多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」第三章1→第三章2




 鑑識の結果は、どちらとも断定しかねると出た。掃除範囲の割り振りは朝、気まぐれになされた
ものであり、あらかじめ場所が決まっていたわけではなかったからである。それでは計画殺人に
ならない。
 夕刊のないこの地方では、もっぱら口コミによって事件は広まったようだった。ひっきりなしに
隣人――数百m離れていてもそう呼ぶのであれば、だが――が訪れてはお悔やみがてら、好奇心を
隠そうともせずに根掘り葉掘り聞いていく。終いには、散歩に出かけた自分達ですらとっつかまえる
有り様であった。
「あーもうかなわんわー」
 たぷんと音のする胃を押さえながら服部はため息をついた。
 山間部にあっては予報時刻より早い日暮れが訪れようとしていた。時計を見るとまだ五時にも
ならない。
「お通夜とかあるんだったら手伝った方がいいのかな」
 隣で同じように腹を押さえて歩く少年が、珍しいことを言っている。他の二人がうまく向こうの気分を
害さないように、行く先々の茶を固辞したのに対し、こちらは「もったいない」主義だ。
「政世さんの御遺骨が戻ってから、と美恵さんに聞きましたから、明後日になるのではと思いますが」
 明智が言った。そう言えば、政史の遺体が司法解剖にまわされた後、政良達の希望でそのまま
荼毘に付されてから戻ってくるということだった。政世もそうするのだろう。運んでくる人間の苦労を
思ってそういうことにしたらしい。
 この辺はうるさいんですよ。お別れしないうちに焼いちゃうと。
 ため息交じりに美恵が言っていた。手間よりも義理人情の土地だと。
 まーわからんでもないけど、死んだモンより生きてるモンの都合優先でええやんか。別に冒涜しとる
訳でもないねンし。
 服部は合理主義である。
「明日が祭りか……」
 コナンのつぶやきが耳に入った。
「何や工藤、行きたいンか? 俺が連れて行ってやろうか?」
 返事のかわりに向こうずねを蹴り上げられ、やぶ蚊の飛び回る道端にしゃがみこむ羽目になった。
「何か、起こりそうですね」
 明智の言葉にコナンはしれっとうなずいている。ダチを置き去りにすることなどまったく気にならない
らしい。
「ちょー、待ちいや」
 あわてて追いつくと、夕日に照らされた田川家が見えてきた。庭に面した座敷が開け放たれ、人が
忙しく出入りしている。
 職人達である。とりあえず明日の行事が終わらないことにはどうにも身動きが取れないらしい。
「何かやってるな」
 一が言った。庭に何か台座が作られ、その上で数人が動いている。能のようだが、多分神楽とか
いうものだろう。衣装合わせか予行演習、と見当をつけた。
「お帰りなさい」
 目ざとく自分達を見つけた政江が、軽く右手を上げてみせた。泣きはらしたらしい目は充血し、顔からも
血の気が引いている。それでも気丈に笑おうと努めているのがよく分かった。
「どうしたんですか」
 柔らかく微笑んで明智が尋ねた。見る者をホッとさせる、とは服部の勝手な想像である。
「皆さんが気にしておられた、鍾馗の舞が始まりますので、ご覧になられるかと思いまして」
「祭り、明日とちゃうんか?」
 政江はこちらを見ると、
「衣装と面を合わせての演習です。不都合とかあったら、細かい手直しをしないといけないので」
 太鼓や笛の音が聞こえてきた。音合わせをしているのだろう。
 四人は政江の後をついて砂利道を上った。目の前に、五メートル四方の台座が見えてきた。想像して
いたよりは狭い。
「ああー、佐木がいればなー!」
 一が頭をかきむしっていた。目で誰?と問うと、
「いつも俺についてきて、ビデオ回してる奴がいんだよ。後輩なんだけどさ、結構役に立つんだ」
 派手なくしゃみを本人がしているかどうかは知らない。
「ああ、何とかなるだろ。博士の発明品の中にビデオのようなものがあったと思う」
 コナンが取ってくる、と離れに向かった。
 その間に準備はすっかり整い、舞台の回りにはねじり鉢巻きをして日に焼けた職人達が集まり始めた。
日も落ちると少し肌寒いような気温であるのに、捲り上げた袖を下ろす者はいない。
 舞台の脇に並んで座る楽師の中から、笛の音が響き渡った。それが合図であったかのように豪華な
衣装を纏った者が舞台に上がる。
 先日通された部屋で見た、鍾馗の面を纏っている。
 確か、これが須佐之男命やったよなぁ。
 服部はわずかな動作も見逃すまいと、舞台に見入った。


「ふわぁー」
 思わず出たあくびをあわてて手で押さえて一は辺りを見回したが、幸い誰も気づかなかったようだ。
 退屈、なのである。
 神楽というものは能に輪をかけてストーリーが分かりづらい。事前に話を分かっていなければ、今が
どの辺りを演じているかを判断することさえ難しい。
 ヤマタノオロチは比較的有名なストーリーであり、ゲームの題材にもされるほど様々な分野で使われて
いる。しかしこの鍾馗というのはどうにも分かりづらくていけない。
 須佐之男命である鍾馗が、一人で舞うこと十分。残りは三人に任せることとして、「ちょっと」と言って
輪を離れた。
 離れに戻ろうかと思ったが流石にそれは気が引けて、丁度やかんやら何やら手に携えて通りかかった
良江に許可を得て、屋敷の縁側に腰掛けさせてもらった。十メートルほど離れて、作業場の前の舞台が
見える。
「退屈ですか」
 はい、と差し出された西瓜をどーもと受け取って見上げると、浴衣姿の美人。ほっそりとした顔に
控えめにつけられた薄紅が良く似合う。
「え、あ、そんなことは……」
「私らここの人間は、小さいころから見慣れてますからね。面白くないはずがない、って思い込んでるの
かも。都会の人から見たら何が何やらわかりませんわよね」
 目を細めて踊りを眺める横顔は、どことなく寂しげであった。
「あの、おばさんは、この近くの人なんですか」
「ええ。この坂を下って少し歩いたところ。……あ、ほら鬼が出てきたわよ」
 西瓜を遠慮せずにかじりながら、一はこの女性を観察した。さっきから思っていたのだが、どうも見覚えが
ある気がする。
「あの鬼はね、誰の目にも見えないのよ」
 急に真面目な顔でそう言われ、かじったばかりのかけらをごくりとやってしまい、一はむせ返った。
 ひとしきりむせてから顔を上げると、女はじっと一を見つめていた。
「須佐之男命にも見えないの。あれを見ることが出来るのは芽の輪という、彼が左手に持った輪だけ。
芽の輪を首にかけられた時、疫神は力を失い、退治されるの」
「ちのわって、何ですか?」
「芽の輪、と書くの。須佐之男命の姉、天照大神より賜ったと言われる、目に見えない悪鬼を見ることの
出来る、悪霊祓いの輪のことよ。紙垂(かみしで)って言ってしめ縄につける紙が輪の回りにつけてあるでしょ?」
 言われて舞台を見れば、疫神と言われる鬼の面をつけた者が須佐之男命と背中合わせにぐるぐる回って
いる。これが「目に見えない」ということを意味しているのだろう。話を知らなければその光景はこっけいに
すら思えるし、確かにその意味が分からず退屈するだろう。
 自分達は分かっている、という先入観がよそかきた人間も判るはずだ、という考えを植え付けている。
 とまあ自分なりに解釈したところで、舞台はクライマックス、疫神が紙垂のついた芽の輪を首にかけられ
剣で刺されてお終い。鬼が引っ込み、須佐之男命はまた一人長い舞を舞って、演目は終わったようだ。
「見えないものを退治しなきゃならないなんて、やっかいだなぁ……」
 袖の具合がどうの、とか、途中の立ち位置がどうのとか言っているのを眺めつつ、西瓜をきれいに
たいらげて「ごちそーさま!」とやった後、お礼を言おうと横を見たが、女の姿は消えていた。
「あり?」
 舞が終わって片付けに行ったのだろう、と一は立ち上がった。服部達がこちらに気づいたらしく、手を
振りまわしながら駆け寄ってきた。
「おー、何しとんねんな、金田一! 次はオロチやてぇー! おっちゃん達曰く、『神楽ン中でいっちゃん
だーで』やて!」
「ちょっと待て……。言ってる意味がぜんっぜん分かんねー……」
「つまり神楽の中で、一番ド派手、だそうだ」
 コナンが通訳する。
「だぁではだぁでやろ」
「どうします。見ていきますか」
 明智は話の流れをまるきり無視している。まあ、この手の論争には加わらない方が賢いだろう。
「明日も見られますけど、人が多いですからこんな間近では見られませんよ」
 盆によく冷えた麦茶――流石にあのことを意識したのか、缶だった――を載せて良江がやってきた。
めいめいそれを一つずつとると、
「ここにおられたらいいですよ。あの舞台ではオロチが八匹出るには狭すぎますから、ここまで敷物をしいて
やるんです」
「そんなに出るの?」
 ややオーバーアクションでコナンが驚いてみせる。
「もちろんです。石見神楽のおおとりとも言えるヤマタノオロチは、八匹が本当です。よそに行ってやる時は
話をカットしたり、オロチの数も減らしたりしますが、ここは伝わる通りにします。きちんとやれば、一時間半
にも及び、ストーリーもよく分かる代物ですよ」
 何時の間にか、タオルを首にかけた政良が立っている。手に何か道具のようなものを持っていることから、
彼もまた神楽面や衣装の手直しに携わっているのだろう。
「良かったら見て下さい。この迫力は、テレビやビデオを通しては伝わりにくいですから」
 ぺこりと頭を丁寧に下げて歩いていく。その姿に好感を持つとともに、オロチが見たくなった。
「あ、皆さんこんな所におられたんですか」
 蚊取り線香を手に誠がやってきた。
「美恵がこれを持っていけって言うから、探してたんですよ。ここに置いておきますね」
と立ち去ろうとするのへ、
「誠さんも見て行かれませんか」
と明智が声をかけた。
 誠は踵を返そうとした姿勢のまま、少し考えていたが、
「今日は特に仕事もありませんし、いいですよ」
と、服部が少しずれて空けたスペースへ上がり込んだ。
 闇も深くなり、明かり確保の為に屋敷中の電気がつけられていく。それ目指して虫が飛びこんでくるが、
慣れているのか誰も気にする様子がない。これも、ゆったりとした田舎特有のものなのだろう。
 持ち込まれたライトが目の前の敷物に当たるようにセットされ、太鼓や笛の演奏が始まった。その
響きが空気を通して感覚的にも伝わってくる。
「誠さん、少しお聞きしたいのですが」
「何でしょう」
「この家の方は、良江さんを除きすべて『政』の字がつきますね。良江さんはどうしてつかないのですか」
「……」
 誠はすぐに答えなかった。やはり仕える身として、ズバリと言いにくいのだろう。
「ほな、こー聞いたらどや。田川の家のモンは代々、名前に政の字を入れるんが決まり。けど良江さんは
何かの事情があって入れられへんかった。どや?」
「……驚きました。鋭いですね」
 苦笑して誠はうなずいた。「外からこの家に入った人は名前を改めるのですが、奥様の場合、朝お話し
しましたような事情もありまして」
 つまりはよそ者とののしられているも同然。そんな辱めが長年積もり積もって憎しみに変わることも、ある。
 しかしそんな子供達がいなくなってしまえば、この辺ではなかなかの資産家であるこの家も手に入るし、
いわば一石二鳥。
 いや、それじゃああの手紙やキッドの予告状の説明がつかない。
 待てよ。
 本人が出したってちっともおかしくない。わざと自分が怪しまれるように、ミスディレクションを期待する
ために。
 そんな犯人が数多くいたことを自分は知っている。
「あーっダメじゃん!」
 思わず声に出してひっくり返った。明智達が驚いてこちらを向くが、そんなことに構ってられない。
 すべては勝手な予測でしかない。目の前のことが真実とは限らないのに。何より、自分の直感にぴんと
来るものがない。
 目の前のこと……。
「あーっっ!」
 がばりと起き上がったが、今度は誰にも無視された。
 目に見えない疫神を退治する鐘馗は、芽の輪を使って鬼を見る……。
 つまりは目に見えない効果を狙っていたら?
 あの手紙は自分達に助けを求めるものではなく、この田川家の誰かに見せるためのものだったとしたら?
自分達にはわからなくても、神楽に通じている者なら分かる意味があったのかも知れない。
 後で話してみよう、と考えをまとめつつ、火を噴きながら胴をくねらせて出現したオロチに目をみはった。


「なかなかえートコ突いとる思うで」
 最初にうなずいたのは服部だった。コナンは忙しくノートにペンを走らせてから、
「しかしその女の人っつーのは誰だったんだろうな。名前が分かってりゃ、もう少し詳しく話を聞けるんだが」
「しょうがないですね、金田一君では」
 付け加えてやったら何か言いたそうな目でこちらを見た。文句あんの、と言っている。
「大方西瓜か、その人に気を取られていたんでしょう」
 ぐっと詰まってそっぽを向いた。いい気味だ。
 特徴からして自分達が昨日目撃した女性と同一人物らしい、ということは分かったが、どこの誰とも
分からないのでは探しようがない。
 誠らに特徴を伝えてはみたが、いくら過疎地とは言え「坂を下って少し歩いたところ」に該当する家は
いくつもあり、どうにも捜しきれるものではなかった。事件に直接関わっていない以上、警察を動員する
わけにもいかない。
「明日、祭りの方にも顔を出すんじゃないかな」
「せや。そこで探したらええやん。どーせ何十人くらいやろ」
「残念でした」
 がらりとふすまが開いて、
「祭りは神楽を楽しみにしている人達が桜井や益田の方からも来るから、何百人かは来るわよ」
「げぇー、こんなトコまできて人混みかよー」
 一はうんざりしたように寝転がった。
 美恵は笑って、
「お風呂沸きましたから、どうぞ」
「ほな、おっさきー」
 せっかちな服部が着替えを片手に立ち上がる。少しかかりそうなので、どうせならと考え事ついでに
外を散歩することにした。



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