多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる2-3




「んとねー、素人考えだねって言ったってことは少なくとも佐藤さんが犯人じゃない
ことを知っていることになるー。佐藤さんまだ釈放されてないんでしょー? つまりー
田村さんを指して『素人考え』って言ったってコトだよーん」
 隼人が自分の部屋から持って来たノート型パソコンを広げた。
「それでは、これまでの情報を整理して雪夜様の推理を聞かせていただくとしましょう」
「うん」
 雪夜は空になった食器を廊下へ出すと、スプリングのよくきいたベッドへ腰掛けた。
寝転がっていた月乃が起き上がってその隣に座り直す。
「まずー、コーヒーには毒が入ってなかったと思うんだー」
「それは……随分と大胆な意見ですね」
「だってー、人が来るのを待ってたんならー、いつ有田さんはコーヒーを飲んだのー? 
自販機から買って帰る途中に飲んだとしてもー、まずそこで毒は入らないでしょぉー?」
「あ、そうか」
 とうなずいて月乃は「え、待てよ。じゃあどこで毒を飲んだんだよ?」
「んとー、多分ねー、薬を飲んだって言ってたからーそれじゃないかなー、なーんて」
「それだといつ死ぬかわかりませんよ? 処方した薬が一週間分なら、最悪一週間後に
死亡ですからね。それまでアリバイ作りなんで無理でしょう」
「そーれーがー、だいじょぉぶなんだよなー」
 雪夜はチチチと人差し指を立ててみせると、「ハイ」と十センチ四方の紙袋を月乃の
目の前に突き出した。子供の好きそうなキャラクターの絵柄だ。
「?」
「この中から一個だけアメあげる」
 首をかしげながら月乃は紙袋に手を突っ込んだ。少しガサガサとやってから、
「これ、一つしか入って――そうか!」
「袋の中に一つしかなければそれしか選択出来ない!」
「多分ー、有田さんの薬を全部取り出してー一つだけ毒を入れたんじゃないかなー。
そしたらー、空の薬袋なんて捨てちゃうしー」
 隼人は調査結果をまとめたファイルに素早く書き込んで、
「殺害方法はわかりました。犯人は?」
「田村さんー」
「しかし奴は薬を当日持っていくことは――」
「で、共犯が社さんー」
「何だとぉ!」
「うわー月乃、耳元で叫ばないでよー」
「……そういう結論でしたら動機の面でつじつまが合います」
「どういうことだ隼人」
「成田製薬の件ですが。月乃様調べはつきましたので?」
「ああ」
 ちょっと待ってろ、と隣の部屋へ行って書類の束を抱えて来るとそれをめくって、
「成田製薬は以前から、心臓や腎臓などに障害を抱える病人の顧客リストが裏へ
流れてるって噂のあったところだ。俺も分野が違うんで対して気を留めてなかったんだが。
で、ちょいと気になってな、総合病院にお邪魔した時に調べてみた」
「総合病院は殆ど成田製薬から購入していなかった」
「そう――え?」
「では何故田村さんは、頻繁に総合病院へ来てたのかー。別に接触する相手が
いたからー」
「雪夜、オイすごいなお前!」
 手放しで絶賛の月乃に対し、雪夜はきょとんとしている。彼にとってはその結論に
行き着くことの方が当然らしい。
「製薬会社の方がそれならー、病院は臓器売買でしかつながりがないでしょー。
ということはー商売そっちのけで来てるからー。とーぜん購入はあまりなくてもー、
売り込みという名目で来れるしー。逆説ってトコかなー」
「AでないならばBしかないということですか」
 隼人は月乃から書類を受け取ると、
「ここまで来れば俺にも分かりますね。さしずめ有田は、ふとしたことで田村と社の
臓器売買の件を知ってしまったのでしょう。そこで金になると二人を脅した。
ところが逆に殺されてしまった」
「だが、一介の看護婦にそんなマネが出来るのか?」
「たたけばほこりが出るかも知れませんね」
「じゃそれは任すとして」
 月乃は雪夜の方を向くと、
「雪夜、で殺害に至る過程はよ?」
「再現しますとぉー、こーゆーことになるんですねぇー」
 雪夜はマイペースに話し出した。


 田村が会社で人目を盗んで、毒にすり替えた薬を作る。それをあらかじめ社に
渡しておく。
 有田が時々自分で薬を処方していたことは誰でも知っていることであるので、
あとはそれを持っていくタイミングである。
 そして田村が病院へ行けなくなったとの電話を入れる。社は急いで有田の
部屋へ向かうと、薬を毒とすり替えた。
 部屋に帰って来た有田は来客のためにコーヒーを用意し、いつも通り薬を飲み
やがて毒が効いてきて倒れる。そこへ呼び出された佐藤がやって来た。
 そして有田に気づきあわてて逃げる。それを陰でうかがっていた社が部屋へ入り、
コーヒーに毒を入れた。


「じゃあ来客ってのは田村か?」
「田村さんとぉー社さんもだったと思うー」
「ならコーヒーは三つなきゃいけないだろ」
「何でぇー? 別に自分が飲まなくたっていいでしょー」
「あちゃー、それが盲点か! だから佐藤の為のコーヒーと間違ったわけだな」
「佐藤さんが少し飲んじゃったのが、社さんには都合良かったんだろうねー」
「中に入った時、量が減っていない方に毒を入れ、テーブルの向かい側に指紋が
つかないように置いた。ちょうど一対一で話していたかのように、ですね」
「隼人だーい正解ー」
 パチパチと雪夜が手をたたいた。
「しかし、納得のいかない点があるのですが」
 隼人は右手の指を三本立てた。
「まずひとつ目に、何故田村は二つの毒を入れたのか。次に、佐藤のボタンを
握らせたのは誰か。そして、田村失踪の原因」
「はーい簡単でーす」
 雪夜はテーブル上のテープレコーダーをもう一度再生してみせた。
「社さんはここで重大な発言をしていまーす。佐藤さんのロッカーのことを何で知って
いるんでしょうかー? あとー、佐藤さんに対して田村さんのことは何で過去形で
しゃべっているのでしょうかー」
 隼人と月乃は顔を見合わせた。
「ということは!」
「社は田村の容疑をそらすために、佐藤のボタンを入手していたのか! そうだよな、
普通もみあいで握るとしたら白衣のボタンだ。でもそれだと誰でも入手出来るため、
決め手に欠ける。佐藤の服のボタンなら有力な証拠だ」
「そして、そのおばあさん達の話からしても田村は相当に気の弱い人間だった。奴の
口から真相がもれるのを恐れて口封じしたのか!」
「田村さんの性格からするとー、怖いけどどうしても有田さんは確実に殺さなければ
ならなかった。だからー、毒を二つも入れたんでしょー。社さんも新聞で初めて
知ったんじゃないかなー。調べればー毒の知識のない人間の仕業ってバレるから
焦っただろーねー」
「しかしそれを逆手にとって、田村にすべての罪を着せて消すことにした」
「一週間もあれば小細工も出来るしー、証拠隠滅もバッチリだねー。んでもって
警察に田村さんのアリバイは崩せないからー、この事件は迷宮入りー」
 証拠隠滅、とつぶやいて月乃は雪夜を見た。
 本人は気づいていないようだが、恐らくそれは事実で、指すものは――雪夜殺害だろう。
 多分彼の推理どおり、発見されたとしても雪夜殺害は田村の仕業と断定される。
 ふむ、と隼人は考え込んでいたが、パソコンをパタンと閉じると、
「では、取れる限り裏付けを取ってみましょう」
「わかった」
 ふと気づくと雪夜はまたテレビをつけて、水戸黄門に見入っている。月乃は隼人を
促してそっと部屋を出た。
 廊下を歩いて暗黙の了解のうちに隼人の部屋へ向かいながら、月乃はためらった
ように口を開いた。
「隼人。あの女は裏で何かをやっているな。一人で臓器売買を思いつくようなタマじゃない」
「おや。珍しく意見が合いますね」
「――必ず手掛かりを捜し出せ。雪夜を殺したこと、絶対に後悔させてやる」
「御意に」
 それを雪夜に言ってやれ、とはあえて隼人も言わない。月乃の複雑な胸中を
よく理解していた。
 この兄弟はとてもよく似ている……。
 ふと、隼人はうらやましくなった。


「ええ、申し訳ありません。完治までにあと二、三日はかかるかと。いえいえ、うつしたら
大変ですので見舞いなどは。はい、失礼します」
 電話をしている隼人の横で、月乃はゆうゆうとソファに寝そべっていた。
「担任の曽田先生から伝言です。お友達の足立君が心配しているので、治られましたら
すぐに元気な顔を見せてあげて下さいとのことです」
「はいはーい、治ったらねー」
 しれっとした顔で月乃は煙草をくゆらせている。
「やーい月乃のさぼりんぼー」
 ガツン、と音がして隼人が振り向くと、案の定雪夜は頭を抱えて泣きべそをかいていた。
「……隼人、社のことは分かったのか」
「それが」
 出来上がったばかりの夕飯を皿に載せて雪夜の前に置くと、隼人はテーブルの隅に
乗せておいた茶封筒を手渡した。
「彼女が病院に提出している経歴はすべて偽りのものです。調べましたが、追うことが
出来ませんでした。――いや、ここまで完璧に隠されている以上、たった一つ可能性が
あります」
「――TPCか」
「はい」
 沈黙が訪れた。
 TPC、The perfect crime、完全犯罪請負人という、裏社会では名の知れた組織だ。
請け負った仕事はすべて完全犯罪として遂行され、そのため名前以外メンバーの素性も、
人数もすべてが不明な組織である。
 そんなところがかかわっているのか。
「となると、やはり雪夜は病院で社主犯説に行き当たって彼女を訪ね、そこで殺られた
可能性が高いな」
「乗り込みますか」
「少し様子を見てからだな。――今日は疲れた。一時間ほど仮眠する。飯、取って
おいてくれ」
「承知しました」
 月乃の皿に手を出そうとした雪夜へげんこつをくれてから、月乃は自分の部屋に
向かった。
 目的を果たすまで、あまり根を詰め過ぎて睡眠を取らないでいると、単純な足し算
でさえ数学のように思えてくる。
 その点月乃は、チェックメイト直前に死んだように眠るクセがあった。
 無論隼人もそのことを知っているから滅多なことでは起こしはしない。
 だが、滅多な、というからには時々は有り得るということでもある。
「月乃様!」
 ノックの返事を待たずに隼人が飛び込んで来た。
 うつ伏せにベッドへ沈没していた月乃は顔をひねって
「――何だ」
と言った。直前まで熟睡していたはずなのに、確実に覚醒しているのである。
「田村が発見されました!」
 物も言わずに上半身を起こすと、サイドボードのリモコンをとってテレビをつけた。
 画面では、夕方のニュースを伝えるキャスターが手元の原稿を必死に繰りながら、
しどろもどろで解説していた。
「自殺のようです。遺書があり、有田殺しの自供とそれから――雪夜様のことも」
「雪夜の推理どおりだな」
「はい」
 その会話を聞いていたかのように、電話が鳴った。騒音を嫌う月乃の要望で、
家人でなければ聞き取れないような音である。
「はい、宮小路でございます」
 隼人が電話にでた。「――はい。すぐ向かいます。それでは」
 数十秒の会話が終わるまでに月乃はもう身支度を整えていた。
「遺書の供述通り、雪夜様の御遺体が発見されました。松江署の方へ運ばれた
そうです。すぐ出られますね?」
「当然だ。――雪夜は?」
 隼人がため息をついた。
「特番が見たいそうです。何でも、今日で大ファンだった人気アーティストグループが
解散するとかで」
「だろーな」
 自分の死にさえも寛大な人間。それが雪夜だ。寛大といえば聞こえはいいが、
バカと言えばそれまでである。
 最後にテレビを消すと、月乃はドアを閉めて深呼吸した。
 兄の死体と直面する。
 それでもきっと泣かないだろうと確信していた。
 彼の気持ちを読み取ったかのように、隼人がそっと頭をなでた。


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