多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる3-1


「こちらが、御遺体です」
 無表情の警官に案内された鉄の扉の先に、雪夜はいた。
 コンクリートで作られた部屋は冷え冷えとして、死者への敬意を込めて作られた部屋とは
とても言い難かった。
 カツン、と靴の音が反響した。
「雪夜……」
 かなり深く埋められていたため、殆ど腐敗しなかったのだそうだ。確かに、簡素な電灯の
下顔色は悪いが、眠っているといっても通用する。
「月乃様、大丈夫ですか」
 隼人に支えられて初めて月乃は、自分がガタガタと震えていたことに気づいた。隼人は
外の警官に聞こえないように、月乃を支えたまま、
「よく、見ておきなさい。――必ず社にはこの償いをさせましょう」
「ああ」
 月乃は雪夜の額にかかった髪を掻き上げてやると、
「じゃあな、体の方」
 そして背中を向けた月乃はもう、怪盗の顔になっていた。
「では、御自宅の方へお送りしますので」
「宜しくお願い致します」
 隼人は警官に頭を下げると、早足で歩く月乃をあわてて追いかけた。その後ろでは警官が
首をかしげていたが、遺体の処置を指示するために廊下を歩きだした。
「怪盗には、夜の方がふさわしい」
 窓から入る冷たい風に前髪を吹かれながら、月乃はつぶやいた。
「この真実は太陽の下へさらけ出すにはドス黒すぎる。アリバイ? 裏付け? 関係ねぇ」
 隼人は横目で月乃を見た。かつて自分もこのようなやるせない怒りを胸に、人を激しく
憎んだことがある。どうしようもない悲しみに、慟哭したこともある。しかし負の感情は目的を
遂げた時、もはや生きる為の追い風にはなり得ない。
「……月乃様。雪夜様はいなくなった訳ではありません。いつの日か、必ずその日はきますが、
肉体という入れ物を失ったくらいで死をもって復讐するのはいけません」
 ふと、月乃の気が薙いだ。
「……ホント、お前は何でもお見通しなのな。――雪夜のことになると我を忘れて逆上しそうに
なるのを止めてくれたのは、いつだってお前だった」
「世話役を任されていますから」 
 静かに隼人が笑った。「俺にも同じような過去がありましたからね、分かりますよ」
「ん」
 あえて月乃は隼人の過去を知ろうとしない。過去に傷を持つ者の匂いが、月乃を止めるからだ。
こんなに穏やかに笑えるまでに、身も心もずたずたになった時期があったのだと。
「社は殺さない。だけど、雪夜を殺した事実はつきつけてやる。――怪盗ダークスターの名に
かけてな」
「私も一度、TPCはギャフンと言わせてみたかったんですよね」
「インチキ陰陽師は畑違いだろ」
「そっちこそ」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「ああ、それから」
「?」
「銃器売買の犯人が分かりました。意外と早く汚名をそげそうですよ」
「そうか」
 月乃は口元を引き締めた。


「俺も行くー!」
 黙々と支度を整える二人の後ろで、雪夜はじゅうたんに転がってジタバタしている。デパートで
母親に玩具をねだる幼稚園児だって、もっとうまく要求を通すだろう。
「お前にゃ夜の世界は似合わねーよ」
 黒いコートの襟を正しながら、月乃は髪をかきあげた。首には黒い星の形をしたペンダント
――怪盗ダークスターの印がかかっている。
「やーだー、一人で留守番は怖くてヤなのだー。連れてってぇー」
 今度は隼人の服にすがって泣き出した。
「……あのね。月乃様は雪夜様に変装して行くんです。雪夜様が二人だったら意味が
ないでしょーが」
 仕方なく隼人はしゃがみこむと、
「式神を置いていきますから、遊んでらっしゃい」
「やだー! 行くー! 事件の謎を最初に解いたの俺だもーん! 月乃ずるーい!」
 先にあきらめたのは月乃の方だった。
「わかったわかった。連れてってやるよ」
「ホント?」
「ただし! 隼人と待機してろ」
「えー」
 雪夜の頬がプゥッとふくらむ。泣いたり怒ったり忙しいのである。
「とりあえず計画をメチャクチャにするな! いいか、もとはといえばお前が勝手に動くから
こんな面倒なことになったんだぞ! ――俺に、これ以上後悔させるな」
 雪夜の肩に手を置いてそれだけ言うと、月乃は立ち上がって、
「隼人、雪夜を頼むぞ」
と先に部屋を出ていった。


 社が市外のこじんまりとした自宅へ帰宅したのは、もう日付が変わって大分経った
頃だった。
 確か今日は朝早くから仕事のローテーションが組まれていたはずだ。ここ数日の
緊迫した日々を思い出して、どっと疲れがよみがえってくる。
 とはいえ、邪魔者はすべて始末したのだ。田村の失敗から臓器売買のことを嗅ぎ付けて
ゆすってきた有田、もともと罪をすべて着せて始末するつもりだった田村、そして、唯一
いきなり事件の核心をついてきたあの探偵――名前は宮小路雪夜とか言った。病院で
見かけた時には、それほど頭がきれそうに見えなかったのに!
 ただ、私がTPCのメンバーであることだけは見抜けなかったようだ。そうであったならば、
不用心に丸腰でついてくることなどしなかったろう。
 可哀想に、マヌケな探偵さん。
 もう何もおびえることはない。失敗には死を、という組織の掟にさえ。
 臓器売買の件はまた誰かを見つけるしかないが、人間誰だってお金には困っているものだ。
じきに次の情報提供者が見つかるだろう。
――そろそろ今のところも辞め時ね……。
 社は鍵を取り出して、質素な造りのドアを開けた。組織が用意した家である。従って見かけは
相当古く見えるようになっている。
 中に入って玄関口の明かりをつけると、風が吹き抜けた。
――出かける時、窓を閉め忘れただろうか。
 不意に、居間の明かりが灯った。
「今晩は、社美奈子さん」
「――あなた!」
 十日前この場所で殺したはずの男が、ソファからこちらを見つめていた。
「安らかに眠っても良かったのですが、土のベッドはあまりにも堅すぎまして。なぜこのような
仕打ちをなさるのか今一度知りたくて、冥界の王に許しを請い戻って参りました」
 雪夜は立ち上がると優雅に一礼した。社はしばらくあっけにとられていたが、やがて
顔を伏せて静かに笑い始めた。
「知ってるわよ。宮小路雪夜に双子の弟がいるくらい。名前はそう、月乃ね。お兄さんとは
似ても似つかない雰囲気よ。勉強不足ね」
「ちっ、ばれたか」
 あっさり月乃は変装を解いた。
「何の用かしら。宮小路雪夜なら田村っていう人に殺されたんでしょ? 私は関係ないわよ」
「――先日、三谷美術館館長、三谷喜四郎氏が何者かに殺されたそうです」
「だから何? あれって、今世間を騒がせてる怪盗ダークスターの仕業なんでしょ? さ、早く
出て行かないと警察呼ぶわよ」
「どうぞお好きなように。でも、臓器売買の件がばれないといいですね、TPCの社さん」 
 受話器を持ち上げかけていた社がギクリと振り返った。
「あんた、一体――」
「兄を毒殺された可哀想な弟ですよ。――それと、銃器購入先の発覚を防ぐため殺害された
三谷氏の、殺人容疑をかけられたあわれな道化師です」
「ダークスター……」
 月乃がニヤリと笑った。雪夜には絶対に見せない、闇に生きる者の笑い方であった。
「明日には俺の名前で予告状が届くことになっています。もちろん、総合病院の看護婦、
社美奈子さん宛にね。俺が何も罪のない人間に盗みを働かないことはご存じですよね? 
すぐ警察はあなたを事情聴取するでしょう。組織に消される前に果たして警察はあなたを
保護出来るのでしょうか」
「何が望みよ?」
 月乃は肩をすくめ、入って来た窓の縁に手をかけて、
「神よ、兄を亡くした弟に何を望めというのでしょう? 最早私めには希望のかけらすら
残っておりません」
 社がイライラしてどなった。
「だから何なのよ!」
「TPCの情報だ」
 月乃の口調は先程までとガラリと変わっていた。鍛え上げられた刑事でさえ、一瞬立ちすくみ
そうな声である。
「知っていることすべてだ。そもそも、何が目的で組織されたんだ」
 社が鼻先で笑った。
「TPCは完全な秘密厳守の組織。よって、私のような人間には何も知らされないわ!」
 言うが早いか、社は飛びずさって入り口付近にあったクローゼットを開いた。中から黒光り
する銃が現れる。
「マグナムか、三谷射殺のいい証拠だな」
「そんなこと言ってる余裕あるのかしら」
 足音を立てずに四、五人の男達が入ってきた。全身黒ずくめで顔さえも覆い隠している。
「あんまり前説は長くするものじゃないわよ、ドロボーさん。安心しなさい。死体はちゃんと
始末してあげるわ」
 その瞬間、男達の手にした拳銃は、社に向けて火を吹いたのである。
 一言も発する事なく、血まみれの体が床に崩れ落ちた。
「えげつないことするな、お前らも。ま、口封じには殺しが一番か」
 月乃は少しずつ脱出のタイミングを図っていたが、まるで隙のないことを悟って覚悟を決めた。
「あんまりアクションは得意じゃねーんだけどな」
 月乃の右手から電灯に向けて何かが飛んだ。ガラスの割れる音がして室内が暗闇に包まれる。
この隙に生じて逃げるつもりだったのだが――。


     BACK           TOP            NEXT


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる3-1