多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!3-2


 総理になってから七日が経ったが、自分の言動がそんなに変なのか、ある者は
顔をしかめ、ある者は笑う。
 マスコミの非難も相変わらず続いている。聞くところによると今この話題が一番
視聴率が取れるのだそうで、批判本は飛ぶように売れ、それに付随して憲法とは何かを
問う本もここぞとばかりに増刷されているらしい。皮肉なことにそれがどんな景気刺激策
よりも効果を上げている、とも。
 しかし人のことはあまり気にしないたちなので、自分の仕事をこなせばいいやとしか
思わない。
 これだけ周りから正面きってこき下ろされて、平然と行動する奴なんて珍しいぜ。案外、
政治家に向いてるんじゃないか。
 そう言って大下がこの前笑っていた。
 ただ、首相官邸前の抗議運動だけは出入りの邪魔になるのでどこかに行ってくれない
ものか、と嘆いていたけど。
 目下のところ、圭にとって一番困るのは、何度言っても相手が、分かるように説明して
くれないことだ。
 さっきも大蔵大臣が「そのための財源確保に可能な限り前向きの姿勢で臨みたいと
考えます」というので、「じゃあOKなんですね」と聞き返したら違うという。大介に、「財源
確保というのは、今そんな予算がない、ということ。可能な限りうんぬん、というのはまあ
仕方ないから検討するが絶対無理です、という意味」と耳打ちされて力が抜けた。
 そんな分かりにくい言い方をしたって、相手が理解出来なかったら意味ないじゃん。
「車を」
 後ろで大介の声が聞こえた。圭はパンツのポケットに財布が入っているか確認した。
ここにいれておくと取り出す時みっともないと怒られるのだが、少し前までズボンのポケットに
入れていたのだから学生の習慣はなかなか直らない。時々学割ききますかと質問して、
大介をぎょっとさせてしまったこともある。大下はその後ろで「せこい!」といつも叫んだ。
 永田町の周りは、値段が高いいわゆる「高級料理」を出す料亭しかない。最初の頃圭は
財布をのぞき込んで大下に笑われた。「後で官邸に請求書が来て、給料から清算される
のが普通なんだ」と。
「その給料はどこから出るの?」と聞き返して、「国民の税金から」という返事をもらった
翌日から、圭はこの周辺で食事をすることをやめた。「お姉ちゃん達が、意味のない無駄
遣いはやめなさいって、いつも言ってるよ」と言った圭に、ひとしきり笑い転げた後大下は
真顔になって、「政治家が皆お前の家族に育てられりゃ、国の赤字も減ったろうにな」と言った。
 支持率は相変わらず史上最低の〇.五%だそうだが、俺は結構お前さんのこと気に
入ってるんだぜ。
 そう言って頭をなぜられた。大介も黙って微笑んでいた。
「らっしゃい!」
 ガラガラと引き戸を開けると、同時に威勢のいい声が飛んできた。
「おや総理、らっしゃい!」
 カウンターの向こうから、ねじり鉢巻きをはげ上がった頭に巻いた親父が嬉しそうに手を
挙げた。カウンターを拭いていた女将に、「おい、いつもの座敷に案内してやんな」とあごを
しゃくる。女将がうなずいて「どうぞこちらへ」とのれんをくぐった。
「今日は天ぷら入ってるからな!」
 初めてここに来て以来、これが当たり前の挨拶になってしまった。
「やだなぁ、僕いつものだって」
 これも毎回交わされる会話である。
 高級料亭に目を丸くした圭が、姉に電話を入れて「安くてうまい店」ということで足を踏み
入れたのが四日前。その時圭はまたも紙幣より小銭の多い財布を覗きながら、「よーし、
今日はちょっと贅沢してみよう」とつぶやいた。
 それを、失礼しましたとお辞儀して障子に手をかけた女将がたまたま聞きとがめ、
「申し訳ございません、あいにく今日は天ぷらを切らしておりまして」
と言ったのだ。
 圭はきょとんとしてメニューを見た。そしてこの店で一番高い料理が天ぷら会席膳
(千五〇〇円)であることを知り、
「あ、違うんです。僕外で食べる時はいつも一番安いものしか頼まないんですけど、昨日
母からお小遣いもらったからちょっと奮発して、これ頼もうかなって……」
 圭が指さしたのは、「卵丼五〇〇円」と書かれた隣の「親子丼六五〇円」だった。
 突然の大爆笑によほど驚いたのか、親父が包丁片手に血相変えて飛び込んで来て以来、
可能な限り昼食はここと決めた。
「おうおう、また今日も何かやらかしたのか。さっきニュース速報で出てたぞ。景気刺激策
一部内閣は承諾せずとかなんとか。今日は土曜だってのに忙しいこった。ま、いいやな、
そんくらい元気があった方が」
 その時大下にあわてて組み伏せられた親父は、圭が例の新総理だと聞かされても
へいこらするようなことはせず、圭もそれが気に入っている。総理と紹介される度に顔色を
変えながら、納得出来ない微笑みを浮かべて手を差し出してくる人間は、永田町内だけで
十分だった。
「おう、悪いな、今から一時間貸し切りなんだ」
 振り向くと、会社員らしき男が二人残念そうにきびすを返して出ていくところだった。
この辺はオフィス街だから、土曜に開いている店は貴重なのだ。
「いつもすいません」
 前を行く女将に詫びると、
「あーら、気にしないで。SPの人達もゆっくり食事が出来ていいでしょうよ。カウンターで
話してるとね、結構楽しい話が聞けるのよ。うちも総理御用達の店とかいって、これでも
お客さんが増えたし」
 下町の生まれだというこの女性は、いつも元気に笑う。そして励ましてくれる。それに
家族の面影を見るから、こうして足が向くのかもしれない。
 いつ来ても木の香りに満たされているこの座敷は、窓がない代わりに反射を計算して
作られた照明で十分明るい。昼食の電話を入れれば貸し切りにしておいてくれるので、
ちょっとした会議室代わりにちょうどいい。
 注文を済ませてから女将が立ち去るのを待って、大介が切り出した。
「今問題になっているストーカー事件のことですが」
「うん?」
「至急の法案化を希望する声が上がっています。いつまで後手後手に回るのかと、
団体からの抗議もありますし」
「警察庁が全国の都道府県本部におふれを出したはずだろう? 相談があればちゃんと
調査するようにと」
 大下が口を挟む。
「公務員の不祥事続出で、警察の権威も地に落ちている。つまり、国に動いてもらいたいと
いうことです」
「うーん……。ストーカーってあれだよね、無言電話とかもありだよね?」
「そう、ですが」
「じゃ、やろうよ。志保姉ちゃんもイタ電が多いって怒ってたことあったしなー。でも突然
夜中にバット持って出掛けていって以来、なくなったんだけど」
「げ。それって」
 大下が顔をしかめた。口を開きかけたところで大介が手を出して遮った。
「ではその方向に」
「お願いしますねー」
「いやいやお前さんも、天然なのかワザとかよく分からん人間だな。案外食えん奴」
 備え付けてあるポットからとぽとぽとお茶をつぎながら大下が言った。
「食う? 大下さん注文しなかったの? ダメだよご飯ぬいちゃあ」
 圭が聞き返すと、大下はお茶を吹き出して派手にむせた。
「大丈夫?」
 大下はしばらく咳き込んでいたが、「お前本当に天然だな」と言った。
 圭がまた聞き返そうとした時、大介の携帯が鳴った。
「失礼」
 二人に軽く手を挙げて素早く応じる。二、三言葉を交わした後、「何!」と立ち上がったので、
圭は驚いて後ずさった。
「総理、申し訳ありませんが昼食は中止です。すぐ官邸に戻りましょう」
 大下がすぐに立ち上がって廊下に続く障子を開け、外にいる他のSPに合図するのが
見えた。流石にSPのリーダーというだけあって反応が早い。
「どうした?」
 先に靴を履きながら大下が尋ねた。
「官邸のコンピュータにハッカーが侵入、官邸だけでなくそこから総理府にも侵入され、
全システムがダウンしました。大混乱しているとのことです」
「何だって!」
 無理矢理圭の腕を取って立ち上がらせながら、大介が大下に答える。
「総理、立って下さい」
 イライラした様子で大介がせかした。
「ご、ごめんなさい、足しびれた……」
 大下が「アホ!」と言いながら手を差し出す。それにつかまって靴を履くか履かないかと
いううちに、引きずられるようにして入り口へ連れていかれた。
「申し訳ない、急用で帰ります。代金は後で請求して下さい!」
 カウンターで目を白黒させている親父に大介が言った。
「ごめんなさぁーい」
 言い切らないうちに、外に出されて目の前で引き戸が閉まった。


「サードブロック完了。試行開始」
「了解」


「何だこりゃ!」
 大下の声につられて圭が、空を見上げた。
「あれ? 信号って両方が青になることってあるんだ」
「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!」
 相変わらずこの少年は危機感が欠如しているというか、大物というべきか……。
大介は時計に目をやったあと、信号機を珍しそうに眺めている二人を促して歩きだした。
この有り様では車に乗ったところで、何時間経っても官邸にたどり着けないだろう。
SPが後ろからあわてて三人の警備に付いてきた。
 街は大混乱だった。ハッカーが警視庁から交通管制センターにも侵入したのか、信号が
デタラメに切り替わり、至るところで衝突や小競り合いが起きている。
 何を考えているんだ!
「警視庁が警官を配備するまで、あと三十分はかかるな」
「それだけあれば今日の交通事故発生件数は十分です」
 なす術もなく渋滞を引き起こしている車の列に目をやって大介は答えた。交通システムに
やすやすと侵入したということは、電車の方もやられているかも知れない。
 自分の力によらない交通手段を失うだけで、現代人はあっけなく陥落する。かつて
大地震に見舞われた関西地区が大混乱に陥ったように。
 携帯が二回コールして切れた。内ポケットから取り出して着信を見ると官邸秘書室の番号だ。
掛け直してみたが、音声システムが混線中であることを告げただけだった。どこもパニックに
陥っているらしい。
「あ、そうか」
 急に手をうつ音がした。
「何です?」
 横を向くと圭が嬉しそうに見上げている。
「せっかく注文したのに食べなかったのは悪いから、後で届けてもらえばいいよね」
「……は?」
「だから、さっきの親子丼だって。食べ物を無駄にしたらいけませんってお母さん言ってた」
 認めたくはないが、多分本気で言っている。
「はいはいはい、大介が怒ってるからそこまでにしとこうねー」
 後ろから大下に肩を押さえられた。いつの間にか右手を握り締めていたことに気づく。
「悪気はないんだからさ」
 大下が肩をすくめた。
「悪気があったら殴ってます」
 この忙しい時に、と付け加えて歩みを速める。無論圭が遅いのは分かっているので、左手で
彼の右手首をつかんでいる。
「大変です!」
 官邸玄関にたどり着くと、この寒い中竹本官房長官を始め、主だった人間が勢揃いしていた。
余程帰りを待ち兼ねたのか連絡を入れてから外で待ち通しだったらしく、手をこすりあわせたり
している。
「被害は」
「だめです、すべてのコンピュータがダウンしました」
 吉田が首を横に振った。
「小野田さん!」
 見上げれば、秘書室の窓を開けて今田が書類を振り回している。
「警視庁からFAXです! 都内の交通システムが何者かによって乗っ取られました! 
入力を一切受け付けないため、正常に戻すには、一度すべてシャットダウンさせないと
駄目だそうです。それも最低二週間はかかるそうで!」
 隣で「なんてこった……」と大下がつぶやくのが聞こえた。
「都内すべてとなると、今日は土曜ですから警官を非常召集する必要がありますね。ああ、
機動隊の方が早いか。いや、この混乱に生じて何かが起きないとも限らないし、警備人数の
確保が……」
 ふと背広を引っ張られているのに気づいて振り向くと、圭が不思議そうな顔で裾を
つかんでいた。
「今度は何です?」
「ヘリは出せませんか? 普通の会社で、ヘリコプター持ってる人にもお願いして、警察の
人達がすぐ集まれるようにしましょう。都内に何カ所か集合場所決めて」
 その場にいた全員が目をむいた。
「そんなことをしたら都民から苦情がでますよ!」
「この混乱に拍車かける気ですか!」
「総理ったってね、やっていいことと悪いことがあるんですよ!」
 吉田や白根政務副長官、報道官の中野が何を言っているのかという顔で圭にまくし
たてた。圭は一通り彼らを見回した後大介をじっと見て、
「ダメですか?」
「いえ……早急に警官を配備して混乱を防ぐしか方法がありません。この事態がこれ
以上拡大するのを防ぐにはそれしかないでしょう。――いいですか」
 最後のセリフは一同に向けてだった。
「……あんたがそう判断するなら仕方ないだろう」
 渋柿をうっかりかじってしまったような顔で、吉田がうなずいた。それを見て他の者も続く。
「あーら、皆さん玄関先で会議?」
 ウエーブのかかった髪の毛をくるくるといじり回しながら、美奈子が現れた。相変わらず
真っ赤なスーツにきつい香水。副総理に見えなくても、自分のポリシーが守れれば
気にしないらしい。
「とりあえず、中に入りましょう」
 竹本に促されて総理大臣執務室へと向かった。くらくらするような香りがまといつく
ところをみると、あの女も後ろからついてきているのだろう。
 今田が一足先に待機していた。手短にヘリ手配の件を伝える。彼女ならいちいち
説明しなくても、運輸省への連絡から民間への協力依頼等問題なく行ってくれるだろう。
「これで間違いなく、官僚どもからやり過ぎだって叩かれるねぇ」
 どっかりソファに腰を下ろして白根が言った。
「しかしこうでもしなければ、警官が警視庁にやってくることが出来ません。そのための
交通規制乗り出しが後手後手に回ることを考えれば、ヘリでの招集は得策でしょう」
 竹本が言った。数年前のH県大地震でのことを言っているのだろう。その時は基山や
大介の勧めにもかかわらず、当時の総理大臣が越権行為を気にして早急な指示を渋った
ため、被害が増大したと言われている。結局その後、世論に背を押されるようにして
内閣総辞職となった。基山は何も言わなかった。
「あの、それで、僕コンピュータのことよくわかんないんですけど、全システムがダウン
したってことは、使えないってことですか」
「だからさっきからそのことで大騒ぎしてるんでしょうが」
 既に吉田はイライラしている。貧乏揺すりで発電が出来そうだ。
「電源抜いても直らない?」
「そんなことで直ったら、パソコンメーカーが設置している『お客様相談室』は必要なくなる
でしょうね」
 吉田の皮肉も、圭はまったく気づいていないようで、
「んじゃあ、パソコンに詳しい人に見てもらったら?」
「機密事項もあるんですよ。見られたらどうするんです」
「秘密は守ると約束してもらうとか」
「借りを作ることになり、業者との癒着問題になります」
「だから、修理代はちゃんと払って」
「あんたね」
 吉田が真っ赤な顔でメガネをくいくいと押し上げた。総理に向かってあんた呼ばわりして
いるところからみても、余程はらわたが煮え繰り返っているに違いない。
「まあまあ。案外いい策じゃないですか」
 竹本が割って入った。
「じゃあこうしましょう。主だったメーカーすべてに声を掛けるんです。総理府の庁だって
一つや二つではないんですから。それなら癒着は問題ないでしょう。機密事項についても、
天下の大蔵省を敵に回して取引停止にするようなことはしないと思われますが」
 こちらを見て目配せする。これ以上反論される前にやれ、ということだ。
「ではそういう訳ですので、手配してきます」
 有無をいわさず部屋を出た。ドアを閉める直前に、壁際にいた美奈子と目が合った。
 面白いことになったわねぇ。
 そんな視線だった。


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