多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる3-2


「赤外線スコープか。こりゃまいったね。逃げる姿が丸見えだ」
 おまけに、銃器売買もここで行っていたと見えて、隠してあった銃に持ち替えて攻撃して
きているようだ。
 間一髪社が帰宅する前に細工しておいた天井裏へ逃れたものの、窓ガラスを
ぶちやぶる気でいた月乃は、防弾用の強化ガラスと知って天を仰いだ。階下では激しい
発砲音とそれに続いて物の壊れる音が響き、耳がおかしくなりそうだ。
「おいおい、どこのハードボイルドだよ」
 どんな都市でも市外の一軒家となれば、辺りに人気はない。よって銃撃戦を聞き付けて
誰かが駆けつけてくるというプラス思考の希望は持たない方がいいだろう。
「やっぱ警察屋さんを呼ぶかなー」
 えいや、と別の部屋に降り立つ。どこからか男達が探しているらしい音が聞こえてくる。  
 ピーンポーン。
 インターホンが鳴った。
「今晩わー、あのー、社さんいますかー」
 あのバカ! よりにもよって死んだはずの人間と鉢合わせしたら、宮小路家のことがTPCに
バレてしまうではないか!
 迷っている暇はない。月乃はドアを開け廊下に飛び出した。とたんに一人と出くわした。
銃を構えて男が鋭く叫んだ。
「動くな!」
「断る!」
 月乃は構わず突進した。予想外の答えに一瞬男の反応が遅れる。見事な跳躍力で頭上を
飛び越えると、かかとで男の後頭部を蹴り倒した。そのまま振り返らずに玄関へ急ぐ。
「待て!」
 ドアに手をかけたところで発砲音とともに月乃の耳を何かがかすめた。弾丸だろう。
「ドアの前からどいてろ!」
 叫んで鉄板仕込みの靴で力任せに蹴飛ばすと、ドアはメリメリと音を立てて倒れた。
「あ、月――」
 口をふさいでわきにかかえると、月乃は林に向かって走りだした。
「隼人と待ってろと言っただろうが!」
「だってー、急に明かりが消えたからー」
「ボケ! カス! ラッパ!」
「らっぱ?」
 枝が体をかすめていく。隼人が駆けつけるまでどれくらいだろうか。彼のことだ、もう手は
回しているはずだ。
 夜の森は想像以上に暗く、木々が行く手をふさいだ。そして、追われているという焦りが
少なからず月乃をせきたてた。
「月乃ー、それでうまくいったのー?」
 茂みを見つけてそこに身を隠すと、月乃は荒く息をついた。
「社は射殺されて、殺し屋が――おそらくTPCのヤツらだろうな、追ってくる。この状況を
うまくいったと言うならな」
「そう」
 雪夜はひざを抱えて空を見上げると、
「ごめんね」
と言った。「月乃、これからはさ、自分のしたいようにしなよ」
「何言って――」
「俺のせいで迷惑かけちゃったね。俺さ……」
 ハッと雪夜が顔を上げた。そして普段の彼からは想像もつかない早さで月乃をかばった。 
 夜空に響く銃声。
 月乃は、ぼうぜんとそれを眺めていた。
「雪……夜……?」
 彼の上から力無く雪夜が崩れ落ちる。反射的に受け止めた両手は、紅の血で染まっていた。
「おい、もう一人いやがった」
 ガサガサと茂みをかき分ける音と、近づく男達の声。
 ゆらり、と月乃は立ち上がった。雲からのぞいた月が照らし出した姿は、もう「月乃」でも「怪盗」
でもあり得なかった。
「貴様ら……殺すぞ」
 男達が銃を構えなおすよりも早く、月乃は跳んだ。鈍い音がして男が肩を押さえてうずくまる。
素早く身を沈めて後方の男の足を払うと、銃を蹴り飛ばし、手で体を支え、振り向こうとした最後の
男の顔面へ蹴りをたたき込む。そして倒れている男の脇腹へ鋭い一撃をくれた。手加減なしの、
間違いなく重傷クラス。
「寝るにゃまだ早いぜ」
 肩を押さえてうめく男の胸倉を掴み上げた時、誰かがすがりついてきた。
 ハッと振り返り、男を殴り倒し失神させると、月乃は雪夜を抱え上げた。
「雪夜、大丈夫か!」
「あはは、体はなかったの忘れてたー。衝撃はものすごかったけど、多分死なないのだー」
「……そりゃそうだな」
 コートのポケットからハンカチを出すと、血の流れているところにきつく巻いてやる。
「元は紙だっての忘れてた。あんまり驚かせるなよ。――手当こんなんでいいのかな」
「うーん、わかんなーい」
「さて、ここから脱出するか。もう少し発見しやすいところに行かねーと、隼人も見つけ
らんねーだろ」
「そうだね」
 ほこりをはたいて先に立ち上がった月乃が歩きだした瞬間だった。不意に足元の感覚が
消えたのである。
「げっ!」
 とっさにそこらの草を掴む。暗闇で気づかなかったが、崖になっていたらしい。
「月乃!」
 雪夜が月乃の手を掴む。
「よせ! お前まで落ちる!」
「やだ!」
 ずるずると月乃の体が闇へ引き込まれる。雪夜は一生懸命引っ張った。左肩からまた
血が流れ出した。このままでは、いくら体がないといってもよくないことになるだろう。
「バカ、放せって!」
 必死に手をつかみながら雪夜はかぶりを振る。
「ダメだ! お前には無理だ!」
 その手を振りほどこうとするが、体勢のせいもあってうまく行かない。空いた手でつかんでいる
草も根の切れる音とともに抜けた。地面をつかむがその片端から崩れては、体を支えることは
到底無理だ。
――やべぇ、落ちる。
「雪夜! 離せ!」
「やだ! やだよぅ……」
 とうとう雪夜が泣き出した。「だって、――だって俺はお前の兄貴だもん!」
「――」
 月乃は、フッと微笑んだ。そして、決めた。
「ま、あの世で一家再会ってのも悪かないな」 
 小さくつぶやいて、崖をつかんでいた左手を放すと右手でグッと雪夜の手を握り締め、力いっぱい
壁面を蹴った。
 二人の姿が宙に舞った。
「隼人、怒るかなぁ」
 ぽそりとつぶやきが重なった。
「――誰が、何ですか」
 瞬間、ふわりと浮き上がる感じがして二人は、何か毛に覆われた、大きなものの背中にいる
ことを知った。
「こりゃ式神だな」
 月乃が苦笑した時やっと、上空からヘリの音が聞こえてきた。
「隼人の野郎、あとで文句言っとかねーとしょーがねーな」
「危機一髪で助かったクセに何言ってるんです」
 鳥の形をした式神が隼人の声でそう言った。
「あんた達がウロウロと移動するから、どうにも出来なかったんじゃないですか! いくら市外でも
ヘリでウロウロしてたら怪しまれますよ!」
「わかったわかった。ヘリへ移動するぞ」
「はい」
 そして数時間後、無事彼らは帰宅した。


「……月乃」
 疲れ果ててベッドに倒れこんだ月乃は、睡魔と戦いながらどうにか身を起こした。
 雪乃は隼人の作ってくれたレモネードを一口飲んで、
「大変だったね」
「誰のせいだよ」
 隼人がコーヒーカップの乗った盆を持って入ってきた。
 雪乃はしばらく思案しているようだったがやがて口を開いた。
「俺さ、父さん達が死んでから、月乃は月乃で一生懸命頑張って生きてきたの気づいてたんだ」
「……?」
「俺さー、この前月乃に言われた通り、探偵やってても全然ダメだし、月乃が呆れてるのも
分かってた。でも――」
「雪夜?」
 何を言い出すのか、という顔で月乃は起き上がった。ガラスの小さなテーブルに、黙って
隼人がカップを置く。
「月乃は強いから大丈夫だよね。隼人もいるし……」
「雪……」
「俺、もう行かなきゃ。――あと八十年くらいしたらまた会えるよね」
「雪夜!」
 雪夜は飲み干したグラスをコトン、とテーブルに置くと立ち上がった。ふと気づけば、その
輪郭がどんどんぼやけ出している。
「何……だよ、ずっといられるんじゃなかったのかよ! だから俺は――!」
「隼人、月乃を頼むね。月乃、」
 雪夜は困ったように微笑むと、
「いつまでも弱い人の味方でいなよ」
 その体が透き通り、完全に消えてなくなるまで月乃は呆然としていた。
 ゆっくりと、肩の裂けた形代が落ちて来た。月乃はそれを強く握りしめた。
「……何だよ、こんなのってあるか……? 俺……俺は、これから何のために生きて
いけば――!」
「月乃様」
 静かに隼人が月乃を抱き寄せた。
「随分前に雪夜様の命は尽きていました。それが、事件を解決するだけでもこちらに
止まられたのは――きっとあなたを思ってのことでしょう」
 月乃はただ、隼人の胸で号泣し続けた。


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