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「ですからぁ、この資格を生かしての就職を希望する訳です」
 目の前の吉中道雄と名乗った男が突き出した"合格証明証"を見ながら、美加はこっそり
ため息をついた。その紙には、「毒物劇物取扱責任者」というタイトルがつけられている。
一般人には手に入らない薬を、合法的に入手出来る資格である。
 しょうがないなぁ……。
 まだ三十も半ばといった吉中は、知的な顔に屈託ない笑顔を浮かべ、美加の言葉を
待っていた。
「では第一問!」
「は?」
 吉中が目を丸くした。
「パラコート剤の中毒症状はどれか。一、コリンエステラーゼ阻害。二、TCAサイクル阻害。
三、肺線維症。四、低カルシウム血症。制限時間十秒」
「え……」
 時計を見て、十秒過ぎるのを待って「ブー」と言うと、立てた指を二本に増やした。
「第二問!」
 吉中は目を白黒させている。
「ジメチルエチルメルカプトエチルジチオホスフェイトの別名はどれか。一、DDVP。二、
ジメトエート。三、チオメトン。四、メチルパラチオン、さあどれ!」
 酸欠の金魚のように口をパクパクさせた後吉中は、引きつった笑いを浮かべて、
「き、急に聞かれてもねぇ……」
「あっそう」
 美加はひじをついてあごを乗せると、たっぷり笑顔をサービスして、
「私ね、年齢足りないから資格は取れないけど合格点は持ってるの。それ、平成何年取得? 
どこで試験受けました?」
 男の額に汗が吹き出した。だまし通せると油断していたようだから、動揺も激しかった
らしい。
「私ならごまかせると思った? アナタ公文書偽造及び行使罪、それと詐欺罪で指名
手配されてる田中三郎さんね。表にお迎えが来てるわ」
 カウンターにいる紫の目配せにうなずいて、美加はドアの方を指さした。
「一応言っておきますが、無駄な抵抗はしないで下さいね」
 にこやかに庵が笑いながら田中を押さえて連れ出していく。はた目には、具合の
悪くなった客をウェイターが連れ出しているようにしか見えないだろうが、死角で庵が
小型拳銃をつきつけているのである。危険人物が来たときの合図があらかじめ美加と
彼らの間で取り決めてあるのだ。
 犯罪者がそれを隠して職にありつこうと、美加を頼ってくることは時々とは言えある
ことだ。犯罪行為を引き受けるのと、犯罪を助長させるのは大違い、という情報屋のポリシー
――どう違うのか説明してもらいたいのだが――にのっとり、怪しいと思ったらネットワークで
密かに検索をかけ、ヒットすれば通報する。
 そんなものだから駆けつける警察も慣れている。素早く田中をパトカーに乗せ、
サイレンを鳴らさず走り去るのを窓越しに見届けて、美加は次の依頼人が座った椅子へ
視線を戻した。


「どうもお世話になりました」
「お疲れ様です。頑張って下さいね」
 本日最後の依頼人が紹介状を手に立ち去ると、美加は大きく息を吐き出した。
 月が変わって一週間くらいは、契約期間を終了した派遣社員やリストラされた会社員が
次の就職先を求めてやってくるから、下手をするとオーレから一歩も出られないくらい忙しい。
特に九月は大学が本格的な休みに入ることもあり、求人に対して就職希望が増える為
条件通りのものを探すのもなかなか骨が折れる。
「お疲れ様」
 俺と紫のおごりだよ、と言いながら庵がショートケーキとミルクティを置いてくれた。
お昼からオレンジジュースしか胃に入れていない体には、立ちのぼる匂いが何よりの幸せ。
「ありがとー」
 語尾にハートマークがつきそうなトーンでお礼を言って、早速フォークを突き刺した。
「庵、今日入るとか言ってた新人はまだ?」
 カウンターから紫が声をかけて来た。庵はチラリと腕時計を見て、
「あれ? そういえば時間、大分過ぎてるな。説明があるから少し早く来てって店長が
伝えたはずなのに」
 つられて時計を見ると六時二十分をさしている。
「ただ今ー」
 アリサの声がした。「紫クン、コーヒー。ブルーマウンテンの、うーんと濃いヤツね。豆、
たくさん使っていいから」
「はい」
 美加の向かい側に座ると、テーブルに上半身を投げ出した。
「ねえ、新しいバイトくん、見つかったんだ?」
 アリサは伏せたまま顔を横向きにすると、
「一応ねー。クソー、情報屋の奴、四件もやらせることないじゃないー。調べんの、すっごい
労力使うのよー。登録会社、市内だけに限定したいー。なんで島根県は横に長いのよー」
 無難に笑っておく。庵がやってきて、
「店長。新人が来ないんですけど」
「えー?」
 やっとアリサが体を起こした。面倒臭そうに窓から外を見て、
「来たわよ」
 それに応えるかのように、ドアが開いた。
「遅れてすみません!」
「ちょっと、この声は……」
 嫌な予感が頭からジワジワと全身に広がっていく。
「だって秘密を知られちゃったんですもの。仕方ないでしょ」
 けろりとした顔でアリサが言った。
「あ、ども――」
 こちらに早足で歩いてきながら、笑顔で手を差し出してきた。絶対手にしか注意が
行ってない。
 ガツッ!
 予感的中。
 かわす間もなく派手な音と共にテーブルがひっくり返った。食器の割れる音が店内に響く。
客がピタリと食事をやめてこちらを振り返った。
「すいません、転んじゃいました……」
 頭をかきながら彼が、決まり悪そうにテーブルの陰から出てくる。アリサは既に安全圏へ
避難していた。
 ぽとり、と頭から生クリームが落ちてきた。昨日買ったばかりの洋服はミルクティの
香りを立ちのぼらせている。握り締めた拳がフルフルと震えた。
「大村ァーッッ!」
 叫んだ拍子にずり落ちたショートケーキで目の前が真っ暗になった。
これがホントのお先真っ暗ってヤツ?
 つぶやきは心を寒くしただけだった。

《終》


【中村から】
松江に住んでいた時期にこれは書いたんですが、その頃相方とで「島根県を有名にしよう」
というのが流行ってまして。で俺は島根を舞台にした小説を何本も書いてました。「迷探偵〜」
というタイトルも松江が舞台。で、なくしちまった小説ってのも松江が舞台。しかも俺得意の
石見神話を使ったやつでした。これは「迷探偵〜」と微妙にリンクしてるんですが。
このヒューマンハローワークは続編を作るつもりでしっかり設定と裏設定を作ってあるので、
そのうちまた続編書きたいと思います。

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