多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)2-2




 そして明智にとある確信を持たせることになった手がかり――夫人の機転によって
とっさに録音された最初の電話が、捜査の方向を決定した。
 二十秒という短時間にもかかわらず、相手が通話を終了する間際に聞こえた金属音。
コインの落ちる音としか捉えられていなかったそれは、明智の綿密なプロファイリングから
『少なくとも犯人が現在居住地点としている近所』の公衆電話によるものとされた。
 公衆電話の九十%がカード対応に変わった現在、コインの落下音が聞こえるのは
『交通の便が恐ろしく悪いか、もしくは何らかのアクシデントによってテレホンカードが
使用できなくなっているカード電話』である。人質・犯人らしき人物像の目撃例が
まったくないことから考えても、そういった場所にいることは十分有りうる、と。
 以降かけられた電話内容からはまったくそのような音が聞こえなかった。毎回
使用する公衆電話の場所も中継地点が変わっており、これらから明智は犯人が高い
知能を持ち、逆探知を警戒して監禁場所からわざと離れた場所から電話をかけている
ことを導き出した。
 しかし被害者家族と関係のある人間ならともかく、「まったく関係のない」人間捜しは
すぐに手応えがあるはずもなく指定日当日を迎えることとなった。だがそれこそが事件を
一気に解決する大きなチャンスでもあったのである。
 明智は万全の体勢を敷いた。
 後は身代金引き渡し後、犯人を尾行するだけであった。それが、暴走車による交通
事故で尾行どころか事情聴取さえ出来ない有り様になってしまったのである。
 確認次第折り返し娘の引き渡し場所を知らせる、と入るはずだった十時の電話も無く、
様々な推理をめぐらせた挙句に明智は捜査本部の半数を病院へ移した。
 引き渡し方法によって裏付けられたもう一人の犯人は、しかし恐らく加奈子宅の
電話番号を知らない。犯人――大島育郎が主な役割をこなしていたのだろう。
 ここで双方に微妙な狂いが生じた。身代金と共に大島育郎が帰還せねば加奈子の
解放は有り得ない。だが、彼は今それが不可能な状況にいる。それを共犯者が知る
すべはないのだ。
 大島育郎の周辺を調べれば足跡も追いかけられるだろうが、いかんせん時間が
無さ過ぎた。大捕物に紛れて事故に遭った人間が誘拐犯だったことが何時の間にか
マスコミへ流れ、報道協定とはいうものの警察への追求が始まるのは時間の問題で
あったのだ。
 そこで明智は誰もが思いも付かなかった方法を取った。
 報道協定はそのままで、「事故に巻き込まれた不幸な一般人の情報求む」を
ニュースとして流させたのである。
 警察にその身元が割れていることを共犯者に悟らせず、かつ連絡をしてくるように
仕向けさせる作戦だった。これまでの経緯から共犯者の知能レベルを見抜いた、
明智ならではの大胆な策である。
 そこから先は立ち会った豊田も知るところだ。


「その大島という人が身につけていたものは見せてもらえませんかね?」
 ペンを片手に考え込んでいた豊田が顔を上げた。
 明智は軽くうなずいて立ち上がり、ドアを少し開けると二言三言指示を出して再び
元の椅子に腰掛けた。
 数分の後ノックと共に制服警官が入ってきた。手本通りの敬礼をした後テーブルの
上へビニールに入った品を並べた。
 スカーフのような布、運転免許証、サイフ、車の鍵、それと、幾重にも折りたたまれた
ビニールのようなもの。
「これ、何だ?」
 一が目の高さに上げて眺め回した。「ああ、レインコートか」
 持ち主の性格を反映するように丁寧に折りたたまれたそれは、恐らく購入時に
入っていたであろう外袋へ綺麗に収納されていた。水滴が付着しているところを見ると
既に使用されたのだろう。
「これは何でしょうかねぇ?」
 そちらを見た後視線を戻して、豊田は首をひねりながらスカーフもどきを持ち上げた。
「制服のリボンじゃないかな。多分加奈子さんのものだと思うけど」
「そうでしょうね。恐らく自分に何かあれば、被害者の身の安全は保障しない、という
取り引きに使う予定だったのかもしれませんね」
 剣持が直立不動のまま立っている警官に、
「おい、それで大島の車は見つかったのか」
と声をかけた。
「ハッ、只今全力を挙げて探索中であります!」
 明智が腕時計を見た。つられて豊田も自分のそれを見る。先ほどの説明から考えて、
大島がここへ搬送されてから一時間以上経つ。車の種類、ナンバー等は既に判明
している。それなのに発見できないということは……。
「尾行を撒く為に、車では来てないんじゃないかなぁ」
 一がつぶやいた。
「誘拐事件で犯人逮捕の確率が一番高いのは身代金の受け渡し。今回は大島が
無事戻ってから被害者を解放ってコトだけど、こんくらい計画性のある奴なら当然
尾行されることぐらい考えるだろうし」
「ええ、多分そうでしょうね」
「では、いかがしましょうか」
 多分制服警官は、そう思うんなら早く言ってくれぐらい思っていたかもしれない。
しかし、上の指示があるまでは勝手に捜査内容の変更は許されないのである。
「じゃあ最寄りの駅やバス停に目撃者が居ないかあたってくれ」
 剣持の言葉に敬礼で答えると、警官は慌てて部屋を出ていった。


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