多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!4-2


「えーと、確かこの辺だったよなー」
 志保が新宿に行きつけの店を持っているのは知っていた。アルタ近くと言われて
ピンときたのはいいのだが、どこだったか思い出せない。
 ウロウロと回って運転手を困らせたあげく多分この辺、と降りてみたが、家族一
寒がりな志保が外で待っているはずもない。仕方なく、窓からそれらしい店の中を
のぞいて歩いてみた。
「……総理、おやめください」
 大介が言った。「私が見ますから」
「んー、でもこの辺なんだよねー」
「おい、何か用か」
 覗いた店の一つから男が数人出て来た。チーマーなどと呼ばれていると、雑誌で
見たことがある。そう思っていたら大下があわてて圭の前に立ち塞がった。見えなく
なったので脇から覗いたら「危ないだろうが!」と怒られた。
「おや、早かったね」
 すぐ後ろから志保が出て来た。
「志保姉ちゃん!」
「おい、ウチの弟の顔ぐらい覚えとけよ」
 先頭の男を押しのけてにらみつけた。それはもう、ライオンだって反省するんじゃないかと
思うすごみ方だ。
「す、すいません」
 男達の態度がガラリと変わって頭を下げ始める。圭にも「失礼しました」と謝ってきた。
大下が感心したように口笛を吹く。
「姐御だね!」
「ちょっと大下さん、オヤジ臭いよ」
「オヤジ……」
 大下ががっくり肩を落とした。地面にしゃがみこんで「の」の字を書き始める。が、誰も
相手にしていなかった。
「志保」
 派手な色をしたドアを開けて女性が出て来た。圭の後ろで大介が「うわ……」と
つぶやいたほど、店に負けない派手ななりをしている。
「メグ、長居して悪かったね」
「いいさ。それより、こっちが噂の総理?」
 軽く頭を下げると、
「中の連中がさ、一目見たいって。ちょっとでいいから顔見せてやってくんない?」
「いいよ」
 勝手に志保が返事した。あわてる大下を無視し、圭をチラリと見てうなずいた。
「あ、あの、こんばんわ」
 恐る恐るのぞくと、原色に彩られた店内を埋め尽くしている連中に、一斉に注目され
思わず後ずさってしまった。
「あたしの弟で、現総理。よろしくな」
 志保の言葉に歓声が沸き起こった。何がそんなに盛り上がるのか、飛び上がって
手を叩く者もいる。
「さ、これくらいにしませんと」
 後ろで大介の声が聞こえた。彼らしくない、つっけんどんな言い方だ。
「あ、そうだ! これやるよ!」
 一瞬観葉植物が動き出したのかと思ったら、緑色の頭をしたひょろ長い男だった。
髪の毛を房ごとにまとめて、四方八方へ突き出しているから葉のように見えたらしい。
血管の浮かんだ手に人形が握られている。フランス人形だ。細工が細かくて上等な
ものだと一目で分かる。
「ダチの取引先が倒産したとかでよ、代金現物支給なんてふざけたことぬかしやがった
から、ちいとおどらしてやったんだけどさ、これ結構高いモンらしいからやるよ。部屋に
でも飾ってくんねーかな」
「えっと……」
「いーんだよ。家にもゴロゴロしてるって言ってたよな?」
「ああ。欲しけりゃ遠慮なく言ってくれ。こーんなでけぇ箱で十箱もよこしやがって困ってん
だよ。まーだ会社の方にもあるんだとさ」
 志保が圭の手を取って無理矢理受け取らせた。
「ありがとうございます。部屋に置いときます」
「男の部屋に人形……」
 大下のつぶやきが聞こえた。
「いいじゃねーか。総理大臣の部屋にあたしら庶民からのプレゼントが置いてもらえる。
美学だねぇ」
 メグが大きくうなずいた。耳に付けられたゴールドの大きな輪がゆれて、落ちるのでは
ないかと圭ははらはらして見ていた。
「これくらいなら贈賄にもならないでしょう」
 大介はあきらめたようだ。圭からすれば、政治に携わる人間の方が理解出来ない。
緑頭の男は親切で物をくれたのだから、受け取らない方が失礼だ。
「さって、オメーらも早く帰れよ」
「おーう、志保、受験頑張れよ」
「ああ。受かったら飲み会な」
 車に乗り込んで志保は軽く伸びをした後、
「昨日のヤツ、原因は分かったのかい?」
「いえ、不明です」
 手の中の人形は大きな割りに軽く、結構手触りがいい。足の裏にマークが入っている
のを見つけ、読もうとしたが車内灯では全然読めない。なんとなく、会社のロゴマーク
らしいことは分かった。なかなかおしゃれでかっこいいデザインだ。
「――ちょっと」
「いたたたた」
 人形を眺めまわしていたら急に頬を引っ張られた。どこまでも引っ張られるので
そのままにしておくわけにもいかず、合わせて上体も動かす形になる。
「あんたね、嬉しそうにしないの。まったく、女ばかりの中で育つとろくなことにならないねぇ」
「だって、人形」
「だってじゃない」
 志保はコートのポケットから煙草を出してくわえ、大介と大下の視線に気づいたのか、
肩をすくめてしまい込んだ。
「また同じことが起きた場合に備えて、体勢は整ってんの?」
「総理に指示をいただきましたから」
「こいつが」
 驚いた顔で志保がこちらを見た。「ふーん、トロくさくても総理やれんのねぇ」
「僕お寿司じゃないもん」
「そうじゃないんだよ」
 向き合って座っている大下が笑い出した。
 大介は相変わらず不機嫌そうだ。何が原因なのか、圭には分からない。
 ほどなく車は公邸内にすべりこんだ。竹本による本日最後の記者会見の時間が迫って
いるせいだろう、夜目にも官邸内へ入って行く記者達がざわついているのが分かった。
「会見の報告は翌朝聞きましょう。本日はお休み下さい」
 私室の前まで来て大介はそう言うと、「失礼します」と頭を下げて歩き去った。
「圭、あの人達はね、あんたよりも早く起きて遅く寝るんだよ」
「?」
「あんたに総理らしくしろとは言わない。でも、自分が正しいと思ったことは投げ出さず、
きちっとやりな。それがあの人達への誠意ってもんだ」
「それ、大介さんにも言われた」
 志保がくすくすと笑った。それからふと思いついたように、
「あんた、人形抱いてるの似合ってるわ」
と言った。


「総理は?」
 ドアによりかかって尋ねると、受話器を手で押さえて吉田が振り返った。多分相手は
大蔵省だろう。こんな時間だというのに。大蔵省が「徹夜の激務は当たり前」と言うのも
案外本当なのかもしれない。
「家族の方を迎えに行かれました。間もなくお戻りかと」
「ふーん」
「何か御用ですか」
 パソコン画面から顔をこちらに向けて今田が言った。もう少し明るい色を着れば、二十代と
若く見られるだろうに、彼女は何もかも控えめだ。自分とはまったく合わないと思う。
「ちょっとォー、変な話聞いちゃったんだけどさ」
 それでわざわざ家からきたの、とつぶやき、今田が「こんな時間に」と返すのを無視して、
もったいぶった足取りでソファに足を下ろし高く組むと、向かい側で白根がギョッと目を
見張った。組んだ脚の辺りに視線が向いている。
 椅子から立ち上がって今田がやってきた。
「あのさー、一週間前の総理暗殺事件だけどォ午前六時って言われてるじゃない」
「それが何か?」
 今田の顔には明らかに不審の二文字が浮かんでいる。恐らく一緒に仕事をしている
同僚が裏切っているなど、疑ったこともないのだろう。
 美奈子はいつものクセで髪の毛先をくるくる回すと、そこにいる人間の顔がこちらを
向いているのを確認してから、
「目撃者が出て来てね、午前一時だっていう証言があるんだけど」
「馬鹿な!」
 白根が腰を浮かせた。他の人間達も思った通りの反応だ。
「どうして警視庁が六時って言ってんのか知らないけど、どうもそれらの証言をもみ消させた
臭いのよねぇー」
「誰がです」
 吉田がメガネを押し上げながら尋ねた。口から唾が飛ぶのを見て思わず顔が歪む。
「ちょっと、汚いわねぇ。……誰がやったかなんて、貴方達ならよぉーくご存じなんじゃない?
どおしても基山センセの法案を通したかった人」
 誰もが頭の中で一人の名前を思い浮かべているに違いない。彼の働きぶりは有名
だったから。
「それが……それが本当なら、犯罪だぞ……。総理が生きているとみせかけるために、
署名を偽造し、法案を可決させたことに……」
「国家反逆罪にも匹敵するぞ! 我々だけでなく国民をも欺き、独裁政権を行おうとする
大罪だ!」
 拳を振り回して力説する白根の言うことは、どうも時代がかかっていて古臭い。そういえば、
年齢的に青春をお国のために捧げた世代だ。
「それで、どうされるおつもりなんですか」
「どうもこうも。警視庁は絶対覆さないでしょうねぇ」
 美奈子の言葉にそりゃそうだ、と白根がつぶやいた。騙すためにウソをついている人間に
向かって「ウソを言ってますね」と言ったところで、「はいそうです」と答える訳がない。
「彼も証拠残すようなことはしていないでしょうし。証言だけじゃどうにも」
「ただ今戻りました」
 背中に氷でも入れられたかのように、全員が一斉に振り返った。期せずして注目を
浴びることになった大介は、ドアノブに手をかけたまま動作が止まっている。ただし、
無愛想な表情はそのままだから、不躾な視線にムッとしているのかもしれない。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
 今田が「お疲れさまでした」と声を掛けて、内線電話を取り上げて「コーヒーを下さい」と
言った。白根や吉田らもぎこちなくテレビに目を向けたり書類を読み始めた。
「さーて、アタシも帰って寝ようっと」
 すれ違いざま、「何事もなくて良かったわね」と声をかけると、鋭いまなざしがこちらを
向いた。余裕をたっぷり唇に乗せて微笑んでやると、不意に興味を失ったように視線を
そらせて部屋に入っていった。
「後はこれをマスコミに流すだけ、かな」
 臨時国会召集の電話。その声紋鑑定結果の書類が今日届いた。
 テレビ等で流れた総理の声紋との判定結果は、「一致せず」。
 それを再び丁寧にたたんでポケットにしまうと、ゆっくりお尻を振りながら歩きだした。
 玄関で待機していた結城が姿を認めて、静かに頭を下げた。
「いつにしよっかなー」
 即興のリズムに乗せて、言葉が口からこぼれた。


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