多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場金田一vsコナン「透明な殺意」第三章1第三章2→第三章3




 耳を澄ますまでもなく、足元の草むらから虫の声がうるさいほどに聞こえてくる。山間部というだけ
あって、都会はまだ残暑厳しい季節であるのに、シャツ一枚では肌寒いほど。上着を引っかけて
きて正解だった。
 ふう、と一息ついて空を見上げると、天然のプラネタリウムが視界一杯に広がる。まさに、自然の
壮大なアート。
 都会の喧騒を離れてのんびりするつもりは毛頭なかったが――むしろ事件の匂いに引かれて
やってきたのだから――、こんなところに来てまで血なまぐさい因縁のうごめく殺人に出くわすとは
思わなかった。
 もちろん管轄としては島根県警の仕事なのだから、自分達はあの手紙の理由を追求していれば
いいのだとは思う。
 だが。
 目の前でおめおめと殺人が起き、それを指をくわえてみているのは性に合わない。いやむしろ、
いたくプライドを傷付けられた気分だ。
「やあ、散歩ですか」
 田川家へ続く坂を下りながら人影がこちらへやってくる。声からして誠だろう。
「ちょっと考え事をしてましてね」
「ご苦労様です」
 二人はしばらく黙って立っていた。否、明智はただ滅多に見られない星空を鑑賞していただけなの
だが、誠にいたっては話の糸口を探していたのだろう。
「そういえばすっかり忘れていましたが、あの予告状は何か分かったんでしょうか」
「……いえ。ただ、キッドの予告状ととるにはあまりにも曖昧で、目的もはっきりしません。私個人の
見解としては、誰かが騙ったものではないか、と思っています。それが果たして何の意味を持つのかは
推測しかねます。あの手紙同様、何か効果を狙ってのことかもしれませんし、逆にあれこそ私達に
見せるものだったのかも……」
 そこまで言ってハッと口をつぐんだ。誠は一般の人間である。ましてや犯人ということもありうる。その
誠相手に、つい口を滑らせた自分に気がついたのである。
「失礼、今のことは私の憶測だと思って下さい」
「分かりました。内緒にしておきます」
 引き締めた顔に気持ちを読み取ったのか、誠はすぐにうなずいた。
「じゃあ僕も、思ったことを言ってみていいですか。素人考えでお恥ずかしいんですが」
「とんでもない。お聞かせ下さい」
 こういう時、目の前でメモを取るのはタブーとされている。記録されることに相手が抵抗を覚え、口を閉ざす
場合があるからだ。つまり、一言洩らさず記憶するのである。
「あれを見た時、奥様は何か心当たりがあったのではないでしょうか。ごみ箱へ投げ捨てた後、御自分の
部屋に引きこもってしまわれて。政良さん達にもお見せしましたが、『どうせいたずらだろう』と言われた
だけです。……あれがきっかけで、こんな事件が起きたのだとしたら……」
「その言い方ですと、キッドの予告状に触発されて殺人事件を起こすだけの理由がある、ということを
前提とした上でおっしゃっているように聞こえますが?」
 誠は一瞬ハッとしたようだったが、やがて一度だけ大きくうなずいた。
 つまり、関係者の誰もが良江さんを犯人だと思い、且つ、動機があるかもしれないことを知っている
わけですか……。これだけ犯人候補がはっきり絞られるのも珍しいのですがね。
 そう考えた後、この手のトリック殺人においては、と付け加える。やった人間は自分が疑われることを
隠したいからこそ、手の込んだ殺し方をするのであり、ここまであけすけになっていては逆に命取りだ。
 それとも、絶対にトリックを見破られない自信があるというのなら話は別ですが。疑わしきは罰せず、ってね。
「とにかく、これからも何かが起こる可能性があります。昼間集まっていただいた時お願いしましたように夜は
部屋に鍵をかけ、十分注意してもらっているはずです。その中で何か起きれば自分の首を絞める結果に
なります。誰が犯人であろうとも、それくらいは分かっているでしょう」
「ああ、そうですね」
 そう言った後、誠は腕時計のバックライトをつけ眺めて、
「おや、もうこんな時間ですね。すみません、明日の確認をしておかないといけませんので」
「ええ、ご苦労様です」
「では。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 軽く一礼して、誠は足早に坂を上がって行った。
 急に静かになると、思い出したように辺りの音が耳に入ってくる。
 虫の声、カエルの声、そしてフクロウの声。
 その中に取り残されたように、彼の後ろ姿を見送っていたが、ふと何か、考えを振り払うかのごとく
首を振って、明智は歩き出した。


「ほんっと、娯楽ってモンがねーよな」
 リモコンでチャンネルを何度か切り替えた後、仕方なくニュースに戻して一が寝転がった。
「あーあ。最初からこんな、何日も泊まることになるって分かってりゃ、ゲームの一つも持ってきたのによ」
「よせよ。不謹慎だって明智さんに怒られるぞ」
 とはいえ、自分もいささか不満を感じてはいる。
 事件の謎を解く鍵がこうまで欠けていては、黒いマスのないクロスワードパズルのようなもので、解けない
ことはないが、時間がかかり過ぎる。何をどこに当てはめるかもわからないのだから。
「なあコナン。何か面白い本でも持ってねぇ?」
「自分の顔でも見てろよ」
 一は少し首をかしげて、「何だとぉー!」
「おっせーんだよ」
 文句を言っているのか一人漫才をしているのか分からないような一を無視して、コナンはノートに視線を
戻した。
 キッドのカードは一体何を言いたかったのか。そして、本当は誰に宛てる目的だったのか。
 もし誠が拾っていなかったとしても、自分達がここにやってくれば誰かがそのことを口にしたはずで、それ
ならば自分達へのメッセージと受け取れる。
 とすれば、忠告?
 だが、もし本人からのものであれば、堂々と自分の前に姿を現し直接告げるだろう。それが、彼なのだから。
 もし誰かが騙っているのなら。こんな回りくどいことをする意味は?
「あーええ湯やった!」
 天下泰平、という顔で服部が戻ってきた。明智はまだ、散歩に出たきり戻ってない。
「金田一、俺後でいいから」
「あっそ。じゃおさきー」
 後ろ姿を見送って、服部が腰を下ろした。
「工藤。あんま考え過ぎると堂々巡りになんで」
「ああ、分かってるさ」
 いちいち問いたださずとも、様子を見て察したらしい。西の名探偵、と並び称される所以である。
 玄関の開く音がして、足音がこちらへやってきた。明智が戻ってきたのだろう。
「何か、変わったことは?」
「金田一が退屈で死にそうだって」
「では後で、休んで遅れた分の勉強でもさせましょう」
「そーいやあいつ、落第スレスレなんやてな」
「スレスレではなくそのものです」
 金田一が聞いたら殺人沙汰に発展しそうな会話である。
 コナンは吹き出した。
「明智さん、あんた本当に金田一のこと信用してんだな」
「馬鹿なことを言わないで下さい」
 明智は不快な様子を隠そうともしない。しかめ面で眼鏡を拭いている。
「だってホントに嫌いだったら、そいつの生活のことなんて気にしないし、いくら参考になるからって本気で
考えを聞こうともしないだろ?」
「……彼は一応、いくつかの事件を解決していますからね」
「ま、そういうことにしとこう」
 軽く肩をすくめた。
 明智が、三億円事件に絡む、親子二代に渡っての執念をある事件の解決で晴らしたことは知っている。
その解決の糸口を探すため、一に期待をかけたことも。そしてそれが、ひょっとしたらでなく、彼ならば必ず、
という考えだったことも。
 自分と服部のような、根底にある信頼。エリートキャリアという分、口に出せないだけで。
 だからこそ初めて顔を合わせてから数日経たないというのに、ずっと前から知り合いのような気がするのだ。
 いや、何だかんだ言いつつこの四人は、出会うべくして出会ったのだろう。
 この事件の謎を解くために。
 何故かコナンは確信していた。例えそれが、どんな「偶然」という確率の下にあったとしても。



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