多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)1-3




「何でしょう」
 明智が優雅なしぐさで振り向いた。
「あの誘拐事件のことでいらしておられるのでしょうか。あ、申し遅れました。私、
月刊誌のライターをしております、豊田一珂と申します。筆名ですけどね」
 そこそこ名の知られた雑誌名と、契約ライターという肩書きの入った名刺を差し出す。
三人がそれぞれ会釈と共に受け取ってから、
「何でも犯人が身代金を取りに来て逃走中、暴走車にはねられたとか。宜しければ
お話をお聞かせ願えませんか?  報道規定は月刊誌の場合差し支えないはず
ですが」
 畳み掛けるように言って、有無を言わさず廊下の長椅子に座らせる格好にする。
「……まったくの怪我の功名ですよ」
 端に腰掛けた明智が、足を組みながら肩をすくめた。その隣で剣持が真っ赤な
顔をして頭を掻いている。
 ということは、先ほどの一斉検挙とやらでそちらの関係者を逃がしかけ、無様な
怪我を負ったものの、それが幸いして誘拐犯を捕らえたらしい。
「しかし。残念ながらお話しできることはありません」
「えっ、どうしてですか?  お願いしますよー」
「えー、何でー?」
 金田一も不満そうな顔で明智を見る。
 彼は銀の細いフレームをゆっくり押し上げながら、
「ニュースでまもなく報道されますが、運ばれてきた犯人――大島育郎という名前
ですが――は意識不明の重体なのです。聞き出すも何も、話が出来る状態では有り
ません」
「そこで、仕方なく報道することになったんだ。身元についての情報を捜しとる、という
名目でな。犯人はもう一人いることが分かっとる。誘拐された加奈子さんと今も一緒に
いるはずなんだが」
「オッサン達が何で関わってくるんだよ?  殺人の方が担当のハズだろ?」
 そこで豊田はポンと手を打って、
「あ、ひょっとして、警察関係者のお嬢さんとか!」
 明るめの口調でやや冗談めかして言った台詞はしかし、たちまちこわばった剣持の
表情に裏付けを得ることになった。明智の方はピクリとも動かない。印象通り、頭の
切れる男に違いない。
「豊田君。えらく早い到着だね」
 T字路の突き当たりから体を進行方向に向けたまま、でっぷり太った赤ら顔の男が
声をかけてきた。鼻の下に髭をたくわえている。人のよさそうな笑いを浮かべてはいるが、
目は決して笑っていない。
 明智と剣持が一瞬ハッとするのが分かった。
「やあ済みません、三田さん。緊張して早目に着いてしまったもので、何か記事になる
ネタはないかと病院内を探検して回っていたんですよ」
 三田はこちらにはやってこようとしないで、
「ほほう、ではそちらの方が哀れな犠牲者というわけですかな」
 眺めるよりは嘗め回すに近い視線で明智らを見る。人の下につくことを知らない、金と
権力にまみれた道を歩いてきた人種だ。
 剣持が立ち上がって何か言いかけたが、豊田は素早く遮って、
「ええ。入院中の患者さんの見舞いにこられたそうですよ。ホラ、最近はやりのIT分野に
造詣の深い方でしてね。ここでは何ですので後日お会いする約束を頼んでいたところです」
「ほほう」
 三田は口髭をなぜながら何度かうなずいた。
「まあ、せいぜい話に夢中になり過ぎて、ワシとの約束を忘れんでくれよ」
「ええ、また後程」
 申し訳程度に片手をあげて三田は歩き出した。その後ろ姿に馬鹿丁寧に頭を下げて、
豊田は振りかえった。
「困りますよ!  貴方達が警察だって知られたら、せっかくのネタがつぶれてしまうじゃ
ありませんか!」
 明智の目がキラリと光った。
「どんな用件なのですか」
「それは――申し上げられませんよ。僕らにも最低限のマナーってものがあります」
 よほどうろたえているのか、僕、と言った。
「明智さん、さっきのオッサン知ってんの?」
「バ、バカ!  お前そんなことも知らんのか」
 剣持がたしなめる。
「……三田秋彦。神奈川県警のOBです。現在ある大手企業の顧問役を務めています。
ただ……」
 明智は一瞬躊躇した後、
「山之内恒聖の遺作、『露西亜館新たなる殺人』を高遠遙一に流した人間として一時期
警察にマークされていた人間です」
 金田一が息を呑んだ。


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