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第四章 悪魔の足
とにかく、寒さで目が覚めるほど冷え込んでいた。山の中というものは、これほどまでに気温の格差が
激しいのだろうか?
ぶるりと身震いをして起き上がると、隣でも動く気配。
「明智さん」
声を潜めることもなくそう言った。どうせ服部と一は、多少の物音では目を覚まさないだろう。
「おはよう、コナン君」
「あ、おはようございます」
少し前から起きていたのだろうか、口調ははっきりしている。ここ数日で分かった、寝起きの悪さ――
もちろん本人の為に見て見ぬふりをしている!
自分だって言えた義理じゃない――がそこにない。
「今朝は結構冷え込みますね」
「日中、そう暑くなることもないかも」
「同感です。あまり暑いと祭りの警備も指揮が下がりますからね」
睡眠に未練はないのか、さっさと起き出して着替え始めた。普段の捜査では、「睡眠不足は的確な
思考の妨げになる」というのがモットーらしいが、目の前でむざむざと犯行をやってのけられたのがよほど
気に入らないのだろう。
そう、俺達は何一つとして前に進んじゃいねーんだ。
コナンは自分もゴソゴソと着替えを始めた。
明智が部屋を出て洗面所の方へ入っていった。すぐに、ベキッだか、バコッだか、ガショッだか、ともかく
そういう変な音が聞こえてくる。まるで擬音で動作を当ててみろと言わんばかりだ。
ゴソゴソとか、シュワシュワなら分かるんだが、一体何やってんだか……。
もちろん見当のつくはずもない。それでちゃんと身なりを整えてくるんだから、エリートキャリアってのは
分からないものだ。
苦笑して思考に戻った。
政史の死は明らかに殺人だ。そして、政世の死が殺人によるものであれば、これは連続殺人事件だ。
次の被害者を出すわけには行かない。
絶対に、何としても。
不可抗力の出来事とは言え、以前目の前で人間が死んだ。自分が非力な子供でなく、本当の体で
さえいたならば。
もし、という仮定が「時間」という不可逆的なものの中で生きている以上、考えても仕方のないこと
なのは分かっている。だからこそ余計に、避けられるものは避けたい。杞憂と言われることであっても。
この家には、見えない殺意がある。
手紙を見せた時や、キッドのカードを見た時の良江の反応。そして、政良達が良江に対して見せる
明らかな嫌悪。
それを前提に政世の事件を考えると、殺人の疑いは濃い。四人で確かめたが、詰め換え用の洗剤
には大きく、『塩素系』もしくは『酸性』と表示されていた。つまりうっかり入れ違うには無理がある、
ということである。ただその可能性も否定できないので事故死の線が消えないだけだ。
「しかし、不自然ですね……」
髪を整えて戻ってきた明智の呟きが耳に入り、コナンは「え?」と聞き返した。
「いや失礼。聞こえましたか」
「何が、不自然なんですか?」
「これまでのことを思い返していたのですが……」
「何や、朝からうるさいなー」
寝惚けた様子も見せず、服部がむくりと起き上がった。コナンと明智を交互に見てそれなりに察した
らしく、
「話ならちょー待ちぃな。すぐ着替えるし」
といい終わらないうちに着替えを半分終えているところは、流石大阪人。
三人で向かい合うようにして座ると、おもむろに明智が口を開いた。
「ずっと気になっていたのですが、政子さんの事件から溯って、どの事件にも共通していることがある
のです」
正直驚いた。明智が、こんな長いスパンでとらえていたとは。
知らず、視線にその感情がこもったのか、こちらを見て軽く手を挙げてみせると、
「いえ、事件の関連性についてはまだ検討していませんが、共通点をただ考察している途中です」
「政子さんと、政美さんに政史君、政世さんの四人か?」
「ええ」
服部に向かってうなずき、
「前者二人は伝聞なのでやや不確定ではありますが、各々の事件すべて、善意の第三者が存在して
います。言いかえれば、それが殺人であったと仮定する時、犯人となりそうな人のアリバイが必ず立証
されていると言ってもいい」
善意の第三者とは、つまり、平たく言えばその犯行に関与している可能性のない第三者のことで、
法律用語である。もちろん明智はコナンらがその意味を知っていることをふまえた上で使っているのだ。
くどくど説明しなくて済むように。
「いいですか。政子さんは祭りの最中に急性アルコール中毒で亡くなりました。もちろんこれは現場に
第三者が存在する可能性としては高いわけです。次に、政美さん。山菜取りのシチュエーションはいい
として、メンバーです。どうして嫌っていたはずの良江さんと行動し、且つあのような転落になったのか」
「転落って……そうか! 雪崩や崖崩れでも起きへん限り、三人揃って落ちンのが変か!」
「三人が一直線に並んで山菜を取ることは有り得ない。大抵範囲を決めてバラバラに行動するはずだ。
それが一緒に落ちた。理由はともかくとしてそれが、政美さんの死が事故に起因するものだと証明する
ことになり、同時に良江さんに対する誤解を生むことにもなった。良江さんだけだったらもっと疑われる
ことになっていただろうな」
「ええ」
明智が眼鏡を押し上げた。その奥に涼やかな瞳が光る。確信を持って答えを追求する時の。
「そして政史君の件。説明するまでもありませんが、事件は私達の目の前で起きた。関連づける訳には
いきませんから、何故殺人なのかという疑問は置いておくとして、私達が善意の第三者であり、目撃者に
なります。家族では証言の信憑性に問題がありますから」
「でー、政世さんの時は職人さん達が証人って訳か。成る程確かにおかしいや。不自然だな」
「金田一! 起きとったんかいな」
「こんだけギャーギャー耳元でやられて、寝てられるかっての」
と、珍しく一にしてはもっともな意見を述べて、頭をぼりぼりとやりながら洗面所に入って行った。
三人は顔を見合わせた後、同時に肩をすくめた。
起きてるなら話に参加すりゃいいのに!
全員、そう思っていたからである……。
「あの人達ならもう出かけましたよ」
一達が朝食を済ませて外へ出た時、すでに屋敷の中は空になっていた。もっと正確な言い方をすれば、
政和と政良は仕事のために祭りのメイン会場となる公民館へ行っており、政江は職人達の炊き出しを
手伝うとかでそれについて行ったとの事。つまり、良江が忙しく道具をあっちへやりこっちへやりしている
だけだった。
で、冒頭のセリフとなるわけである。
「困りましたね。警備のことを伝えようと思っていたのですが」
珍しく明智が困った顔をしている。ザマーミロと内心舌を出しておいて、
「桜井署の人達が警備やんだろ? じじょーは分かってんだから、連絡しときゃーいいじゃん」
「そんなことは分かっています」
振り向きもせず、相変わらずの明智節(?)でぴしゃりとやった後、
「こちらにも一人、警官を常駐させるようにしましょう。私達も動き回るつもりですので」
「まあ。よろしくお願い致します」
「いえ」
良江は丁寧に頭を下げると、思い出したように奥へ引っ込んで、紙を一枚持ってきた。黄色の、
いかにもチラシという類のものである。
「これ、祭りのスケジュールですので。お役に立てばいいんですが」
「助かります」
コナンや服部に見せているのを無理矢理覗きこむと、祭りは十時から始まるようだ。出店もそれなりに
出、にぎやかにやるらしい。祝日を目一杯楽しんでやろうといった企画だ。
「朝からあるなんて珍しいね」
とコナンが言うのへ良江は、
「この辺は夜になるとバスもなくなっちゃうから、どうしても人がこないでしょ?
だから、昼はよその人
用に、夜はこの辺の人用にするのよ」
「ふーん」
つまり昼間、見慣れない顔があっても不自然ではないということ。
自分が犯人ならばこの隙を逃す手はない。犯人外部説を押し出せる絶好のチャンス。
――ふと気がついた。犯人が良江でないとして、政史は殺されるだけの理由を持つのだろうか?
十五歳の、こんな隔離された空間に住む人間が?
普通こんな場合、まだ他にもターゲットがいるのならば、はっきりそれと分かるメッセージを残すもので
ある。次はお前の番だということを示すために。
そう、政史の死が始まりと考えれば、次に狙われる人間とは何らかの共通点があるはずなのだ。それを
考え出すと、良江にしか行き着かないから困るのである。政史を殺す動機を持つ人間として。
「あ、皆さんも祭りに行かれるんです?」
今日はポニーテールにした美恵が、大き目のTシャツにジーンズといういでたちでニコニコと立っていた。
いかにも動き易いような服装だ。
「あれ、美恵さん仕事は?」
「祭りが始まっちゃうと、殆どすることはないんですよ。お昼や夜に、ここで職人さんや社中の人が休憩
するんで食事作りを手伝う程度。あとは、公民館へお茶を持っていったりするくらいなんです。もっとも、
殆ど奥様達がされるので私の出番もあまり無いですけど」
「誠さんは?」
「寝てます、疲れてるって。休みの時はいつもそうなんですよ。オヤジくさいんだから!」
と言った後、口に手を当てて、
「あ、すみません」
明智は無言で眼鏡を直している。一はコナンや服部と顔を見合わせて、吹き出したいのをこらえた。
二十五歳の誠をつかまえてオヤジ呼ばわりでは、二十八の明智は立つ瀬がないだろう。しかもいらぬ
気遣いまでされては。
「公民館っちゅーのはこっから近いんかいな」
「そうですね、歩いて十五分くらいかしら」
「じゅーごふんー!? そんなに歩くの?」
「なんや金田一、そんなんも歩けへんのんか」
「流石金田一君。やる気の無さは日本一ですね」
「お兄ちゃん、なっさけなーい」
子供の顔でコナンが笑う。その後ヘッと笑った方が本心に違いない。
「っせーな!」
「あ、でもホラ、皆で話をしながら歩けばすぐですよ」
あわてて美恵がフォローを入れる。
長い下り坂だった。わざわざ見渡さずとも、眼下に広がる田畑と、点在する民家が視界に収まるくらい
である。もし、田川家で何か事件が発生したところで、ここを一気に駆け戻ることになったらかなりキツイ
だろう、と一は思った。
そしてそれはのちに現実となるのであるが、無論今の彼らが知るよしもない。
「おや、おはようございます。今日は少し寒いですなぁ」
田川家で見かけた職人が、こちらに気がついて声をかけてきた。やる気満々、といった感じである。
「田川さんは?」
「大将なら奥で湊社中の蛇腹を――あ、案内しますけぇ」
大股に歩いて、公民館の裏口へ。駐車場の一部、十台分くらいのスペースに幕がぐるりと張り巡らされ、
中が見えないようにしてある。この集落の規模に似合わず広い公民館だと思ったが、駐車場も広く、
ちょっとしたデパート並みである。交通が不便で、殆どの家が車を所有していることを考えれば、当然の
ことなのかもしれない。
「大将。お客さんがきんさったよ」
中で声が上がり、幕のすそが持ち上げられた。