多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)2-1




 部屋はざわついていた。先ほどは針を落としても聞き取れそうなほどであったのに、
今は紙袋を破裂させても聞こえないかもしれない。
「どうしたんですか」
 とりあえずすぐ近くにいた金田一に声をかけてみた。考え込んでいる風だった少年は
ハッと顔を上げて、
「電話が、逆探知寸前で切れたんです。切れたんですが……何か不自然で……」
「良かったら状況を教えてもらえませんかねぇ」
 絶対邪魔はしませんから、と言って両手を合わせる。
 金田一はちょっと待って下さい、と言って明智の方へ近寄った。指示を出し終えて
剣持と話をしていたらしい彼がつと、こちらを見る。
 まっすぐな視線が豊田を射た。明らかに威嚇を含んだ眼差し。
 それがどう金田一から話を聞いたものか、フッと和らいでうなずいた。どうやら天下の
警察、それもエリートキャリアにこの少年は少しなりとも信用が有るらしい。
 そういえば報道部から聞いたことがあるような気がする。速水玲香とかいう芸能人の
誘拐事件に関わっていた一般人がいたとかいないとか。それが確か変わった名前で、
速水玲香がとても信用していた人物だったとか。
 彼が。キンダイチハジメ。
 これはちょっと取材を申込む価値があるかもしれない。
 豊田が頭の中でデスクへの取材許可申請やらスケジュールやらを考え始めた時、
金田一が戻ってきた。
「あの、さっきのオッサン……三田さんの取材に同行させてもらえるなら、代わりに
情報を提供してもいいって」
 コンマ二秒、情報性を天秤にかけて豊田はうなずいた。警察が三田をどうマーク
しようが、他社を出し抜いての情報入手には代えられない。思わぬ掘り出し物だ。
 明智らに促されるまま隣室に移動するとそこは、即席で作られた会議室のようだった。
テーブルにパイプ椅子数脚。それがこの部屋のすべて。
「ではちょっと整理させてもらってもいいですか。何分私も分野違いなもので正確に
把握していないんですよ」
 うむ、と剣持がうなずいて備忘録を取り出した。


 とある女子高校生の――今度は流石に剣持も口を滑らせなかった――加奈子が
夜十時を過ぎても帰宅しない、と通報が入ったのは十一日前のことだった。丁度季節は
秋から冬に変わり、日がしずんだと思う間もなく暗闇に包まれる時期である。
 今時の高校生にしては珍しく家族に心配をかけることを嫌う性格で、遅くとも食卓に
夕食が並べられる時刻までに帰宅していなかったことはない。
 職業柄逆恨み等を心配した父親の要請により、秘密裏に捜査本部が設置されたが、
翌日あっさりと「営利目的」の誘拐であることが判明した。
 九時きっかりにかかってきた電話は、十日後の午前九時に身代金三千万と加奈子を
交換することを告げて切れた。所用時間実に二十秒。必要事項の伝達だけに費やされた
その時間が、逆に真実味を醸し出していた。
 それから毎日午前九時きっかりに連絡が入るようになる。あらかじめ録音された
人質の声によって、無事を確認させる為に。
 しかしそれと反比例して、手がかりは限りなくゼロに近かった。当初ざっと三桁に
上った容疑者リストも、本腰を入れて調べるまでもなく一桁前半にまで激減した。
 父親からの圧力と捜査の長期化を恐れた警察庁上層部は、成果が上がらないと
見るや直ちに担当管理官を逆指名した。即ち明智が、事件発生一週間目にして現在
抱えている捜査本部を放り出してこの事件の指揮を執ることになったわけだ。
 明智は数少ない手がかりからたちまち犯人像を組み立てた。

[背景]
 犯人は几帳面な性格であり長年会社勤めの経験がある。動機は恐らく職を失うことに
よって生じた借金の返済。金額からして部長クラス以上。定期連絡やその内容から
考慮すると有能であると思われる。つまりリストラとは考えがたく、やむを得ない状況に
よって解雇されたものと考察する。つまりギャンブル等によって出来た借金ではない。
 むしろ最近倒産した会社等のものと考えられる。

[身体的特徴]
 体型は痩せ型かもしくは、急激なストレスによって最近著しく体重減があったはずである。
家族は現時点ではいない。いるとすれば、犯人に対して発言権を持たない存在である。
だが、今回の犯行に荷担している可能性はある。連絡係を犯人が受け持ち、被害者の
世話を受け持っているだろう。犯人の性格を考慮すれば、世帯を持っていたとしても
家族が手伝っているとは考えにくく、血のつながった恐らくは兄弟が関わっている。

[習慣]
 規則性のある生活をしている。

[危険性]
 被害者に危害を加える可能性は低い。不自由のないよう、食事等は与えられていると
思われる。

[捜査方針]
 計画の緻密性は非常に高い。営利誘拐というハイリスクハイリターンな犯罪を選んだ
のは、計画に自信があるのではないか。それならば綿密に下見などを行っているはずで
あり、確実に身代金を請求できる可能性として被害者を選んでいるはずである。つまり、
 怨恨目的ではない、、、、、、、、
 これらの推測から、被害者の家族とは密接な関係はなく、仕事上で繋がりの合った
人物――それも接触は数回以内と思われる――もしくは条件に当て嵌まる「無関係の
人間」を調査する必要がある。


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