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第六章 青い紅玉
気が進まないのは恐らく三人も同じ。
肩にのしかかるような重苦しい空気の中、コナンはそう思っていた。
殺人を冒す理由は理解出来ても、納得は出来ない。どんな状況であれ、人を殺すことに「赦し」はない。
いつもそう思いながら事件を解決してきた。
けれど。私欲の為でなく、金の為でなく、自分を守る為でなく殺人を冒すとしたら。人はこうも純粋に
なれるのだろうか。
「すみません、いろいろと手間取りまして」
誠が入ってきた。
これで、全員が揃った。
「お疲れのところ申し訳ありません。この、一連の事件について、私達が解き明かした真相を聞いて
いただきたいと思いましたので」
「どういうことです?」
政良が眉をひそめた。「政史達を殺したのが母で、その母は自然死ということになったはずですが」
と刑事を見る。刑事はあわてて明智を見た。
明智は軽く息をつくと、
「そういう方向に持っていくことが、この計画の目的だったのです。私達も危うく見過ごす所でした」
全員を見回していく。
ソファに腰掛けた政和に政良と政江、少し離れたもう一つのソファに美恵と誠。刑事はその後ろに
数人の警官と共に立っている。
「この事件は残念ながら完全犯罪である、と認めざるを得ないでしょう」
どの事件、とあえて指摘せずに明智はそう言った。
刑事達の顔が真っ青になった。
「まず、それぞれの事件の仕組みを解き明かしていくことから始めたいと思います」
そう言う明智を、一同は黙って見守っている。
「政史君の事件ですが、一番謎だったのは青酸化合物の入手経路です。青酸はもちろん猛毒
ですが、長く放置されていると潮解を起こすと同時に、空気中の二酸化炭素と反応して炭酸塩に
変化し、無毒化します。つまり」
明智の言葉にうなずいて一がポケットからごそごそと何枚かの葉を取り出した。
「犯人はいつでも犯行が可能となるよう常に新しい青酸を手に入れる必要があった。確実に
効かないといけないわけですから。そこでこれです」
一が葉を持ち上げてみせると美恵が、
「それ、月桂樹の葉ですよね?」
と言った。
「ええ」
「それがどうかしたんですか?」
政良が首をかしげる。隣で腕を吊っている政江も不思議そうにしている。
「調べてみて初めて知ったのですが」
明智は、コナンに頼んで至急FAX送信してもらった紙を取り出すと、
「月桂樹の葉を水中で揉み解してから煮詰めると、青酸化合物が得られるそうです。専門家に
問合せて分かりました」
「あの樹は、政美が……」
そう言った政和の唇がわなわなとふるえている。
「ええ。恐らく、青酸を用意したのは政美さんでしょう。専攻学部の知識を生かしてね。我々はその
可能性を考えなければならなかったんです」
「それは、どういう……」
誠が言った。
「この犯行は、政美さんによって行われるはずだったからさ」
視線が一に集中する。
少し間を置いて一は口を開いた。
「政美さんはこれで良江さんを殺すつもりだったんじゃないかな。そうして準備をしていたが、出来なく
なってしまった。で、この方法を受け継いで実行に移した人がいたんだ。目的は少し違ったけどね」
「一体誰が……」
政和の問いに、一は首を振った。
「その答えはすべての謎を解いてからにしましょう」
コナンが言った。今、子供らしさを装う気はない。
一は葉をポケットに戻すと、
「そしてそのトリックですが、青酸はお茶のパックに仕込まれていました。それを使って麦茶を作り、
当然毒はやかんのお茶に流れ出る。そして皆に出されたのは、氷を溶かした麦茶でした」
全員は静かに謎解きを聞いている。
「氷に、解毒剤が入っていた訳です。つまり、政史君の飲んだ麦茶に氷は入れられていなかった。
そうですよね、政良さん?」
「え、あ、はい……」
「じゃあ……」
政和が口を開いたのを制して明智は、
「政史君の事件について、ずっと引っかかっていたことがあります。それは、何故作業場にあるお茶に
毒が混入されたか、という点と、氷を誰が持ってきたかという点です」
「さっき言った通り、お茶のパックに毒が仕込まれていたことははっきりしています。でもそれが作業場の
缶に入っていたのなら、ターゲットは職人さんということになります。でもそう仮定すると、狙う動機が
ありません」
一が言った。続けて明智が、
「しかしこう考えるとつじつまが合うのです。前から事を計画していた人間は、我々がやってきたのを
見て、第三者という証人を手に入れる絶好のチャンスだと思った。そこで、お茶を沸かすために急いで
お茶のパックを一つ持って来て、缶を開け、取り出したかのように見せ掛けて毒の仕込まれたお茶パックを
やかんへ入れた。つまり毒入りのものは、こちらにあったものだったのです。氷も、こちらの台所から
持ってきたはずですよ。用意してあったものを。作業場の冷蔵庫に氷はありませんでしたから」
刑事に耳打ちされて、警官が一人飛んでいったが、恐らく証拠など残ってはいないだろう。
「……これらのことから導き出される考察が一つ。この事件は無差別殺人ではなく、はっきりとターゲットが
絞られていたということです」
「馬鹿な! 何で政史が殺されるんです!
あの子はそんな悪いことは……」
政和が立ち上がった。
「落ち着いて下さい」
明智が冷静になだめる。「その理由をこれから解明していくのです」
「父さん」
なだめられて政和が腰を下ろす。
「第一の事件はこれで解き終わりました。次はこの二人に説明してもらいます」
明智がすい、と身を引く。代わりに、静かに見守っていた服部とコナンが前に出る。
「俺らは政世さんの件と、政江さん襲撃事件を調べとったんや。それなりに気になることがあってな」
友人に警察オタクがいると言って、彼らとの出会いを喜んでいた双子の片割れは、その推理を
目の当たりにして言葉少なく座っている。
「最初に違和感を感じたのは、あなた達兄妹が良江さんへの感情を隠そうともしないのに対し、
彼女が妙に遠慮していたことです。最初の推理から行けば、彼女はあなた達を憎む十分な動機が
あった。ですが良江さんの日記を読み、考えていて思い当たりました。過去に何か行ったことの後ろめたさや
露呈の恐怖が憎しみを上回ったとしたら?
それなら、彼女がこれ以上殺意を抱くはずが無いんです。
逆に狙われていることに気づいたはずですから。――政江さん」
コナンが呼んだ。
「はい」
「あの掃除の日、不思議に思ったんですが、どうして二人共似たような服装だったんですか?」
「え?」
「それが事件に関係あるんですか!」
政良が割って入った。
「ええ、もちろん」
絶妙のタイミングで明智が答える。それきり何も言えなくなって、政良は押し黙った。
「おかしいなと思ったんです。いつもはっきり分かるほど違う服装をしているのに、何故あの日に
限って同じだったのか」
「それは、掃除をしようと思ったらスカートなんてはいていられませんから」
政江は微笑んで、「私ズボンとかパンツをあまり持っていないので、政世に借りただけですけど。
何か変でしたか?」
「リボンや」
服部が言った。にこりともせずまっすぐに政江を見つめて。
「朝、リボンを交換しといて皆の前に姿を現す。で、掃除場所が決まった時点で元に戻したらどや?
そら良江さんは政江さんが事故におうた、思うわな。職人ハンかて二人の服をちゃんと見分けとった
わけやないやろし、多少記憶とちごとっても、目の前の服装見たら記憶の方を修正するしな」
「じゃあ私が政世を殺したというんですか」
「そうは言うてへん」
困ったように服部は頭を掻いた。
やりにくい。必死な様子が分かるだけに。
「それから、政江さんの襲撃事件ですが」
その心情を読み取ったかのようにコナンが口を挟んだ。
「本当は、あれで死ぬのは政良さん、あなたのはずだったんですね」
指を突きつけられた政良はそのまま固まっている。
何を言っているのか、という顔で。
他の者は不気味な沈黙を保っている。
謎解きをする探偵と、それに聞き入る兄妹。それだけで世界が構築されているかのようだった。
「俺、あん時いてたけど、政良さんと政江さん、あんたら妙なこと言っとったな」
「何がです」
服部は誠の方を向いて、
「なあ誠さん。俺と金田一が椅子に座っとって、あんたら三人、壁に寄りかかって立っとったよな」
「あ、はい……」
恐る恐る誠がうなずく。
「あん時、政良さんが政江さんに『飲み物持ってき』ゆーて、政江さんは一旦行きかけてンのに
『疲れとるから嫌』ちゅーて戻ってきたよな?」
「ええ、それで僕がいきましょうか、と」
「それやねん」
服部は兄妹の方を向いて、
「あまりにも不自然や」
「何がですか?」
「どうして?」
二人が口々に異を唱える。
「何で政江さんは行きかけたのを戻ってきたんや?
そない、何十メートルも歩く訳でなし」
「疲れてたんです」
「ほな政良さん。いつも人に頼むより自分が動くあんたが、あん時に限って政江さんを行かせよう
とした訳は?」
「僕も、朝から動いて疲れてたんで」
そうか、と服部が肩をすくめてコナンを見た。任せた、という合図である。
コナンはポケットに手を突っ込んだ。迷うように視線を床に落としたがすぐに顔を上げて、
「襲撃されることを知っていたから、あの場所から動きたくなかったんですね」
「なっ!」
「正確には、二人とも知っていて、直前になって政良さんをかばおうとした政江さんを、押しのけよう
としてああいった状況になった。違いますか」
トーンを落とした、真実を暴く声。二人は答えない。
「それから、奇妙なことがひとつ」
コナンは右手の人差し指を立てた。
「公民館の裏口を調べていて、変な形跡を見つけました」
おっ、と刑事が身を乗り出した。
「それなら、自分も見ました。何か先の丸いモンで突いたような跡がいっぱいありましたけぇ」
「大分、練習したんやろ。なかなか、林ン中からは裏口見えへんもんなぁ」
服部はペンを一本ポケットから取り出すと、
「その跡っちゅーんがな、真っ直ぐ突き当たった跡やのおて、少し落下体勢に入ったへこみなんや」
「当たった時は落ちかけてたってことか?」
物理などにてんで弱い一が問う。
「せや。あの仕掛けから裏口までは大体十五メートル。最初真っ直ぐに発射されて」
ペンを平行に移動させた後、少し傾けて落とすようにする。
「こう、孤を描いて落下。こういう運動をする凶器は?」
「矢だ!」
一が手を打った。
「御名答」
コナンはうなずいて、「だから政良さん、あなたは『馬鹿な』と言ったんですね。『ボウガンの矢が、
銃にすり替わっているなんて、そんな馬鹿な』、本当はこう言いたかったんじゃないですか」
返事を期待せずに、コナンはある方をちらりと盗み見た。
「殺傷能力を高めるためにすり替えたものと推定されます。まあ、誰がやったかは今関係ないので、
後に回すことにします」
ここだと他の人を巻き込みかねないからな、とつぶやく。
あえて三人も、その言葉の意味を問いただそうとしなかった。