多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」第四章1→第四章2




「おはようございます。お忙しいところ申し訳ないのですが」
「いやいや。どうぞ、中へ」
「失礼します」
「お邪魔しますー」
 地面に幕と同じ青色のビニールシートが敷かれ、修理に使うらしい道具が並べられていた。中央に、
オロチの胴が長々とのびている。
 明智が政和と話を始めたので、一はそれに見入っていた。
 昨日動いていた時はアコーディオンのように伸縮し、他のオロチの胴と絡むのを見て――いろいろな
組み合わせをするのが見せ所らしい――、随分頑丈に出来ていると思ったが、こうして触ってみると
竹組みの輪に和紙が張りつけられているだけである。
 これを本物の蛇のようにくねらせるだけでもすごいのに、演者はその体を殆ど見せることがない。
つまり、この胴に完全に隠れる形で、登場から一時間近くに渡って激しく舞うのである。
 これが、芸術にまで昇華された技術ってヤツなんだろうな。
 数日前図書館で、半分眠りながら読んだ解説を思い出して一は感心した。
「これが衣装かいな。結構見た目より重いんやな」
 振り向くと、衣装を羽織らせてもらった服部が嬉しそうに政良と言葉を交わしている。
「龍なら龍の細工を、この金色が消されることのないように赤い糸で一針ずつ縫っていくんです。これは
鐘馗に出てくる鬼の衣装で、疫神ということを強調するために龍の細工をいくつも施してますから、かなり
重いですよ」
「これであんだけ跳ね回るんやから、大したもんや」
「最近は、衣装を軽くしてくれという注文がよくきます。軽くするために細工や刺繍を減らしては、この
衣装の迫力が出せませんので、なかなか難しいところなんですが……」
 政良は困ったように頭を掻いた。その顔は、石見神楽に情熱を傾ける職人そのものだ。
 確かにその衣装は豪華絢爛というにふさわしく、幾匹もの龍が踊り、うねり、天に昇ろうとする様を見事に
描いている。演出としては欠かせないだろう。
 演出ねぇ……。
 何気なくつぶやいてぎくりとした。
 どういうことなんだ?  この考えが正しければ、もしかして……。
「おいコナン」
「何」
 右手の親指で外を示す。彼はすぐにうなずいてついてきた。
 もうすぐ祭りが始まるというので、人々が公民館の方へ集まり始めている。予定では、町長の挨拶の後、
奉納の祝詞だか何だかがあるらしい。美恵はそちらの方へ行ったのか、姿がなかった。
「さっきちょっと思ったんだけどさ」
 道路を横切ってガードレールによりかかると、
「犯人が内部の人間だとして、今まで全然おかしなところがない。何ていうか、不自然なところがないって
いうか」
「自然体でこっちに接してるってことだろ。俺も考えたさ」
 ポケットに手を突っ込んで飴を取り出し「食うか?」と聞いてきた。受け取って口に入れると、「衣装の
修理してたおっちゃんにもらった」と言う。
 この辺りの人間は、外部の者に対して非常に親切にしてくれる。年寄りが多いからだろうか。
「で、何がおかしいと思った?」
「え?  ああ。ひょっとして、直接的じゃなくて、間接的な犯行なんじゃないかと思ってさ」
 言葉が足りないかと思ったが、コナンにはそれで十分通じたようだ。
「行為が直接殺人に結びつくのでなく、ワンクッション置いて、例えば、置いてある洗剤の種類をすりかえて
おいて、気づかず最初にそれを混ぜた人間が死ぬように仕向ける、こう言いたいんだな?」
 うなずく。
 つまり自分の行為が、罪の意識につながらないということ。これならば平然としていられる理由も分かる。
「でもそれは矛盾するだろ。政史君の死ははっきり殺人と分かる殺し方だ。それだけの殺意を示しておいて、
良心の呵責に耐えられないなんてことはないと思う」
「あ、そうか」
 ちょうどため息をついたと同時に明智達が出てきた。
「これからどうしますか」
「あ、俺は祭りのぞいてくるわ。この辺のがどんなんか、見てみたいしな」
と言うが早いか、もう歩き出している服部である。
「俺もついて行って、ちょっと聞き込みしてくる」
「成る程」
 コナンがあわてて走り出した。
「で、君は?」
 何を格好つけているのか、明智は腕組みをしていた。
「明智さんこそどーすんだよ」
「私は調べものをしに、市内へ出かけてきます。ここにいても、出来ることは限られますから」
「じゃあ俺も行く」
 明智は返事の代わりに肩をすくめて歩き出した。
 そして一は、目の前の長い坂を登ることにうんざりしたのだった。


「ええか!  ここの返しが肝腎なんや!」
「服部……いい加減にしろよ……」
「やっかましー!  他の何は譲っても、これだけは譲れるか、アホ!」
 手早く入れ物に移してソースを塗り、青海苔を振り掛けて出来上がり。
「これがたこ焼きの正しい作り方や」
 目を丸くしている親父に突き出してやる。
 事の発端は、その出店が「本場大阪のたこ焼き」というのれんを掲げていたことに始まる。
 これが「明石焼き」とか「広島の(それはお好み焼きだ)」とついていれば笑って見過ごしもした
のだが、そこは大阪人のプライドというものがある。
 試しに食ったろー、と頼んだのはいいがぱくりとやってみて一言「まずい」と言われては、親父も
形無しだったのだろう。当然「ならやってみろ」というセリフが飛んでくる訳で、もちろんそのつもりで
いた服部がやってみせたというところ。
「おい工藤、一つ食うてみ。絶対うまいから」
 コナンは諦めたのか、無言で爪楊枝を突き刺して一つ口に放りこむ。そして、
「うまいな、これ」
と言った。
「せやろー?  おっちゃん、本場ゆーんやったらこんくらいやらんとあかんで!」
 その途端拍手が起き、服部は驚いて辺りを見回した。
 いつのまにか人垣が出来て、笑顔で手をたたいている。
「いやぁ、おーきに!」
 手を振ってその声援に応えて歩き出す。後ろから、
「おっちゃん、あの子と同じやり方で作ったたこ焼き、一つね」
「こっちも一つ」
と声が聞こえてくる。あの様子なら繁盛するだろう。
「いやー、ええことしたわー」
「お前の辞書に恥っつーもんはないのか」
「幼稚園に上がった年に破って捨てたわ」
 この返しはイマイチやったな、と思いながら、コナンの手にある箱からたこ焼きを一つほおばった。
「明智さんらまだ戻ってけーへんのかいな」
「まだ二時だぞ。片道一時間はかかるし、調べものだってすぐ済むわけじゃねーから、もう少し
かかるだろ。気になるなら電話してみろよ」
「ええわ。明智さんやったら大丈夫やろ」
 公民館から数百メートルも離れると、人が殆どまばらになってくる。
「なあ工藤」
「何だ」
「政史君は青酸化合物で死んだワケやろ?  あのトリックがどーしてもわからへんのや」
「俺もだ」
 あっさり言われて服部はコケそうになった。
「覚えてるか。俺の高校で起きた事件のこと。あれは氷に青酸が仕込んであった」
「ああ、あれか。せやけど今回もそのトリックやったら飲んだ奴、全員死んでるやん。氷、きれいに
溶けてたで」
「そうなんだよな……」
 帝丹高校学園祭の演劇を観覧に来ていたOBが、その最中毒殺される事件が起きた。
 工藤新一の姿に一時的ではあるが戻ったコナンは、それが飲み物の氷に仕込まれていた毒による
もの、氷をかんで食べる被害者の嗜好を狙ってのトリックと指摘し、見事犯人を暴いたのである。
事情があって(、、、、、、)居合わせた服部もその一部始終を目撃していた。
「お茶に入っていても同じこと。だが、それ以外政史君が毒を経口摂取する可能性はない……」
「ちょー待ち。せやかてお茶に青酸が入っとったんは事実や。俺らに入れた麦茶と、政史君が
飲んだんと、おんなじやかんからやんけ」
 あの時の様子を思い起こしてみる。政良がお茶をまた飲もうと、コップに注いで、湯気の立つ
それを見守っていて……。
「氷!」
 コナンが叫んだ。「氷だよ、氷!」
「はぁ?  今さっき氷はちゃうてゆーたやん」
「違う、逆の発想だ。思い出してみろ、俺達の茶がぬるかったのは何でだよ?  毒を彼に飲ませる
方法、ひとつだけあったぜ!」
 コナンは突然キョロキョロとあたりを見回し、何か見つけて戻ってくると、地面にしゃがみこんだ。
 見れば手に持っているのは白い石。よく道路に落書きなんかやらかしたあれである。
 ものすごい勢いで道路に化学式が書かれていく。それを目で追って、
「そうか!  その手があったかいな!」
と服部は叫んでいた。


さあこれでもう大丈夫。
私が疑われることはない。
だってそうでしょう? 私はあのことを知らないはずなんだから。



 前方はるかかなたを走る三人に、声をかける余裕すらない。ぐんぐん引き離されていく。
 何で、こんな坂を走れるんだよ……。
 これ以上走ったら心臓が破裂する、と一は道路にしゃがみこんだ。
「おうぼうず!  乗れ!」
 後ろから軽トラックがやってきた。荷台に美恵と誠が乗っている。
「すんません」
 誠の差し出す手に捕まって、肩で息をしながら乗り込んだ。すぐにトラックが走り出す。
「おーい!」
 前方に三人の姿を見つけて大声で叫んだ。流石に彼らも限界に来ていたのか、トラックが
追いつくまで膝に手をついて、大きく息をしている。
 全員乗り込んで、夜の坂をハイビームでトラックが登っていく。田畑も切れ、道路の両端は林に
囲まれていた。トラックのライトに驚いたのか、はばたいて逃げたのはフクロウだろう。
 誰も口を開かない。黙って前方を眺めている。
 車のエンジン音が、それが現実であることを示すように響いていた。



第4章その3へ


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」第四章1→第四章2