多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!2-2


「ここが、首相官邸……」
 初めて入ったその建物は外見がレンガ造りの割りに暖かく、高い天井を見上げると
シャンデリアがまぶしくきらめいていた。
「総理、初めまして」
 眺めていたらトントンと右肩をたたかれてあわててそちらを向くと、大下がこっちじゃ
ないと小さく首を振ってあごをしゃくった。
 正面に白髪の男が立っていた。背広の襟に教科書で見た議員バッジが光っている。
「官房長官を務めさせて頂きます、竹本と申します。宜しくお願い致します」
「あ、滝本です。いろいろとお世話になります」
 がっしりした手が圭の手を握った。竹本は穏やかな笑みを浮かべると、
「総理の為に滅私奉公を座右の銘として、誠心誠意尽くす所存です」
 意味は分からなかったがとりあえず笑って「宜しく」とうなずいておいた。
「総理」
 先ほど玄関に着くまでに頭を下げていた男達が声を掛けて来た。笑顔を浮かべている
割に目は絶対笑っていなくて何だか気味が悪い。それが数十人いるんだから、ちょっとした
肝試しの気分だ。
「申し訳有りませんが、会見の打ち合わせがありますので」
大介が素早く圭の前に立ち塞がると叫んだ。
僕が肝試し嫌いなの分かったんだろうか。
「失礼します」
 彼に習って頭を下げると、圭はおっかなびっくり赤いじゅうたんの階段を上がった。
家と違ってコトリとも足音が響かない。ちょっと強く踏んでみたがやっぱり音はしない。
階段を上がりきると、長く伸びた廊下を大介は足早に歩く。足のコンパスはさして違わ
ないのだが、そんなに早く歩く習慣が圭にはない。
 従って、
「あの、すみません、小野田さん、ちょっと待って下さい」
と声を掛けることになった。
 大介が足を止めて振り返った。息もたえだえの圭と違って少しも呼吸の乱れた様子がない。
よほど慣れているのだろう。
「失礼。私の悪い癖です」
 圭が追いつくのを待ってゆっくりと大介は歩きだした。
 廊下を幾度か曲がるうちにどうやって来たか分からなくなった。どうしてここには案内図とか、
ドアに「何々室」と貼ってないんだろう。同じドアで間違って開けたりしないんだろうか。
 自分は住み慣れた自宅でさえ、時々お風呂場とトイレのドアを開け間違う。
「私がいつもついておりますから、迷われることはありません」
 見透かしたように大介が言った。
「こちらが執務室、あなたの仕事部屋です」
 SPの一人がすい、とドアを開けて彼らを中に入れた。大下が入って扉を閉めた。
 何も言われないうちから開閉をするのは、あらかじめ打ち合わせてでもあるんだろうか。
自分だったら言われてもしばらく気が付かないのに。
「本来ならば事務副長官と政務――、あなたを補佐する役目の人間が数人おりますが、
諸々の準備で席を外しております」
 圭を革張りの椅子に座らせ机を挟んで立つと、大介は腕時計に目をやった。黒光りする
デスクにもそれが映っている。珍しくてさわってみたら指紋がいくつもついてしまい、あわてて
ハンカチを出してふいた。
 あんまり触らないようにしよう。
「あと三十分で記者会見です。原稿を練習しましょう」
「あ、はい」
 テレビでたまにニュースとかで見る政治家達は、手に紙を持ってそれを見ながらしゃべって
いる。あらかじめ練習しているから、あんな何を言っているかわかんない言葉をすらすらと
言えるんだな、と妙に感心したものだ。
 紙が数枚並べられた。
 あれ?
 もしかして中国語なのだろうか、と思ってよく眺めてみた。二、三行の中にひらがなが
五、六文字しかないのだ。それも、「は」とか「を」とかの国語で教わった接続語という
やつである。漢字にしても、分かる言葉の方が少ない。
 試しに一行読む間に五度も舌をかんだ。
「分からない文字があったら言って下さい。ふりがなをふりますから」
「あの……これ、どういう意味なんですか?」
 ずっと無表情に近かった大介がぴくり、と眉を動かした。
「総理就任のあいさつです」
「こんなに難しいのに?」
「難解さと礼儀は比例する、というのが政界の暗黙のルールですね」
 たまりかねたように大下が割って入った。
「おい大介、さっきから思ってたけどな、そんなに突き放した言い方をするなよ。彼の味方は
俺達と竹本さんだけなんだぞ」
「今関係ありません」
「お前なあ、かわいくないぞ」
「容姿のことを引き合いに出すのは、議論を自ら放棄したとみなします」
「お前なあ、公務執行妨害で逮捕してやろうか!」
「それは職権乱用及び脅迫罪に当たります。またひとつ警察の不祥事を増やすんですか」
 二人の言い争いははたで見ている圭にとってはお笑い芸人のそれと同じだ。最初我慢
していたものの、こらえきれなくなってとうとう吹き出す羽目になった。
 二人が口論をやめてこちらを振り向く。それが同時ときているから余計におかしい。
「おいこら、お前の為に俺は抗議してるんだぞ」
「大下さん、総理に向かってその口のきき方はないでしょう」
「お前こそ何だよ、こんなときばかり良い方に回ってさぁ!」
「ち、ちょっと待って下さい……」
 おなかが痛くて呼吸もままならない。
「あの……僕も、年上の人に敬語使われるのはくすぐったくて……」
 やっとそれだけ言った。
 大介は圭と大下を見比べていたが、小さくため息をつくと、
「総理。他の人がいるところでは絶対に気をつけていただくとお約束下さい」
「はい」
「では失礼して。俺のことは大介と呼んでもらって構いません。俺もあなたのことを
圭と呼ぶことにします」
「おいおい敬語のままだぞ」
「まだそれほど親しくないですから」
「俺のことは大下さんでも良樹でもいいよん。大体入り口にあるSP室にいるから、
困ったことがあったらいつでも来ていいよ。公邸にもちょくちょく遊びにいくから。
あ、公邸ってのは君がこれから住む家のコト」
「わあ、助かります。僕一人だとどうしようって思ってたんです。家族がいっぱい
いたもんだから、寂しいのはちょっと」
 大介が咳払いをした。とがめられたと思って圭は「あ、すいません」と謝った。
「あなたは一番年下で?」
「あ、はい」
「では俺や大下さんはお兄さんと思って下さい。その方が接しやすいでしょう」
 にこりと大介が笑った。表面だけでなく、本当に笑っているのだと分かった。
「じゃ自己紹介しておかなきゃな。手帳ある?」
「手帳?」
 なぁんだ知らないのか、と大下は自分の手帳を取り出して広げた。写真の
ようなものが中にいっぱい貼ってある。
「プリクラ交換ってジョーシキじゃん!」
「……大下さん、あんた首……」
「あっっテメー! お前こそ職権乱用だぞ!」
 圭は少し二人が好きになった。


「どういうことなんだ!」
 投げ付けられたコーヒーカップが、結構な距離を飛びじゅうたんに転がった。
把手が取れた程度で済んだのは、長毛が衝撃を吸収したからだ。
 あーあ、この前輸入業者からもらったとか言ってた、イギリス製の高価なカップなのに。
 メイドがあわてて拾い上げるのを見ながら、美奈子は内心ため息をついた。
 激情に駆られて物を破壊するのは、形ある価値に対しあまりにも礼儀を欠いた行為だ。
 ま、この男にそんな価値論を説いてもムダね。
「たかが高校生のガキが総理大臣だと? 馬鹿にするにも程が有る! すぐに
内閣不信任案を通せ!」
「川内先生、お言葉ですが」
 秘書が進み出た。髪を七三分けにし黒縁のメガネを掛けた、外見で職業が判断出来る
タイプの男である。美奈子にとって死んでも声をかけられたくない男のタイプ、でもある。
「他の政党では、総理をうまく自分のところへ抱き込もうという考えが殆どです。うちが
不信任案を出したところでまず可決の見込はないでしょう。そもそも基山が、あれほど
的確に事務次官達の弱みを押さえていなければ、こんな馬鹿げた法案は成立しな
かったでしょうが」
「……」
 川内はワナワナと体を震わせた。その様子からして多分、どこまであの男は邪魔を
するのかと怒り狂っているのだろう。
 力任せに殴りつけられた机から、扇子が一瞬浮いた。
 あーらあの扇子、確かご愛用だったわねぇ。二十年前くらいの万博の時に、便宜を
図った業者からもらったとかで。あの調子じゃあそろそろかしら。ま、よくもった方だわ。
「あいつも、あの男も残っとるというじゃないか!」
 指さされた秘書はきょとんとしている。
 美奈子はソファから身を起こして、「小野田大介のことよ」と言ってやった。こんなことも
分からない秘書を雇っているから、いいようにあしらわれるのよ。
 そう、小野田大介に。
 いくら基山が政界の黒幕だといったところで、そういつまでも一人で政権を把握出来た
はずがないのだ。何せ彼らは与党、日本党の中でも異端児で少数の革新派。他の党員が
情報を遮断してしまえばそれで終わりなのだ。しかし基山は、九段宿舎の食堂で交わされた
会話さえ知っていると陰でささやかれていた。内閣不信任案をつきつけようとする議員が
黙り込むとき、歴代総理の陰に必ず小野田大介がいた。
「これじゃあ基山政権の存続とどう違うんだ!」
「でも、成立から一ケ月後に支持率が三十%に満たなかったら、自動的に総辞職って
いうのが条件にあったじゃない。どうせそんなに支持なんて得られないでしょうよ」
「一ケ月ものさばらせておけというのか!」
 川内は顔を真っ赤にして怒鳴っている。このまま怒鳴らせておくと、血管が数本切れ
そうだ。救急車の予約を入れた方が良いかもしれない。
 ただ、言うことはもっともと思う。美奈子自身、新法案というから何を企んでいるのかと
思ったが傀儡が代わっただけの話だ。
 所詮は浅知恵か。
「川内先生大変です!」
 幹事長が一枚の紙を握り締めて飛び込んで来た。どこから走ってきたのか、ぜいぜい
息を切らせている。いい年をして全力疾走したのも久しぶりなのだろう。
 無言のまま引ったくり目を通して、川内は驚愕の表情を顔に張り付け、ストンと椅子に
体を預けた。口が開きっぱなしだ。
「どうしたんですの?」
 立ち上がると彼は震える手で紙を差し出した。素早く目を走らせて美奈子は、「あら」と
だけ言った。


「“ナイツ”から“チャイルド”へ」
「こちら“チャイルド”」
「予想通り、新内閣は戦力としておそるるに足らず。当初の計画に従い、準備を進めよ」
「了解。通信終了」
「了解」


 その日三時前に配布されようとした号外は、アルバイトが脇に抱えて街頭に立つや、
まるでそれが札束であるかのように殺到した人々にむしり取られ、彼らは呆然と立ち
すくむだけとなった。
 駅の柱に貼られた号外も、見えっ張りの多い高級住宅街に出る改札付近を除いて、
瞬く間に剥がされ、残った場所もサングラスをかけた婦人がしきりに辺りを見回しながら
通り過ぎた後にはきれいに消失していた。
 四時頃、ネット上で夕刊ニュースを配信した新聞局のサイトは、数時間に渡りアクセス数が
限界を越えパンクする羽目になった。号外が時間の都合上、総理大臣と副総理の顔写真や、
新法案の違憲性を問う内容のみに止まったのに対し、夕刊はそれに加えて、新内閣の
異様な顔触れを発表したためだ。
 そして夕刊はキオスクからコンビニまで、驚異的な売上をみせた。入荷し、並べようとする
店員に直接声を掛けてそのまま購入する者がほとんどだった。従ってこの日どの店頭にも
新聞が並ばないという、ギネスに挑戦出来そうな記録が出来上がった。

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