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律儀な男
あれが何だったのかと今聞かれても困ってしまうのですが、
まあ彼がしてくれた精一杯のお礼なんでしょう。
そもそものことの発端は、あの犯行の下見の時じゃないかな。ああ、マリンブルーっていう
宝石の事件の時ですね。
ちょうどその時あの例の「少年探偵団」の江戸川コナンっていう子が居合わせてね、
俺の正体がばれてしまったんですよ。あれはちょっと予定外のことでまいったな。
それでハングライダーで空から帰っていた時に、眼下の川に何か浮いているのが見えて。
なんだろうと思ってオペラグラスで見てみると人の形をしていたから急いで降りました。
何とか引き上げましたがもう既に息はなく、俺が降下するのを見ていたパトがやって
きたもんだから、今川から引き上げたということを話して俺はその場を去りましたね。
まさか怪盗がそんなことをするとは思ってもなかったんでしょう、警察官も一瞬あっけに
とられてました。流石に「ご協力感謝します」とは言わなかったな。
ま、そんなこともありましたが犯行日当夜のことです。
予定通り宝石はいただいて後は逃げるばかりというところで、下見をした時と様子が
違っていることに気づいたんです。あのコナンっていう子のアイディアか、それとも彼に
あれこれアドバイスしている工藤新一という高校生探偵の入れ知恵か知りませんが、
中森警部ならまずない発想でしたね。…いや失敬。
あれだけ行動パターンを分析されてことごとく潰されていると、困るより先に感心しますね。
まさに俺の考えを読んだかのように先回りされていたわけですから。
とりあえずビルの設計図を見返して俺は逃げ道を探しました。そしていくつか、物に
ふさがれているために出入り可能な場所として認知されていない箇所を探し出し、そこ
から逃げることにしたんです。彼はそのふさいでいるものをどかせないと判断したんでしょうが、
一応俺もこう見えてあちこちに道具くらい隠し持ってるんでね。
その場所から一番近い箇所に向かった時でした。たどり着いてみるとそこはさび付いた
鍵がいくつかぶら下がっているだけのドアだったんですよ。多分、さび付きすぎてあかなく
なったから出入り口から除外されていたんじゃないかな。これならドアごと外せば何とか
なるかと、道具を出そうとしたまさにその時でした。
タイミングの悪いことにドアを開けて1人の警察官が入ってきたんですね。俺もこれは
予測してなかったから驚きました。
その警察官は「KIDだ!KIDがいたぞ!」と大声で叫びはじめました。俺は全速力で
その場から逃げました。ああ、カメラにも俺の間抜けな顔が映っちまったかな。
まあ何とか別の場所から逃げられはしたんですけどね。奇妙なことに、声を聞きつけた
はずの応援がこないからおかしいとは思ったんですが。
本当にびっくりしたのは次の日かな。新聞を読んでいて昨夜のニュースが載っていた
んですが、俺に向かって叫んだ警察官が共犯だと言われていました。
こちらも心当たりのないことですし、何だろうと思ってしばらく首をひねっていましたよ。
それで、その記事を読み進めていった途端唐突に納得したんです。
あれは、俺を助けようとしての行動だったと。
あの罠を張ってあったという場所、確認しましたがドアの向こうには何もなかったんですよ。
階段も、足を乗せるスペースも。何もしらずにドアを開ければ暗闇の中へまっさかさまです。
ハンググライダーを広げるのも間に合ったかどうか分かりません。
その上、あの警察官はそこから入ってきました。何の準備もなしにそんな芸当が出来るとは
思いませんし、本物の警察官ならまず無線を使って応援を呼びます。
その相手は誰かって?
俺の記憶の中にある顔は、その新聞の片隅に載っていた「身元判明」という見出しとともに
あった、例の水死体写真のそれと一致しています。
ご遺族にお礼を言われるまでもなく、本人からお礼をいただいたってところですね。