多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる2-2




 松江市で数少ない設備の整った病院だけあって、昼間は診察を待つ人々であふれ
かえっている。しかし殆どざわついた声はしない。
 俺はどっちかっつーと、この陰気な空気が嫌いだけどなぁ……。
 月乃は、幽霊が出るかもと夜の病院を怖がっていた二人の姿を思い出した。
 待合室のソファの端へ遠慮がちに腰を下ろすと、先に座って話をしていた老婆が、
顔を向けて珍しそうに月乃を眺めた。
「……あんた、どこが悪いんかね?」
「え、俺ですか? ええと、あ、そうそう、昨日からちょっと熱があって、風邪気味
なんですよ」
「若い人は偏食が多いから、すぐ病気になるねぇ」
 先程まで老婆と話をしていた向こうの老人も身を乗り出す。
 ……もしかして、病院へ世間話にきてるってヤツか……。
「えーと、そちらはどこがお悪いんですか?」
「ああこりゃ、名前を言っとらんかったねぇ。あたしゃ島田っちゅーだよ。あたしゃー糖尿病の
薬をもらいに来てるさね」
「私は生田。腰痛で通っとるよ。学生さん、名前はね?」
「俺――僕は宮下と言います。一応学生やりながら探偵見習いやってます。将来
そっちの道に進むのが夢で」
 老婆二人がほお、とうなずいた。
「やっぱりあの事件を調べとるかね。ありゃあ本当に変な事件だけんねー」
「おらんくなった田村さんが怪しい、ゆう噂じゃろ。島田さん、あんたの息子さんは
何も言わんかね」
「うちのは課が違うゆーて何も教えてくれりゃせんだね。あのネズミ小僧が
どーとかはゆーとるが」
「げぇっ」
 思わず口に出してしまい、月乃はあわてて口を抑えた。不審そうに老婆達が
こちらを向く。
「何か言うたかね?」
「いえ……島田さんの息子さんって……」
「おお、島根県警でネズミ小僧なんとかを捕まえる、ゆーことをしとるよ」
「やーだ島田さん、ダークスターだわね。女性に優しく、決して人を傷つけないことで
有名な義賊よ。私がもう少し若かったら、恋文でも書いたのにねぇ」
 生田が頬を染めて嬉しそうに言った。「あの人が人を殺すようなことはせんだわね。
ありゃあ何かの間違いだわ」
「それは息子もうちでさんざんゆーとるわ」
 月乃は内心そりゃどうも、とつぶやいて、
「ところで話は戻るんですが、島田さんたちはいつもここに来ておられるんですか?」
「家におっても何もすることないけんねー。ここで友達と話をするのが楽しみで生きとる
ようなもんだわ」
「じゃあ、一週間前くらいに、ボケーッとしてフラフラ歩いてる、今にも転びそうな、
探偵と名乗るにはウソ臭い人間が来ませんでした? 名前を名乗ったかは知り
ませんが宮小路と言います」
 今雪夜がここにいたら、十分くらい考えた後、泣いて怒っただろう。
 二人はしばらく首をかしげて考え込んでいたが、
「あの宮小路のぼっちゃんのことかいな?」
「あんまりボケーッとしとるんでわしら、最初探偵いうのは冗談かと思っとったんよね」
「そうそう。そんでもいろいろ聞きんさったから、結構やっとるねって感心しとったんよ」
「あの、何を聞いていったでしょうか。俺、宮小路さんの助手しているんですが、
行方が分かんなくなっちゃって探してるんです」
「まあ、そりゃあ大変だねぇ」
 島田がつぶやいて、わきに置いたバッグから何やら手帳を取り出した。
「最近物忘れが激しくてねぇ。息子に言われて日記をつけることにしとるんよ。えーと、
ああ、これじゃね。有田先生をどう思うか、いうのんと佐藤さんはどうか、田村さんを
どう思うか、これだけじゃーね」
「それだけ?」
 意外な答えに月乃が戸惑っていると、生田が、
「ああだって、何かもっと聞こうとしとんさったけどね、ちょうどあん時あっちの方、
処方箋がでるとこですごい音がしてねぇ。しばらくそれを見とって、ブツブツ何か
つぶやいて出ていってしもうたよ」
「ありゃあ、看護婦の社さんだったねぇ」
「そうそう。ちょうど田村さんと佐藤さんが部屋から出て来るのにぶつかってねぇ、
社さんもあんまり前をみとらんかったのに、田村さんにすごい剣幕で怒って、
気の毒だったよねぇ。田村さん何度も謝ってたねぇ。佐藤さんがまあまあって
収めてたけど」
「社さんも普段は優しいけど、怒ると怖いよねぇ」
「そうですか……」
 雪夜はその光景にヒントを見いだしたに違いない。ブツブツつぶやいて出て行った、
ということは裏思考が始まっていたのだ。
「あ、で、お二人はその質問に何と答えられたんですか?」
「あたしゃあ、有田先生はあまり知らないけど、佐藤さんとは時々お昼を一緒に
食べたけどねぇ、とても人を殺せるような人じゃないよって。田村さんはあたしら
にも気軽に声をかけてくれたいい人だよ」
「私は有田先生に診てもらったことがあるけど、嫌な先生だよ。金持ちにはへいこら
するくせに、貧乏人はろくすっぽ診やしないんだから。佐藤さんや田村さんは
島田さんの言うようにいい人だよ」
「じゃあ、お二人は今回の事件誰が犯人だと?」
 月乃は声を潜めて尋ねた。
 二人はぎょっとしてお互いを見た後、
「いやあ、あんまり憶測でものを言うもんじゃないわね」
と肩をすくめた。
「生田さーん、生田花子さーん、八番の診察室へどうぞー」
「おや、番が回ってきたわね。じゃ、島田さんまたね」
 生田が立ち上がり、呼びに来た看護婦に連れられて行った。
「――今のが社さんだよ」
 島田が顔を寄せてささやいた。あわてて月乃はそちらの方向に目をやった。
 ほどけば肩半ばまであるだろう髪の毛をきっちりとまとめた看護婦が生田の背に
手を回し、歩きやすいよう介助してやりながら、笑顔で話しかけていた。
「あれが、社……」
 一見普通の看護婦である。しかし――  
 ちょっと調べた方がいいかもな……。
 裏社会に生きる者、怪盗ダークスターの鼻が何かを嗅ぎ付けていた。


「あ、すみません、社さんですよね?」
 呼び止められた看護婦が、不審そうに振り返った。
「あの、私Sテレビの『スクープ二時』という番組の者で宮下といいますが、この間の
事件についてちょっとお話聞かせていただけませんか? さっきナースステーションに
聞いたらこれからお休みだってことだったので。お手間は取らせませんから」
 返事を待たずに「まあまあ」と手を取って病院の外へ出た。
「いやあ聞きましたよー。あの事件の第一発見者なんですって? いろんな看護婦さん
から話を聞こうと思っていたんですが、あなたのことを教えて下さった方がいて
ラッキーでしたよ。こんなに美人な方だし」
 立て続けにしゃべって、こちらの素性を聞き返す暇を与えない。
「いえ、あの……」
「さ、ちょっとお茶でもどうですか」
 営業用、と勝手に決めているスマイルで軽く手を引っ張ってやると、最初戸惑っていた
社も、悪意は無いと思ったのか月乃に促されて歩きだした。
 手近な喫茶店に入ると、月乃は入り口から死角になった席を選んで座った。メニューを
すすめて先にオーダーを済ませてから、おもむろに話を切り出した。
「一応警察に話したことをそのまま言って下されば結構ですから。謝礼もはずみますよ? 
あ、病院の方も心配しないで下さい」
 最期の一言が聞いたのか、社は水を一口飲むと、
「あの日有田先生執刀の午前中のオペが終わって、私は患者さんへ説明に行ってました。
それを報告に来たら、佐藤さんが有田先生の部屋から飛び出していくのが見えて、
普段見たこともないようなあわてぶりで、不審に思って部屋をのぞきました。そしたら
有田先生が床に倒れていて――」
「既に死んでいたんですか?」
「ええ。一応看護婦ですからすぐにかけよって、バイタルを確認しました。脈も停止していて、
急いで人を呼び応急処置をしたのですが蘇生しましせんでした」
 社はその時のことを思い出したのか、ブルリと体を震わせた。
 月乃はそれからもテレビ局の人間らしく、いくつか型どおりの質問を続けた。
「そうそう、現在姿をくらましている田村さんは、あなたの目から見てどんな人です? 
いかにも犯罪を犯しそうな?」
「いえ……そうですね、どちらかといえば小心者で、そんな人を殺すなんて大それたこと
出来なそうでしたよ。お金には困っていたようですけどね」
「それは?」
「よくナースステーションでおしゃべりをしていかれたんですが、いつも困った困ったって
言ってましたわ」
「へぇー、貴重な意見ですね。あ、佐藤さんの方はどうなんです?」
「佐藤さんですか……あれで結構だらしなくて、ヨレヨレになった服を平気で何日も
着ているのでナースからは嫌われていますよ。ロッカーもグシャグシャだし、
白衣は黄色くなってるし」
「なかなか、大変ですね」
 月乃は苦笑して、
「大体のことはわかりました。これでどこよりも詳しい内容になります。ご協力を
感謝します」
「あ、いえ。じゃあ私はこれで」
と、社が腰を浮かせかけるのへ、
「そうそう、何で犯人は毒を二種類も入れたんでしょうかねぇ?」
 バッグを手にした社はさあ、と首をかしげて、
「確実に死ぬと思ったからでは? 素人考えですね。私達専門家だったらまず一つ
しか使いませんわ」
「そうですか。ありがとうございました」
 ドアを開けて出て行く社の頭上で、出入りを知らせる鈴がかろやかに鳴った。


「成るほど。大分分かってきたかなぁ」
 午前十一時。遅い朝食――彼に言わせれば早い昼食だそうだ――をもぐもぐと
やりながら、雪夜は月乃の話を聞いていた。隼人の話によると先ほど元に戻ったようだ。
推理の最中はまったく睡眠を取らなくても平気らしい。
「多分その社って人、何らかの形で関係してるよー」
「有田の毒殺にか」
「うん。録音したテープを聞いてみて分かったんだけどー」
「で?」
「隼人、このココア砂糖が入ってないー」
「おや、失礼しました」
「早く続きを言え!」
 バン!と月乃がテーブルをたたいた。
「ひどいな月乃ー、今ヒントを言ったのにー」
「お前のヒントはいつも的から百メートルはずれてるだろーが!」
 はなから信じていない月乃である。
「だからー、社さんって看護婦さんなんでしょ? 薬の専門家とも言えるー」
「それがどうした。――社が犯人か!」
「違うよー」
「お前がサッサと結論を言わんのが悪い!」
「月乃様、少し落ち着きなさい」
 隼人がコーヒーを持って来た。それをガブリと飲んで、熱さに目を白黒させながら、
「で、どうなんだよ、お前の推理は?」
と月乃は言った。


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