多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」第六章1→第六章2




「そうして最後の事件に至る訳ですが」
「待って下さい!  ありゃあ心臓麻痺でしょう」
 刑事が異論を唱えた。
 明智は、ああ、いたんでしたっけとつぶやいて、
「盲点を突いた、逆転のトリックでした。我々も今までの謎が解けるまでは病死と考えていましたよ」
 そこで初めて彼は言った。
「これは、殺人事件です」、と。


「最後の事件は、ここまでの経過を経て初めて、病死と判断された訳です」
「はあ?」
 刑事が素っ頓狂な声を上げた。「これまでの経過通りだったら逆に、殺人事件と見なされてても――
あれ?  待てよ……」
 コナンは息をついて笑うと、
「それはあなたが、これまでのトリックを聞いてきたからです。それがなかったから病死と判断する
ことに、何の疑問も差し挟まなかったはずですが」
「言われてみれば……」
 明智に指示されて調査結果をまとめた書類を持っていた警官が、それをめくりながら、
「田川良江さんは、今までに病歴がなく健康状態も良好で、不審な点はあったんです。ただ、健康な
人が重なるストレスや心身の疲労から心臓麻痺を起こす可能性は否定できない、という専門家の
意見でして……」
「もちろんそう判断されることは仕方のないことです」
 明智は手を挙げて、もういいという風に振ってみせると、
「何しろ凶器は消えてしまっているんですから」
「ドライアイス!  この前アイスを買った時の!」
 美恵が突然飛び上がって、一同を驚かせた。ハッと気づいて、オロオロと見回しながら、
「すみません」
と謝った。
「いえ、その通りです」
 明智が言った。「いいですか、よく聞いて下さい」
 刑事がごくりとのどを鳴らしてメモを構えた。
「発見時良江さんは、カイロを懐に入れていました。昨日は非常に寒く、特に夜は日が落ちたことも
あり、冷え込んだのではないかと予想されます」
「それで?」
 政和は膝の上で拳を握り締めている。
「我々はそのカイロがあったため、死体の腐敗状況が進んだと判断し、また、警察も同じ判断から、
死亡推定時刻を十時前後と割り出しました。それこそが、犯人のもくろんだ罠だったのです」
「警察がカイロを見逃すはずがない。当然、死亡時刻はそれを考慮された上で割り出される。そこまで
考えてのことです」
 一は服部を見た。任しとき、と手を挙げて彼は、
「けど本当の犯行時刻は――六時や!」
 しばらくの沈黙の後、ある方向へ一人、二人と視線が集まって行った。
 それを待ってからコナンは一歩前へ出ると、
「良江さんを殺した犯人、それは」
 真っ直ぐに伸ばした指がその方向を向いた。
「政良さん、政江さん、あなた達です!」
 時が、止まった。



「何の証拠があっておっしゃるんです?」
 想像していた通り、政良の顔からすべての表情が失せていた。無論、政江も。
 明智はため息をついて言った。
「ですから、言ったでしょう。完全犯罪だと。非常に残念ですが、証拠はありません。貴方方の
自白によってしか、この事件を立証するものはありません。ただし、六時にアリバイがないことは
唯一の証拠となりうるでしょうが」
「かの有名な妃弁護士がお二人につくようなことがあれば、百%無罪放免になりますけどね」
 コナンが付け加える。
 コナン――工藤新一の幼なじみである毛利蘭の母、妃英理。法廷で無敗の記録を誇る有能な
弁護士である。
「た、大変だー!」
 刑事が両手を振りまわしながら走り出て行った。署の方へ連絡を入れるのだろう。
「トリックはこうです。具合が悪く就寝していた良江さんの部屋に入った貴方達は、ドライアイスを
彼女の胸に押し付け、ショック死させた。そうしてドライアイスを載せたままにし、更にその上に
使用済みのカイロを載せておいた」
 その言葉を補足するように一が、
「使用済みなのがポイントなんだ。もしカイロで死体が暖められちまったら、そこから腐敗進行が
普通より進んで、ドライアイスで進行を遅くした意味がない」
 と言った。
 コナンがゴソゴソと写真を取り出すと、
「あのやけどの跡から割り出すと、恐らくドライアイスが腐敗を止めたのは二時間。つまり本当の
死亡時刻は、カイロなしで死亡推定時刻と判断される、八時からさらに二時間溯るわけです」
 そこまで言って大きく息を吐いた。
「カイロで死体があったまった、思とったからとんだ見当違いの死亡時刻が出た訳や。これなら
立派にアリバイもあるしな。ついでに密室やったんは鍵の掛け金にドライアイス詰めといて、溶けたら
かかる仕組みになっとったんやろ」
「これで、すべて謎は解き明かしました」
 明智が言った。「何か矛盾点はありますか」
 言葉の消えた部屋に、置き時計の時を刻む音がやけに大きく響いた。
 コチコチと、戻れない過去を確実に遠ざけていく。
「ありません」
 組んだ指に視線を落として、政良は言った。
「皆さんのおっしゃる通りです」
「そうですか」
 あっさりと返事を返して明智は、
「ではやはり、政史君達は自殺なのですね」
「ええ」
 ドサドサと音がしてそちらを見れば、ぽかんと口を開けた警官が書類を床に撒き散らしていた。
「な……な……」
 あわてて拾い集めながら、警官の視線は床とこちらを往復している。
「これらの謎を解いた時から思ってたんだけど、一連の計画は全員承知の上だったんでしょう」
 一は言った。
「確信したのはさっきですが。そう考えれば政世さんの事件において、洗剤は承知の上ですり替え
られた、と自然な説明が出来ます」
とコナン。
「なんやずっと引っかかっててん。政史君は学校帰り、ゆーとったクセに、自転車が見あたらん
かってん」
「しまってからあの場所へ来たんじゃないですか」
 今まで殆ど黙っていた誠が口を開いた。
「それも考えたワ。けど、自転車ゆーたかて、砂利道を音させんとこぐことはでけへん。せやから、最初(、、)
から家におって(、、、、、、、)どっか隠れとった(、、、、、、、、、、)んちゃうか、思たんや」
「そう気がついたら納得できましたよ。あの時貴方に一言謝罪した理由が」
 明智の瞳がきらりと光った。
「お茶をもらうのに断るとしても、謝罪する必要はありません。あの時から不自然だと思っていたのですが」
「先に死んでゴメンね」
 コナンが言った。「そう言いたかったんじゃないですか、彼は」
 政江が声を上げて泣き出した。その肩を抱いて政良は、
「あの女が母を……いえ、せめて姉を殺すことがなければ、僕達もこんな馬鹿なことはしなかった
でしょう」
「良江が!?」
 政和の言葉に彼はうなずいた。
「きっかけは、姉のノートでした。自分に何かあった時のためにこれを持っていてくれ、と渡された
ものです。その数日後に政美姉さんは亡くなりました。まるでそのことが分かっていたかのように」


 そこに書いてあったのは、完全犯罪の計画。無差別殺人を装って、良江殺害を企む、恐るべきもの。
 なまじ目の前で堂々と行われるだけに、そして、表面上動機の無い子供達であるゆえに誰も疑われず、
迷宮入りとなろうもの。
 母、政子を殺したことに対する激しい怒り、悲しみ。
 ノートからは政美の思いが吹き出してくるようだった。


「計画はそのまま政史の事件に使いました。あれによってあの女が疑われると思ったからです」
「そうして一連の事件を起こし、良江さんによる殺人であるかのように見せかけた」
 明智の言葉に政良がうなずく。
「姉は、一人で良江のことを調べていたんです。多分、それで逆に殺されたに違いないんです」
「あなたはそれを確信していたから、この事件で良江さんの殺人動機に絡んで、二人のことを
調べてもらおうとしていたんですね」
「はい」
 事情聴取に立ち会っていた一が一瞬目にしたもの。
 母や姉のことを口にした時の、政良の瞳に浮かんだ激しい感情。過去の真相暴きを目的とした、
自分達の一生をかけての計画。それが思わず顕われたのだろう。
「しかし、あれは……」
「脳血栓の薬だろうな」
 ギョッと政和がコナンを見た。
「脳血栓の薬は、血管内で血が固まるのを防ぐ薬です。それを常人が服用すると当然――」
「少しの出血でも血が止まらなくなるってコトか!」
 一が叫んだ。
「ああ」
「なーるほど。何かに混ぜて飲ましといて、山菜取りに出かける。崖から落ちてうまくケガするかは
イチかバチかやけど、証人もいてるから怪しまれんワケや」
「殺人の可能性を考えれば、トリックはすぐに解けたよ」
 コナンがうなずく。
「やっぱり……」
 政江は唇をかんだ。「お姉さんも、証拠のないやり方で……」
「この県に監察医制度があれば、隠匿されなかったでしょう。いえ、せめて、医者が安易に判断せず、
変死届を出していれば……。良江さんは看護婦ですから、監察医制度のないことを知っていたはず
です。――犯罪が見過ごされたことは、警察として遺憾に思います」
 立っている警官は言葉もない。
「一つ、教えて下さい」
 コナンが政良達の前に立った。
「何ですか」
「政子さんの、死の真相です」
 政良は力なく笑うと、
「ホテイシメジ、というものを知っていますか」
「学名clitocybe clavipes、カラマツ林に生息する、キシメジ科のキノコですね。ああ結構です。もう
トリックは分かりました」
「えっ」
 一が振り返って明智を見る。
 コナンは苦笑して、
「アセトアルデヒドの酸化過程に働くアルデヒドデヒドロゲナーゼ酵素の作用を阻害する成分、コプリンが
含まれている。これで分かるだろ、金田一」
「でも、政子さんはお酒を飲めなかったって」
「あの、説明していただけますか」
 政和が言った。「政子は殺されたちゅうことですか」
「あんま、おっちゃんの前で言いとおなかったけどな」
 いつもズバリと真実を指摘する服部にしては歯切れが悪かった。
 このおっちゃん、ひとりだけになってまう……。
 そんな思いを抱いていたからだ。
 妻が殺され、その犯人がそのまま妻の座に収まり、あまつさえ大切な娘を殺害し、その事実を知った
息子達がこんなことをするとは。
 この男に何の罪があるだろう。
 ただ彼らは母思いなだけだったのに。その方向を修正してやれる人間がいなかったばかりに。
 未練、やなぁ……。
 凶行を止められなかった自分の後悔を、服部はそう呼んだ。
 多分、三人も。
「祭りの数日前に多分政子さんは良江さんと食事をしたことがあったはずです。計画の性質から考えて、
良江さんの手料理だったのではないでしょうか。その中にホテイシメジが含まれていた」
「それが、どういう……」
「ホテイシメジの成分は、四、五日は体ン中に残留するんがわかっとる。おっちゃん、政子さんいくら
酒が飲めんかったゆーても、祭りン時くらいはつきおうて、少し飲んだんとちゃうか?」
 政和はその時のことを思い出すように視線を宙にさまよわせて、
「確かに、少し酔うくらいは飲んだと思います。でも、死ぬような量では……」
「せやから、それが吸収されんかったんや。普段でも酒飲まれへん人間が、コプリンが作用したせいで
まんま、酒を限界量以上飲んだんと同じ状態になってもーたんや」
「政美さんと同じく、解剖されていたらもっと結果は違っていたでしょう。残念です」
 政和は黙ってうなだれた。
 悪夢の終わりを告げるかのように、遠くからサイレンの音が響いてきた。
「……政美さんは、子供心に不自然なものを感じていたのでしょう。政子さんの死の真相をひたすら
追い求めてついにその答えを得、貴方方を巻き込むまいと自分一人で復讐を果たそうとして、それに
気づいた良江さんに殺されてしまった」
 警官に促され立ち上がった二人はそう言った明智の方を見た。
「あの女は保身の為に殺人を犯しました。僕達は、家族の名誉を守っただけです」
「これで、思い残すことはありません」
 言い放ったその顔に迷いは見られなかった。
 危うい、「正義」をまっとうしたと信じる光だけが疲れきった目の中にあった。




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