておられますか!」
取っ手を握って開けようと試みるが、鍵がかかっているらしく開く様子がない。
「他の部屋にも、誰もおらんで」
「あとはここだけか」
何を思ったのかコナンが、廊下の窓に飛びついてガラリと開けると、
「誰か! ここの部屋の明かりついてますか!」
「いいえ!」
誠の声がした。「カーテンが引かれているので良く分かりませんが、多分ついてないです」
仕方がない。
こじ開けるか、とドアを見やった時、
「ええい、イラつくわ!」
服部が先に体当たりしていた。
「金田一、二人で行くで!」
「おう」
安直なテレビドラマや映画では、大抵何度かぶつかればドアは開くようになっている。だが、
実際はそうそう簡単に開くものではない。
数度ぶつかってもドアはびくともしない。
「あっつー」
肩を押さえて一がしかめ面をしている。
「ちょっとは頭使えよ」
姿が見えないと思ったら、コナンがシューズを手にして戻ってきた。しゃがみこんで目盛りを調節している。
「下がって」
どうやらドアを蹴破るつもりらしい。
これで良江がどこかへ出かけていたのであれば大問題だな、という考えが頭をかすめたが、この際
無視することにした。
ドンッ、と破裂音がしてドアと壁に穴が空いた。
「蝶番側を外したから、鍵の証拠は残るぜ」
扉は右下部分、ちょうど全体の四分の一ほどを抉り取られている。
飛び込んで見当をつけて電灯のスイッチを入れると――。
「あっ!」
駆け寄るまでもなく、良江が絶命しているのは見て取れた。
ベッドの上で目を見開き、苦悶の表情を浮かべた顔がこちらを向いていた。胸をかきむしるかのように
右手は寝間着を握り締めている。
「美恵さん、警察を!」
「はい!」
そう指示してコナンは最後に飛び込んできた。
「死因は?」
「まだ分かりません」
ふとんは胸の辺りまで押し下げられていた。枕は頭の下からずれ、寝間着も少し乱れていることから
考えると、絶命まで少し間があり、苦しんだのではないかと思われた。
ただ、誰かと争ったような形跡はない。
「窓には鍵がかかってる」
「こっちも、ドアの方の鍵、かかっとるでぇ」
「君達は、死体に触らないでいて下さいよ」
明智は手袋を取り出してはめた。
右手はかなり強い力がこもっていたらしく、死後硬直が顕著だ。他の部位にあまり硬直が見られない
ことから考えて、強硬性死体硬直だろう。これは無視していい。
「死後四〜五時間前後というところですか」
ベッドの向かい側に回ったコナンが聞いてきた。
「そうでしょう。硬直が手足や首、あごに出ている程度ですからね。死斑も見ます」
「手伝うわ。俺も手袋持ってるし」
服部とでタイミングを合わせて、コナンが覗き込める程度に体を持ち上げた。あまり動かすと死斑が
移動してしまう。
ハンカチで指を覆って、指紋をつけないようにコナンは何ヶ所か触っていたようだったが、
「いいよ、下ろして」
「あれで分かるのか?」
その様子を眺めていた一が感心したように言う。
「一応ね」
「どうでしたか」
「濃い紫色で、圧迫したところが薄くなる。それほど多くないが移動性もあるようだし、詳しいことは
警察に調べてもらった方がいいけど、多分死後四〜五時間ぐらい。八時前後が死亡時刻だろう。
色からして急死じゃないかな」
その途端、がさりと音がして良江の体から何かがベッドに滑り落ちた。拾い上げるとすっかり冷め
切って固まっている。
「……カイロですね」
「そーいやこの部屋、かなり寒いもんなぁ」
思い出したように一が身震いした。
頭の中で図面を起こせば、この部屋は山側に位置し、そのせいで太陽光も当たらないはずだ。
今日のように冷え込む夜は、カイロを使用しても何らおかしくはない。
右手を少しずらして胸の辺りを観察すると、それによって出来たと思われる低温やけどの跡が
有った。
「あちゃあ、カイロがあるんやったら死亡推定時刻がずれるなぁ。なンもナシで八時やから……」
「これを考慮して考えると、大体十時前後に死亡したと思われますね」
「外傷はないし、状況からして心臓麻痺かな、こりゃ」
「さあ。一応可能性として考えておきましょう」
三人を促して部屋を出ると、誰かが侵入することのないよう、服部とコナンにここへ残ってもらう
ことにした。
「ではちょっと説明してきますので、後を宜しく」
「ああ」
「まかしとき」
玄関へ戻る足取りは重い。
死の形態に関わらず、それを告げることで、家族や関係者はその突然の別れに驚き戸惑う。
刑事であることにやりきれなさを覚える瞬間。
自分達の場合は部署上、殺人であることが多く、ともすればそれを犯人への怒りに変えることも
出来るのだが。
「明智さん」
「何ですか」
一が思いつめたように顔を上げた。いつものように、何か言う度ムキになって突っかかってくる態度は
かけらもない。
「あと何人死ぬんだろうか」
「……」
明智は立ち止まってちょっと考えた後、
「ここから先は絶対に譲りませんよ」
と言った。
悪夢のような夜が明けた。
朝もやの中、山々の間から射し込む朝日は、こんな状況でなければきっと申し分なく素晴らしいに
違いなかった。
「服部、メシどうするかって」
振り向くとコナンが立っている。
「んー、なんや食う気せんわ。いらんてゆーといて」
「そうだろうと思って断っておいた」
「そら気のきくことで」
服部は散歩がてら公民館へ来ていた。狙撃事件だというので、立ち入り禁止を示す島根県警の
黄色いテープがここにも張り巡らされている。
「俺らが疫病神、呼び込んだようなもんかいな……」
あの手紙を見せたことが発端だとしたら。
途端に足を蹴っ飛ばされて、服部は飛び上がった。
「いってー! 何すんねや!」
「下らないことを考えてるからだ」
ふん、と鼻を鳴らしてコナンは、
「俺達がいなかったら犯罪が隠匿されてたかも知れないんだぞ。政史君の事件が殺人だったって事、
忘れたんじゃねーだろうな」
「……せや」
検死制度のない地域では、犯罪性がないと判断されたものは司法解剖が行われない。
政世達の事故を考えれば、不運な事故の偶発と片づけられていたかもしれないのだ。
良江の死因は、駆けつけてきた警察の調査により心臓麻痺と断定された。
死亡推定時刻も、明智とほぼ同じ、十時頃。つまり誰にも知られることなくひっそりと死んでいったことに
なる。
寂しい死に方やなぁ。
あまり言葉を交わしてはいなかったが、それでも知っている人間が死ぬのは嫌なものだ。
「なあ工藤」
「何だよ」
長い長い坂を登りながら、昨日ここを駆け上がったのがずいぶん昔のようだ、と思った。
「結局あの手紙とキッドのカード、何が言いたかったんやろな」
「カードの方は、何となく分かるぜ」
ポケットからコピーした紙を取り出すと、
「芽の輪ってのは目に見えない疫神を覗ける、唯一の道具。だから、そこにいるのに気がつかないという
ことじゃないかと思う。マリオネットってのは分かんねーけど」
「犯人が、すぐそこにおる……。視点を変えれば見えるっちゅーことやろか」
「恐らくな」
田川家に上っていく私道の下まで戻ってくると、明智と金田一の姿が目に入った。
「政和さん達はあと数時間したら戻られるそうです。政江さんも一緒だそうですよ」
「美恵さんと誠さんは?」
「ああ、良江さんの代わりにいろいろやんなきゃなんねーらしくてさ、朝からバタバタしてる。邪魔する
のも悪いんで、さっさと出てきた」
「それはええけど……」
まさか道路で推理をするわけにもいかない。
「少し歩けば、この先に開けたところがあったはずですから、そこで話をしましょう」
公民館へ行く方向とは反対の、数日前自分達がやってきた方。
そちらを指差して明智が言った。ここよりはマシか、とぞろぞろ歩き出す。
開けたところ、というのはまあ平たく言えば車がすれ違えるように設けられた、路側帯もどきの
場所だった。路肩と言った方が正しい。
「とりあえず、一連の事件を整理することにしましょう」
山側のコンクリート壁によりかかって明智が口を開いた。
「明らかに殺人及び未遂と言えるものが二件、事故が一件、病死が一件」
コナンが指を折って数えていく。
「そんで、最後の事件を除けば、明智さんの指摘した通り……えーと、天然繊維の」
「善意の第三者」
すかさず明智が訂正する。
「わーってるよ! 善意の第三者が存在している」
「不自然やなぁ。っちゅーか、この事件には自然なところがひとつもない」
「同感ですよ」
明智はうなずいて、
「政江さんの事件からいきましょう。疑問に思う点を挙げてみて下さい」