多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)3-1




「何とも、雲行きが怪しくなってきたなぁ……」
「天気なら大分前から悪かったじゃん」
「ばーか、捜査のことだ。こりゃ長引くかもしれんなぁ……」
 誘拐は長引くほど不利だ、と剣持が言った。特に身代金の受け渡し後、邪魔になった
人質の殺害を考える犯人もいるからだと。
「ああ、やっぱりそうですか。んじゃどーも」
 豊田は受話器を置いて彼らに近寄った。
「あのー、私の考え過ぎかもしれないんですが……」
 おっかなびっくり口を開くと一が笑って、
「何スか? 思い付いたことがあれば言って下さい」
「お聞きしましょう」
 戻ってきた明智がフッと微笑んだ。
――っかー、こンのかっこつけ野郎が。
 一のつぶやきが聞こえたが豊田は黙っておいた。
「えーと、多分人質がいる……っていうか、隠れ場所は×県のI村あたりじゃない
かと……」
「何ィィィ!」
 勢い良く立ち上がった剣持の後ろでパイプ椅子がけたたましい音と共に倒れた。
「そう思う根拠は?」
 こちらは微動だにしない明智。一ももちろんノーリアクションだ。びっくりして言葉が
出てこなかったかも知れないが。
「いや、根拠はいくらでも説明しますが、一刻を争うと思いますよ。多分生き埋めに
なっている可能性がありますから」
 豊田はストンと椅子に腰を下ろした。口調は控えめだが、確信を持って言っている。
「……待って下さい。いくら何でもはっきりした根拠もないまま捜査の指示は出せません。
外れていた場合、捜査の混乱にも繋がります。そう判断した理由を聞かせて下さい」
 ほんの一瞬、意図せず明智とにらみ合う形となった。豊田は軽く肩をすくめて、
「いや、たまたま待合室で見たニュースを思い出したんですよ。ホラ、刑事さん達が
大島の身内からの電話を受けていた時です。天気予報で雨が降っている地域を映し
てて――」
「それだけじゃ地域までは断定出来んだろう」
「君は黙っていて下さい」
 ぴしゃりと明智が言った。慌てて剣持が黙り込む。
「それで?」
「豪雨の地域に関して警報が出た、と最後に言ったんですよ。土砂崩れの可能性が
あるので注意するようにって。実際何ヶ所かその時点で崩れていたらしいですがね」
「……つまりそれがI村ってことですか」
「ええ」
 一の質問に豊田は軽くうなずいてみせた。
「別にさっきはふと思い出しただけなんですけどね、そういえばあの電話途中で切れた
なと思って。でもコインの落下音やテレホンカードの度数が切れた音も入ってなかった
でしょう? だからまあ素人なりに何かの作用によって切断されたんじゃないかと思った
わけですよ。えーと、この電話は最初の電話が入った時と同じ場所だって言うでしょう? 
それでこの電話の切られた状態=人質の状態と結びつきまして。電話線がまず切断
されて、土砂にでも押しつぶされたかなと」
 明智は無言のまま聞き入っている。恐らく思考の方はフル回転していることだろう。
「まあそれだけで結び付けるのも何ですが、犯人の持ち物に傘がなかったのを思い
出しましてね。そういやレインコートはあったなと。傘を持たずにレインコートを使用する
のは、傘が役に立たないほどどしゃ降りのところから来た、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、んじゃないかと思ったんですよ。
で、さっき看護婦に聞いてみたんですけどね、靴や着衣に泥が付着してたらしいんで」
 剣持がごくりとのどを鳴らした。
 窓を叩く雨は何時の間にか激しくなり、そこから見える空は墨で塗りつぶしたかのよう
だった。数時間前まで晴れ渡っていたのが嘘のようだ。
 じっと真摯な面持ちで黙り込んでいる一は、忙しく頭をめぐらせているのだろう。矛盾
すべき場所がないか、豊田の推測を組み立て直しているのだろうか。
「明智さん、大至急I村を捜査した方がいいんじゃないか? NTTに聞けば公衆電話の
場所もハッキリするだろ」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、明智は立ち上がっていた。
「豊田さん、民間人のご協力感謝しますよ」
「俺にはそんなこと絶―っ対言わねークセに!」
 一がムッとしたように靴を振り上げたが、クリーニング代を請求されても困ると思ったのか、
投げつけるのはかろうじて踏みとどまったようだ。
「過失だったのに、車の損壊代を高校生に請求する大人気ない奴だもんなぁ!」
 本人にそう言えばいいのに、と思ったが言えないから居ない内にごねているのだろうなと
思い直した。
「いやー、あんたすごいな! 雑誌記者にしとくには惜しい!」
 剣持が満面の笑顔で豊田の右手を取って力強く握り締めてきた。
「いや、ははは……。偶然ですよ。このリボンにね、泥が付着していてあれと思ったのが
きっかけなんです」
 その言葉に一がテーブル上のリボンを見た。振って広げ、隅にポツポツと不自然な
灰色の模様を発見したようだ。
「今捜索隊を向かわせました。数時間以内に報告が入るでしょう」
 明智が戻ってきた。
 その言葉にふと豊田は腕時計を見た。
「うわっ、まずい! 済みませんが約束の時間ですんで、俺はこれで」
 広げていた筆記用具を鞄にしまって、豊田は腰を浮かせた。
「ああ、そういえばそうでしたね」
 明智がニッコリと笑う。
 何故だろう、目が笑っていない気がするのは。
「え? あ、本当についてくるんですかー?」
「もちろんですよ。これはこれ、それはそれですから」
「はあ……」
 仕方なくといった風に豊田は部屋を出、警官のひしめく部屋を会釈しながら通り過ぎると
廊下へ出た。もちろん後ろには一達がついている。
「くれぐれも、話に口を突っ込んだりしないで下さいよ。あくまでも興味本心で聞きに
来た一般人ということでお願いしますね」
 親方日の丸に口答えしても無駄だ。豊田は歩きながら何度も念を押した。
 そうまでしてついてくる彼ら。
 高遠遙一の話は報道でよく知っているが、彼らと何の因縁があるというのだろう。


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