多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場金田一vsコナン「透明な殺意」→第一章1


第一章   悪魔が来りて笛を吹く

 桜井で神楽のことを調べ、一行はこの地方では石見神楽と呼ばれ、出雲神話に
独自の昔話をミックスした内容のものが伝えられていることを知った。無論、
あまりなじみのない分野なのでどうにか理解した、という方が正しい。
 四人で話し合った結果、失礼を承知でアポなし訪問ということになった。もし
これが何らかの助けを求めるものであれば、事前に連絡をした場合、差出人の身に
危険が及ぶ可能性があると考えてのことである。
 彼らが目指す湊町の田川家は、日本海沿いの国道九号線から山中に入り
組んだ市道を奥に入るという、どうみても交通の便がいいとは言いがたいところに
あるようだ。人家よりもはるかに田畑の割合が多く、人口の殆どは本業を他に持つ
兼業農家。また、携帯電話やPHSより驚異的な有効エリアの広さを誇るポケット
ベルでさえ、圏外に指定されているところらしい。
「あーぎもぢわるー」
 考えてみると二日前から車に乗りっぱなしの一である。しかも今日進んでいる
のはやたら曲がりくねった、舗装も十分でない幅の狭い山道。都会っ子の一で
なくても車酔いしそうだ。
「少し、休憩しましょうか」
 同じようにここを帰省以外で訪れる者のためだろうか、幅を広くして「P」と看板の
出ている路肩に明智は車を停めた。
 めいめいに下りて深呼吸する。田舎だけあって、清浄な空気が肺に染み込む様子が
分かるようである。
 立っている所から眼下に、放射線状に広がる田畑、そしてその向こうにそびえたつ木々。
ここだけ時が止まったような、心安らぐ景色だった。
「空気がめっちゃうまいでー!」
「あーっ生き返るー」
 感激することしきりの服部と一である。ラジオ体操でもするように手足を動かしてみた。
「あんたらー、どっからきんさったね?」
 道路下の大きな畑から上がってきたらしい、麦わら帽子をかぶった老婆が、背中に
大きなかごを背負ってニコニコとこちらを見ていた。
「東京からだよ」
 こんな時、コナンは自分の役割をよく心得ている。無邪気な子供のフリをして、重要な
情報を聞き出すのである。一はここ数日のやり取りで、それを知っていた。
「まー、あんな遠いとこからきたんか。ここは何もないけー、何しにきんさった?」
「えっとね、田川さんっておうちを探してるんだけど、この道であってるのかな」
 老婆は雑草の生えた道端に座り込み、泥のついた野菜でいっぱいのかごをおろして
古ぼけた帽子をその中に入れると、
「あの家に何か用事かね。おお、神楽のモンでも頼むんか? 神楽のことゆーたら
あそこが一番だけーね」
「……え?」
 とっさにコナンが反応できない。
「いえ、あそこの政子さんという方に用があって来たのですが。田川さんは神楽の関係者
なのですか?」
 老婆の前にかがみこむと、明智は尋ねた。老婆はしばらく首をかしげていたが、
「まさこさん……? おお、政子さんか、政子さんは今から十五年も前になるかのう、死んで
しもうとる。あんたらたぬきかきつねに化かされたんじゃないかね」
 田舎らしい発想である。一と服部は近寄って、明智と同じくしゃがみこむと、
「バーサン何ゆーてんねや。この手紙、田川政子って書いてあんネンで」
「死んだ人が手紙出せるわけないじゃん」
と言いながら手紙を見せた。
「ほんなら誰かが嘘を書いたんじゃろ」
 あっさり言った老婆の言葉に一同コケた。自分で化かされたのだろうとか言って
おきながら、すごい言い草である。
「それとのう、田川んところは神楽の衣装と面を代々作っとるけー、この辺じゃあ知らん
人はおらんわ。いろんなところからも頼みにくるけー、あんたらもそうかー思うたわね」
「そうですか」
 つぶやくようにして明智は立ち上がった。
「まあ、行ってみないことには何も始まりませんね」
 いつものクセでどこかに連絡するのか携帯を取り出しかけたが、圏外の表示を見、
そうだった、とつぶやいて内ポケットに戻した。コナンはその様子を見ていたが思い
出したように、
「ねーおばあちゃん、この辺に泊まれるトコなんてあるかなぁ?」
「はぁ? こんなとこに旅行しにくる人はあんまりおらんけー、店も大分歩かんと無いで。
田川さんとこなら職人さんも社中の人も祭り前によー泊りにくるけぇ、あんたらぐらいなら
泊まれるんじゃないかねぇ。駄目だったらうちへきんさい。田舎だけぇ何もないが野菜は
いっぱいあるけー」
「うん、ありがとー」
 手を振って車に乗り込む。発車してその姿が見えなくなるまで老婆も手を振り返してくれ
ていた。
「ご苦労さんなこった」
 服部が皮肉を言う。コナンは笑顔で手を振りつつ「うるせえ」と服部を蹴っ飛ばした。


 田川家は山道からよく全景が見えるところにそびえたっていた。家に至る専用らしき
私道が道路へ伸びており、急な坂道になっている。道路の右手側には田畑が広がり
左手側は田川家のものらしい「私有地」と看板の立つ山々が続く。田川家へと舗装
された私道を上ると、大きな二階建ての家が見えてきた。道の途中には「石見神楽
衣装・面 /田川」という看板も建っている。暮れかかった夕日がそれに反射していた。
「でかい家やなー。大阪やったら一階部分だけで、どー値切っても五千万くらいは
かかるんちゃうかー」
 勝手に服部が値踏みをしている。
 静まり返ったこの地に響くエンジン音を聞きつけたらしく、家の中から人が出てくる
のが見えた。家の門は開いていたが中には入らず、手前で車を停めて一同は降りた。
「突然申し訳ありません。田川さんのお宅はこちらで宜しいでしょうか」
「そうですけど……神楽衣装ご注文の方でしょうか? それでしたら今は祭りの前
ですんで、しばらく日数を戴くことになりますが……」
 不安そうに彼らを見守る男は、言動からして仕事の事務処理を請け負っている
らしい。田舎育ちにしてはあまり日焼けした様子もなく、ポロシャツにスラックスと
いういでたちがこの場所では少し浮いて見える。年は二十五、六といったところか。
「ちゃうねん、お宅から手紙もろてな、こっちは東京、俺は大阪から来たってワケや。
家の人いてる?」
「ちょっとお待ち下さい」
 あわてて男が家の中に入った。入れ替わりにお下げの女性が出てきて「ここでは
なんですから、こちらへどうぞ」と彼らを案内した。
 連れて行かれた所は家の隣りの建物で、何かの作業場らしく、入り口を入ると
車一台は楽に駐車できそうな広さの土間があり、その左側に畳敷きの広い部屋
があった。ふすまで隔てられた向こうにも部屋があるらしく、何やら作業をする音が
聞こえてくる。土間と畳敷きの部屋とは何も隔てられていないが、玄関から入る風は
土間の方に吹き抜けるのでおそらく冬でも寒くないのだろう。
「こちらにお上がり下さい。今皆さん来ると思いますから」
 女性はにっこり笑うと畳敷きの部屋を手で示した。先ほどの男と違い、緑色のブラ
ウスにチェック柄のプリーツスカートという野暮ったい格好だが、逆に雰囲気によく
似合っている。
「何のご用でしょうか」
 一らが上がり込むのを見計らったかのように、数人の男女が玄関から入ってきた。
「美恵さん、お茶は私らが入れるけえ仕事に戻っとっていいよ」
 同じ顔をした女の子二人がうなずいてみせた。美恵は軽く頭を下げると玄関から
出ていった。
 上座を勧めて男が木製のどっしりしたテーブルの反対側に座ると、先ほどの女の
子達が「お茶入れるね」と、もう一人の女性を伴って奥の方に行った。
 それを見送った男が、視線をこちらに戻すのを待って明智が話を切り出した。
「突然お邪魔しまして申し訳ありません。私は東京からやってまいりました、明智と
言う者です。紹介が遅れて失礼しました」
「あ、俺金田一です」
「俺は服部」
「僕江戸川コナンでーっす」
「……はぁ」
 流石にこんな地方では、中央の活躍ぶりなど聞こえているはずもないだろう。
否、日々つつがなく暮らすこの地方の人々にとって殺人事件など新聞や雑誌などの
中だけの絵空事でしかないのかもしれない。浅黒く日焼けした顔に、困惑の笑みを
浮かべて男は口を開いた。
「僕はこの家の長男で田川政良といいます。さっきの双子が政江と政世、ついて
いったのが母で良江、神楽衣装・面の出張修理に出ているので今ここにはいませんが
父が政和、もう一人もうすぐ帰ってくると思いますが、弟が政史と言います。誰に
何のご用でしょうか」
「あれ……政子さんゆうのんは?」
 一瞬政良の顔が歪んだように見えた。すぐに微笑を浮かべた顔に戻ると、
「政子は、僕達の実母ですが十五年前、僕が五歳の時に他界しました。……母が何か?」
「実は……」
 一が身を乗り出した時、
「政良ごめんね、一人で相手させて」
 良江が戻ってきた。さきほどはまったく気にしていなかったが、こうしてみると東京を
歩いていても違和感のない身なりをしている。双子や政良を明らかに意識して変えて
いるような服装だ。
 そんな観察をされているとは知らずに良江は、手にしたやかんを土間に備え付け
られたコンロにかけた。政江か政世がその上にあった戸棚を開けて缶を取り出し、
その中からお茶のパックらしいものをつまんでやかんに入れた。同時にスイッチの
入れられた換気扇が、低いうなりと共に回り出した。
 誰もみな、この状況で話すのもなんだと思ったのか、四人は口をつぐんでそれと
なく観察していた。
 コンロは部屋の正面に位置する土間の壁際にあるので一連の動作がよく見えた。
それから考えると調理した物をすぐ運べるこの部屋は、職人が休憩する場所なの
かもしれない。
「すいません、お昼の職人さん達用にしかお茶を作ってなくて、今入りますから。
この時期よその人が来るのも珍しいもので」
 そう言いながら良江は脱いだサンダルを素早くそろえて、政良の隣に座った。
政良が顔をしかめて、
「ここに二人座ったら政江と政世が座れないだろ」
「あらごめんなさい」
 口に手を当てて、良江は入り口付近の、テーブルの短い辺の方へ座った。
ふと、コナンが隣りの服部をつつくのが横目に見えた。服部も気づかれないよう
小さくうなずき、一と明智に目で合図を送る。二人も気づいていた。



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